経典解説 / アビダンマ
【仏教心理学】なぜ私たちの「好き・嫌い」は変わるのか?心の仕組みを徹底解剖 2
- DVD番号
- (10)
- コレクション
- 経典解説
- シリーズ
- アビダンマ
- タイトル
- 【仏教心理学】なぜ私たちの「好き・嫌い」は変わるのか?心の仕組みを徹底解剖 2
- 行事名
- アビダンマ
- 収録場所
- —
- 講師
- アルボムッレ・スマナサーラ長老
- 収録時間
- 0:13:17
- 言語
- 日本語
- 収録日
- 日付不明
なぜ人は、時が経つと同じ物事に対しても全く違う感情を抱くのでしょうか? 私たちが日々抱いている「これが好き」「これは重要だ」という強い思い込み。仏教では、それを「見解」と呼び、実は非常に不安定で「いい加減なもの」だと説きます。 この動画では、私たちの心を縛る「見解」の正体や、なぜ欲求には個人差があるのかを、仏教の専門的分析(アビダンマ)を用いて分かりやすく解説します。 「ササンカーラ(有行)」と「アサンカーラ(無行)」という心の性質を知り、感情の波に振り回されないための心の整理術を学びませんか?自分の心をもっと客観的に見たい方におすすめです。
限定の人間の人間のことだけ考えると もういつでも何か意見 立場 見解があって行動するんです
その見解っていうのはほとんど仏教では間違っていると思ってるんですね
全て 例えばある人を見て気に入っちゃう その場合もなぜ気に入ったんですか?というと やっぱり真面目からの心に見解があったんです こういうこういう形はいいんだと 好きだと そこで見た人はその形に当てはめちゃったんだから その人のことを気に入ってしまっちゃうんです それただの見解のせいなんです 子供の時はおもちゃ見るともう我を忘れるほど頭真っ白くなっちゃうんですね もうちょっと大きくなるとすごくそれも嫌ですよと
小さい時は子供を喜ばせたい場合はおもちゃなんかあげればいいんです すごく喜んで大好きですよと言ってくれる もうちょっと 5 6年大きくなったらまたおもちゃあげてみてください ものすごく嫌われちゃうんです そこで何ですか?というと その見解なんですね おもちゃは世界一番いいものだと その時はその見解で終わっちゃうし 大きくなったところで違う見解があって 違うものが一番いいですよと思っちゃうし
若くなっちゃったらまた違う見解で違うものが一番好きですよと言っちゃうし 少年になって老年になるとまた違う見解なんですね だから一体全体何が一番好きですか?と人に聞いたってわかるわけじゃないし 人はその時の見解によっていい加減なんですね 本人はいい加減じゃないんだけど もっと高いレベルから見ると結局いい加減なんですね お腹がものすごく空いていると もうご飯はすごく美味しく感じちゃうし ご飯食べているならばもう別に見ても面白くも何ともないし
だから美味しいという感じが 欲がその時の見解によって生まれるもので 見解もぐるぐると変わっちゃいますけど 人はそれを気にしない 人その見解の代わりに新しい見解を作る そこで全ての人々はものは存在しているんだ ものはいいものだ 生きていることはいいものだとかね 私はいるんだと 私に魂があるんだというふうな基本的な見解で全てやっているんです それ誰一人も治ったわけじゃないんです 我々にはものは正しく見えないというふうに出来上がってるんだから
ですから 全ての生命は見解を持っている その見解も残念ながら正しくはありません その見解に基づいているんだから まあ楽しくなっちゃうし そんなにも面白くないものだって そんなにもいいものでない場合は 別にまあ普通な状態になっちゃうし それで心は 4つに分けられるんですね 見解ある心と見解ない心
まあまあまあ そこら辺それぐらいでいいと思いますけど 見解なくても楽しいものは楽しいんですね 例えば食べ物は何でもいいと それも見解ですけど まああるいはこういうこと 例えば人はなんとなく口を開けてるんだと そこで虫でもいいんだけど 飛んで口の中に入っちゃったと 虫は置いといて 誰かがサッと口の中に飴一つ入れたんだと 別に食べたいという気持ちやったわけでもないし ただ口を開けてただけで そこで人が飴一つ一旦一つ入れたところで
味がもう必然的に感じちゃうでしょ その場合はまあ別に 人間にとっては飴だから気持ちのいい味なんですね
その時は気持ちよくなっちゃうんですね でもわざわざ見解やったわけじゃないんです まあ仏教では分かりやすく言えば ただ仏教の人々はきちんと瞑想して 無常も結構理解して 輪廻のことも理解して なんとか悟ろうと努力していて 世の中については何かほとんど未練がなくてという信仰深い人々いるんです そういう人々でも 食べる時はわざわざと美味しいものを捨てて 全く美味しいものを選んで食べようということはしない 食べる場合は美味しいものを選んで食べる
自分の家族とは楽しく生活をする ちゃんと仕事をする もう金儲けもする だから出て そのために必死になって仕事をすることこそ人間の人生やとか そうは思わない 子供のために死んでもいいんですよと そこまではない 子供がじゃあ育ててあげようと 育ててあげる時は子供と一緒に生活すると楽しい それは楽しいと どうせ食べなくちゃいけないんだから じゃあ仕事でもしましょうと それでもうちゃんともらったお金はちゃんと守っておきましょうと
