月例講演会

ブッダの正しい食生活 ~智慧の完成と「食の安全」~

DVD番号
V-230
コレクション
月例講演会
タイトル
ブッダの正しい食生活 ~智慧の完成と「食の安全」~
行事名
月例講演会
収録場所
東京:かやの木会館
講師
アルボムッレ・スマナサーラ長老
収録時間
02:45:08
言語
日本語
収録日
2013年4月13日(土)

四種類もの食(アーハーラ)の存在を説き、四種類の食について「正しい食生活」の指針を示されたお釈迦様の真意とは何か?

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よろしくお願いします えっと まあまあ 早速できるだけ今日も早く飛ばしていきますので ブッダの正しい食生活というテーマにはしています

智慧の完成と食の安全ということで まあ世の中では食に対してどのように考えているのかというところはね 一応講演の説明文書を通して発表されてますからね その内容について喋ると 私何喋るかわからなくなっちゃいますからね で そこは省略します それからね まあみんなこのかなり興味あるテーマなんですからね まあお釈迦様の智慧って何を食べればね より美しく より長く 長くね 1万年でもね 生きてられるのとかね

で 考えている可能性もないわけじゃないんですけど まあ一応仏教は真理を語る世界ですから 食に対して真理 これどうやって動かすんですかね あ 動いた まずタイトルとして この一つは何?というね なんかびっくりしますね 一つは何っていうのはね パーリ語でエーカナーマキンというね

一と言えるのは何?という質問なんです 一とは何?答えはサッエーサッターアーハラッティティカー

一切の生命は 仏教用語で滋養素というふうに訳されています いわゆる食ですね によって成り立っているんだと 仏教でいう一はそれなんです これはエピソードがございまして このソーバーカという名前のね 沙弥がいて この子供なんですね すごくちっちゃな子供で お釈迦様がまあこれあれ 何でしたっかね 親に捨てられたちっちゃな子供でね お釈迦様はまあ見つけて連れて行ったんです すごくいい子供でね まあそれから出家されて

まあすぐたちまちまあ修行して悟りに達したんですよ まだ小さな子供で で ある日 その子供の沙弥とね お釈迦様が質問したんですね 君 一って何ですかと ただ 答えはこのソーバーカ沙弥の阿羅漢ですけどね この阿羅漢の答えなんですね だからなんか私も昨日これ考えたらね もうびっくりしたんですね で これは誰にも答えられない質問なんですね 一って何ですか?っていうね

そこでこの子供がね 子供と言っていいかどうかよくわかりませんだけど 当時ではお釈迦様の前では7歳 8 歳ぐらいの子供ですから でしたからね で だからお釈迦様がこの生きること

生きる 生きるということはどういうことかとかね 意味があるのかないのかとかね そういうことだけ仏教のテーマですからね だから膨大な仏教経典とか あれこれあるんですけど 結局はもうすべて生命とは何ですかっていうところの分析で終わってるんです アビダンマテキストもね もう膨大大量で七つもありまして 注釈書なんか見るともうちょっと逃げたくなるぐらいの量なんですけど こんなたくさんなっても 結局はこの生命とは何かというね

ことについて語ってるんでしょ 生きることについて そこでいきなり一度なんですかと聞いたところでびっくり 私もよくびっくりするのは この子供が自分なりにこのすごいことを発見したことなんですね 瞑想して智慧があることも確かでしょうし まあ智慧があると言ったっても 生命ってなんたるものやと どんな構成でしょうかと 子供はいくら智慧があったってもね そういうところを考えて そんな結論に達するっていうことは難しいと思いますよ

そこで達した結論は 生命っていうのはいつでも何かエネルギーをスーッと供給して

スーッとエネルギーをあげないと成り立たない 壊れちゃうんです それを仏教用語で滋養想と呼ぶんですね これをパーリ語でアーハラっていうんですね アーハラっていうのは もうもう普通のパーリ辞書を引いてみれば もう食べるものという意味なんですよ で 日本語で食べるっていうのは まあ食べる 口に入れることですからね 噛むことでしょうし パーリ語のアーハラのサンスクリット語のアーハラの意味っていうのは やっぱり自分の方向へ運ぶという動詞なんですね

