月例講演会

どうしても「妄想」を止められないなら ~思考回路の「グレードアップ」に挑戦しよう~ 3

DVD番号
V-198
コレクション
月例講演会
タイトル
どうしても「妄想」を止められないなら ~思考回路の「グレードアップ」に挑戦しよう~ 3
行事名
月例講演会
収録場所
東京:かやの木会館
講師
アルボムッレ・スマナサーラ長老
収録時間
00:17:23
言語
日本語
収録日
2009年6月26日(金)

妄想を止められない人々にブッダが教える思考の整理術。脱線しがちで管理しがたい「思考」を管理して安全に生きる五つの法。

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あの またもう一つ 思考はどのように管理するべきかということを教えている経典があります マッジムニカへの 20番目の経典で 名前はヴィパッサナーというんですね この経典で思考妄想を制御管理する方法を教えているんです サンターナとは安全を確保するという意味です 思考妄想の安全を確保しておくんです ヴィパッサナーとは思考妄想のことですね ヴィパッサナー 思考妄想を安全にしておくという

原子爆弾でもね 自動的には爆発しませんだからね あれは結構難しいんですよ だからかなりもう安全にということにしていますよ で 管理法をまた順番できます 一 欲 怒り 無知の感情で思考が流れるようになる はい この場合は無知も入ります この経典では 我々の思考は欲 怒り 無知でも流れるようになりますね その時 思考の対象を変えて別なことを考えることにする

まあ例えば 田舎にいる初恋の人のことを思い出したらね あー楽しかったなとかね 欲しかったなとかいろいろ考えたりすると もう欲が出てくるんですね そうするときれいさっぱりそれ忘れちゃって それではなくて もう今日仕事でレポートはどう書けばいいかどうかね 全く別なことに心を持っていけば なんか例えば会社で課長に怒鳴られて もうすっごい機嫌が悪くなって もう怒りに狂っていると ずっとそれを持つんだね あ これダメや じゃあ子供のこと考えようと

自分のあいつはかわいいやとかね 考えるときれいさっぱり消えますよ はい 子供と遊びましょうと言って 自分の子供と遊べばいいんですね そういう風にこの対象を変えるんですね 悪思考が消え 善思考が生まれたら その思考も抑えて集中力に励む お釈迦様は皆様に教えてないんだからね これはもう悟りに頑張っているお坊さんたちに教えた経典だから はい それで修行するお坊さんの頭の中に悪い思考が出てきたら すぐテーマを変えるんです

ブッダのことを考えたりとかね サーリプッタ尊者のことを考えたりとかね テーマを変えるんです それで心はきれいになる だからといってきれいな思考でいるわけ言ってはならんです きれいな思考でも それからその思考もやめて集中力を育てる 太い釘を細い釘で抜くように それでお釈迦様は明確な例えがありますね 何か何かに釘が入ってますね これ結構太いんです 抜けませんね 中に入っている そうすると細い釘を打つんです あの釘よりは細い釘を打つと

あの釘が抜けちゃうんです それでこの釘も抜けられます 同じ釘を打っちゃうと 同じ大きさのね それがまた空いちゃいますからね もう抜けられなくなります だから細い釘を打ってから元の釘を抜けますね それから今の釘も取り出したらもう外せます そのやり方ですと 二 一つの方法があ

一の方法が失敗したならば 悪思考の欠点 危険性を明確に観察することにする 別なことを考えようと思っても ダメな場合ありますね それでも思っちゃうというね ちょっとタチが悪いんですね 妄想の その場合はそれだったらこんな思考っていいのかと この危険性を徹底的に考えちゃうんです

まあ例えば欲の思考が生まれたら これでいると私は痴漢するかもしれませんし 変なことするかもしれませんしとかね ストーカーになるかもしれませんとかね 危ない危ないと まとめに人間で喋らなくなっちゃうしね なんか下品な言葉を言うかもしれませんしということで あ ダメダメだということで 危険性を考えてやめられることはできます 妄想自体が気持ち悪くなってなくなる そうすると 今の思考 なんだ気持ち悪い思考と思ってなくなるんです

たとえおしゃれ好きな若者が犬 蛇 猫の死骸を体に付けられることは嫌うように 例えば若者ですっごいおしゃれ好き その子に猫の死骸を首に はい これを持って首に飾ってくださいとか ものすごい気持ち悪くなるでしょうに じゃあヘビネックレスの代わりにこの死んだヘビを首にかけてください やるわけじゃないんで それぐらい自分の妄想思考が気持ち悪くなるんですよ この危険性を観察すると 管理さん 2番目の方法もダメになったらどうしますかね

悪い悪いと知っても知ってもやっちゃう場合もありますね 本当は汚い こんな思考はね 本当に悪いとかね 知ってもやる場合あります その場合はアサティアマニスカールアパジタンポ その思考を単純にしないことに 無視することに 止めることにするんです まあどうでもいい じゃあやめますということでやめるんです これ単純にできますよ 本当は いわゆるそれに関わらないことにする アサティっていうのはサティの反対です

アマニスカラっていうのは作為といって考えることですね まあまあやめますということで そこはもうやめるんです このサティの反対もいい時ありますよ 妄想に対してはサティ入れてはならんです 妄想にすぐ気づいちゃうと どんどんどんどん妄想しちゃうんです 妄想に乗らない 誘惑されないという意味なんですね 何か妄想が生まれたんだけど 乗らない その思考に 誘惑されないことにする これ微妙にレベル高いんです いわゆる頭の中でいろいろ妄想があるんだけど