誰が持っていってもいいんですよと 私は欲のない人だから もう金は誰でも持っていけと そんなことじゃ困りますよ お金もちゃんと政府に入れて鍵をかけておく でも他の普通の人よりはものすごい欲とかない 結局全部いつか捨ててきますよという風な生き方をしているんです いわゆる仏教徒の生き方と仏教徒でないない人の生き方というのは全く変わりはない 同じ生き方なんですが ただ一人にはすごい見解がある もう一人にはそんなような見解がない
そこで見解っていうのは この無常ということを知らないということなんです そういうふうに理解してもわかりやすいと思います それだけで心はつになります 次に心がまたそのつを 2つに分けます それはササンカーラ アサンカーラという言葉でそれで割りますよ
それはアビダンマでも本当は説明ないんです なんでササンカーラ アサンカーラですか 角度 あの 4つの心はササンカーラ心とアサンカーラ心と 2つに分ける
ササンカーラ アサン アサンカーラ ササンカーラ この場合 僕が問題にするのは ここでこのサンカーラ サっていうのはある アっていうのはない ない ある 両方入ってますから ない こちらはあるだけで サンカーラがある サンカーラがあることではないと ない ないと アサンカーラ サっていうのは英語では with という with サンカーラ この場合は without サンカーラ 英語の言葉だったらぴったしなんですね
with without いれば同じこと サンカーラって何ですか? サンカーラっていうのはもうちょっとこのエネルギーを固まって もうなんとかちょっと努力して いわゆるいきなり突然行動ではなくて 行動しなくちゃという なんとなく のんびりというか もう励ましてもらって じゃあじゃあやりますと という風な感じの心なんですね 心にその 2種類あるんです この説明してしてしてして それでもわからなくて それでもわからなくても
あーやっとやっと徐々に徐々にじわじわわかってきましたという人もいて さっとわかったという人もいるんですね その性格みたいなものに それはずっと引き継いじゃうんです 理解の場合も 見てすぐ理解する人と じーっと観察しないと理解しない人もいるんですね 普通の行動でいえば じゃあどこか行こうかと言ったら じゃあ行きましょうという感じじゃなくて じゃあどこ行くんでしょうかね そこへ何があるんでしょうかね
じゃあでもちょっと何かこれも仕事もあるんだけど まあじゃあいいわ 行きましょうと そんな感じで行動になる場合は何ですか?頑張って頑張ってやっと行動だからササンカーラ サンカーラというのはそういう努力みたいなものなんですね 日本語で何でしたっけ あ 行 有行 このサンカーラ 行と書いてるんです 行くという感じ 行 ですからこの場合は有行 この場合は無行でしょう サンカーラはある場合は有行で サンカーラはない場合は無行で
行があるかないか これすごいこの微妙な差なんです ただの微妙な差で それほどカルマ的には影響はないんです でも修行についてはちょっとした気になるところはあるんです 特に指導者なんかは なんで同じ指導しているのにあなたは遅いかと なんであの人は早いんですかという問題なんですね すぐわかる人もいて もう無常見えて見えて見えて見えて もう呆れてる 呆れるほど見えてるんだけど まだまだ心はもうサティの境地に行かないという そんな人はいるんですね
その心のなんとなくちょっとした性質なんですね ですから それを何とかして 素早く心動くように 鋭く すぐ瞬間に心が動くようにしておいた方が まあなんとかいうと便利なんですね 教える側にしたって あまり説明しなくてもわかってくれると もうそれほどありがたいことはないんです その 2つに分けて 欲の心は 8種類にします ですから こういうことで 喜があります 喜びがありまして 見がありまして 有行の心と喜びがあって 見がありまして 無行の心と
それから喜びがありまして 見がなくて 有行の心と無行の心と それから不苦不楽で見がある有行の心と無行の心と それから不苦不楽の感覚で見がない有行の心と無行の心と その 8つの切り取りにすべての欲の心は分けているんです まとめているんです いっぱいあるかもしれませんだけど その 8つで十分と思っているんですね ということは 例えば 1万円見てみたら欲が生まれると その欲は見る人によって違うんですね
例えば 1,000円お小遣いもらう子供にとっては 1万円見ちゃったらもう飛び上がるほどの喜びが感じちゃうし で 普通の人だったらまた違う喜びを感じちゃうし まあお金はあまり困るほどある人にとってはもう悪くはない感じが生まれるんだけど そんなに喜びはない ですから欲は欲ですけど いろんな差があるんですね ですから そこまで心を分析しちゃうともうやりきれませんだからね ですから そういう大雑把な 8種類に分けてます
他の 4つには時間ないんですが どうもありがとうございます 次に ありがとうございます