噛むという意味ではないんです 自分の方向へ運ぶことをアーハラって言うんですね そういうわけで 食べ物にも使う食べ物っていうのは どうしても自分の方向へ行くものだから 中に行くものだからね ですから 生命体はスーッと何かエネルギーをスーッと取り入れていないと

命は成り立たないんですね 結構やばいんですよ スーッとエネルギーを供給しなくちゃいけない だから全体的に生命を見ると ああ これ滋養想によって支えられてるんだわと みんなこれたった一つだと だから一度これであると この子供が決めたこと すごいでしょう で 注釈書でびっくりしているのはね 普通の子供に一は二は何?と聞いたらね まあ一はこれ 二はこれやと言うでしょうとかね でもお釈迦様はそういうそういう子供遊びはしませんね

だから ちゃんと大事な存在について質問するんですね で 結構子供とはそういう遊び 結構ではなくて いくつかありましてね あるまた女の子にね で 説法会に来るんですね 遅くなって この子来るまでお釈迦様待っていたんですよ 説法しないでみんな待ってるんです お釈迦様は気にしないで この小さな貧しい家の子供なんですね 女の子が来るまで待っていて 遅くなってもやっと来ると 君どこから来る?質問したら知りませんねと答えた

お釈迦様知りません ではどこへ行く?これから それも知りません 本当に知らないの?知ってます というやりとりなんです それで一般のお年寄りの方々 このメスかいみたいなカーストのね 女の子がね よくも偉大なる釈迦様に対してそんな失礼なことをと怒ったんですよ

怒ったらお釈迦様はまあちょっと待ってくださいと どこから来るのかと聞いたら なんで知らないと言ったんですかね 君はと だって女の子 だってお釈迦様はアホな質問しないでしょうしと 無知な質問なさらないでしょうにと お釈迦様は恐らく私に聞いたのは 私はどこからこの世で生まれたのかいってことでしょうと それ知りませんだから知りませんと答えたんだと そうしたらお釈迦様はその通りだと

私は俗世間でね あなたどんな家から来たんですかと聞いていたわけじゃないんだと そういうことで お釈迦様の質問というのは結構怖い質問にもなる場合あります で まあこの場合も まあまあ子供相手になってくると そういうなぞなぞ遊びになりますけどね それで子供がそうパーカラカンはいいんだけど それでその そのソーパークの長老の言葉から

我々にはものすごい真理を 勉強することはできますよ 一とは一切の生命が食によって命を支えられているんですね

だから食なければ命もないんです すごいことなんです で 生命あるいは存在っていうことはね 何かしらのエネルギーを続けて与えないと生命は成り立たないんです なんかスーッと与えないといけないんですよ そのエネルギーは仏教用語でアーハラです 食べ物もアーハラですが それだけではありません で この命をずっと支えられているエネルギーにアーハラというんです 食と言うんですね 電気が流れないと電気製品は機能しないように

生命も滋養素によって生きるんです だからどんな立派な電気機械買ってもね それコンセントからスーッと電気が流れてないと機能しないでしょ

電気がストップになったらすぐ止まるんです だから これと同じなんですね まあ世の中はまあどちらにしたってもそういう法則なんですね 車が走っていると言ったっても ずっと燃料が燃えて もうエネルギーにしてあげないと あの あの車が車輪などなど回らないでしょ たとえ電気自動車にしたっても モーターにずっと電気が行っていかないと それでなんか坂道ではまあブレーキ緩んだら自動的に行くんじゃないかと思うでしょ

あれも違いますよ あれもエネルギーなきゃ動かないんです

坂道でブレーキをかけていた車のブレーキを外したら車が動くんですね それは当然地球のエネルギーでしょ だから地球はスーッと引っ張ってるんだから もう行けるところまで行ってどこかにぶつかっちゃうんですね だから地球は自転しているでしょ 公転しているでしょ だからスーッと互いあのエネルギーのやりとりなければ 太陽と地球の これは止まりますよ

ですから どこを見ても世の中っていうのはエネルギーでできてあって エネルギーというものは はい 一旦上げてはい終わりということじゃないんですよ これ一回きりにしましょうということはできないんです ずっと与えて与えてあげなくちゃいけない いくら与えたっても エネルギーは瞬間で消えちゃうんですね エネルギー消えるっていうことはおかしいんだけど その機能 ファンクションに応じて別なものになってしまいます だから 何と言いますかね