もう関係ないことにするんです で そこは3番目のステップです 見たくないものが目の前である場合は目を閉じるんです 例えば 例えば ものすごい見たくないことを自分の前に持ってくると 目を閉じればいいでしょ そういうことで まあ悪思考はやめられますと 4番目 3番目の方法もダメでしたらどうしますか?と ヴィタッカサンカーラサンターナマンシカータッバ 妄想を引き起こしている衝動

感情 原因を観察する なんで私はこんな妄想してるんですかね?どんな感情ですかね

その妄想を引き起こした原因をね 感情を観察するんです これは欲でしょうと これは怒りでしょうと いうふうにするんです 言い訳じゃないんですよね 結構言い訳する人々も私と話しますけど それはものすごく腹が立ちますね その時は 妄想に言い訳するんじゃないんです かつてそういうことがあったんだから 今こんな妄想してるんだと そんなのはどうでもいいんです 怒りか欲か無知かと 私は無知だからこんなことを考えているんだというふうに

その原因を この衝動を発見するんです 修行の目的と 原因 の目的になっていることは見えてくるんですね 例えばお坊さんの例で考えてください お坊さんが出家して森に入って瞑想しようとする そうすると 繊細のことを思い出したり 子供のことを思い出したり 仲間と仕事をしたことを思い出したり あー楽しかったなとかね となっちゃうとどうなるんですかね それで修行と反対でしょうに 捨てる世界に入ってるんだから それでその人は ああ これは欲だ

私は出家といったって まだ家のこと考えているんだ これは欲だ 執着だと 執着がこの妄想を作っているんだと観察するんですね

そうすると この自分がこの仏道の反対のことをやっているんだ 例えば勉強真っ最中で余計なことを考え出したら 面白いんだから考えるそうではなくて こんなのは勉強は嫌いだからふざけたいという気持ちで変なことを考えている そんなことを考えちゃうと 勉強の道とは反対だと 頭が良くなる道と反対だ これじゃダメやって それでやめられます この例えがありまして この楽しいハイキングに出た人は早く歩いたり ゆっくり歩いたり やめたり 休んだりするようにと

という長いたとえ話ですけど 短くしました 例えば昔は旅に出るんだからね 人々はね 歩いていくんですね それで早く行かなくちゃって もう焦って歩くとクタクタ疲れるんですよ なんで早く歩かなくてもいいんじゃないかと ゆっくり歩く ハイキングの例は一番いいんですよね ハイキングの場合は 時々じゃあ早く行きましょう 早く行きましょうと 早い足で行かなくちゃいけない時もあって まあゆっくり行かなくちゃいけない時もあって

まあここら辺でまあちょっと休みましょうと それからここら辺でハイキングはやめましょう 終わりよというふうなことなんですね そういうふうに自分の思考を衝動を見て管理するんだと これは欲だ これは怒りだとわかって そこはやめて 良い思考にして じゃあ良い思考もやめますよと 最終的には思考停止に挑戦するんです だから 仏典からいうと 必ず最終的には思考停止なんです 5番目 4つの方法も失敗したならば 重度の妄想になっているんですね

あれもダメだったらね 欲や怒りだとわかってもやっちゃったらどうしますかね かなり重度です その場合はチッタンアビニッカリタッバン アビニッピーレタッバン アビサンターペータッバン 舌を顎につけて歯を噛んで心を非難する 責める いじめる 痛み続ける もう方法も常性もないんです 悪思考悪いんです その時はものすごく歯を噛んででもやめなさいと

逆立ちしてでもやめてほしいんです 首はダメですから 足にロープをつけて自分をぶら下がってもらってでも もう何でもいいんです もうそれぐらい悪思考は良くないんです 妄想をやめるためなら何をやってもいいみたいということなんです それは私の感想だから 括弧の中に入れたんです 苦行はダメな仏教でも やっぱりこの場合はね 苦行でもいいんだよということなんです はい それで終了やと思います それで順番 1思考妄想を善思考で置き換えられる修行になります

まず 悪思考悪妄想を置き換えられます 良い思考で良い妄想で 一般的に語られる仏教はこの目的を目指しているんです 皆様 いろんなところで説法を聞いたり 本を読んだり 仏教の国々でもね よく頑張っています ほとんど良いことをしましょう 悪いことをやめましょう お布施をしましょう お寺を作りましょうという話なんですよ 涅槃に入りましょうと話に出てこないんです ほとんどやがて涅槃に入りますと やがてなんです この道を歩んで

結局は仏教の世界 日本の仏教も同じですよ いい人間になりましょう ビシビシ頑張りましょうという説法なんですね それでどうしたって どうしたと聞きたくなるんだけどね あんた方 あなたに言われなくてもいい人間になろうとして失敗していますけどとかね 大寺のお坊さんに言われてんだからできるわけないでしょうに できることなら お寺のお坊さんが言わなくたってもやりますよ 人間は しかし 教会の説法にしたっても お寺の説法にしたっても

もう仏教の国々の説法にしたっても そんな程度ですよ 悪思考をやめる 良い人間になる道を教えているんです 仏教はそれで終わらないんです 2番目 善思考も止めて サティの実践で集中力を高めて 思考の停止非治療を目指すのです いわゆる解脱を目指すのです これは解脱に達する方法です 思考の停止は解脱なんです ということで 順番に頑張るんですね これで話は終わりと思います だから 妄想を止められないならば 思考をしっかりと整理整頓しましょうと

すごい立派な もう想像できないほど立派な人間にもなるし 精神的な病気は全てなくなるし はい これで話を終了いたします どうもありがとうございます