ガソリンとかはね ガソリンである時は まあそれでエネルギーで そこを燃やしたら まあ車を回してくれて それから別な品物に変わっちゃう だから別なエネルギーに変わるんですね そうすると別な働きできますけど この働きはまたできません 戻れません そういうふうに物質的な世界を見ても あれは一方方向へエネルギーが変わって変わって変わって変わっていくんですね

これが生命は特別ではないんです 私たちの命ということも ずっとコンセントに挿しておかないと 外した瞬間で死んでしまって壊れちゃうんです このような このなんか難しいんですね 命は支えているエネルギーは何でしょうかと 誰の力によって?これは無限にこの力がないとダメでしょ 例えば人が まあ私みたいなね 67歳まで生きていたらそろそろ8になりますけどね スーッとエネルギーがね 入りっぱなしでしょ 何にストップで停電もなく

すごいエネルギー量なんですよ もし 1 秒でもエネルギーが止めたら終わり

だからできるだけ電気の電気と電気器具と比較して考えてください

皆様のね 掃除機なんかはね 何年も使えますね まあだから新しいものが出ると何か悔しいしね 古いものは捨てられないし まだまだもう本当に仕事をしているしね まあとは言っても 掃除機はね コンセントに挿してないと動かないんですね スイッチというものあるでしょ あれ スイッチを押したということは つなげたか切ったかでしょ つなげて電気流れると まあ掃除機が元気でグーグーと音を立てながら回ってるんですね エネルギーがストップした途端

ストップ ただの品物で物体で何の役にも立ちません では動かない掃除機で何か役に立つことはある?何もないでしょ

だから掃除機はダイソンで 6万 8万ぐらいでね あれぐらい高いんですかね あんなのは もうゴミ取れるんですかどうかよくわかりませんだけどね もう試したくはないんですね だから考えれば まあとにかく あんな代物はね 動かないならばえらい迷惑なんですよ

それで動く 動いてもらうためにはずっと電気エネルギーが必要なんです そういうわけで 私たちの体もダイソンの掃除機みたいなものやと思ったらどうですかね それよりは役に立ちませんと 値段も高いし 体の値段すごい高いでしょう 1年体を維持するためにどれぐらい金かかることでしょうかね こんなお金かかって体維持したって何かやってますかね 我々は なんか大事なこととかね そういうことで このもうちょっと科学的に考えてみましょうね

命っていうのはそういう不思議なものなんです スーッとエネルギーを与えてあげないと壊れてしまうもので では このエネルギーは何なのかという問題が出てくるんですね で なんとなく何かエネルギーが与えているんだということは だいたいみんななんとなく感じていることなんですよ だから日本では生かされているという言葉を使っているでしょうね だから なんとなくかすかに もうはっきりはないんですよ なんか微妙に感じているだけ

どんな人間もそういうことなんですね だから まあ中東の方になってくるとね なんとなく自分で生きるよりは なんか運命みたいなもんやと この人生はと 厳しい環境で生きてるでしょう だからそちらが偉大なるパワーが外にあると 外にある偉大なるパワーによって生かされていると思っているし 日本でも同じ意味なんですけど まあそれは別に何かとまだ調べませんね ただ生かされている 誰が誰でしょうかときたら ようわからない 天道様でしょうとかね

まあなんとか言うんですね はい それで あの 何 このエネルギーについては一応微妙に気づいていることなんですね

誰でも はい そういうことで 正しい生活ってなんで食生活って何ですかね 生命に生きるために 輪廻転生するために 滋養は欠かせない だからこの滋養素というエネルギーが スーッともう流してあげないと 生きていられません 我々は生きているんですね ということは 相当エネルギーが流れているはずなんです 体に 生きているだけじゃなくて 輪廻転生までしちゃうんですね ということは ものすごい想像できないほどのエネルギーがあって

そのエネルギーでによって生かされていることになるんです 食っていうのはそういうものなんですね 生命とは結局は何ですかね 早老病死なんです あれほどエネルギーを使って 何やってますかね ただ老いて病気になってくたびれて死ぬだけでしょう

何か偉いことやっちゃった?何もない

何やってもちょっと 1年 2年ぐらい経ってみたら なんであんな時はあんなアホなことをやったのかいっていうことでしょ 本当に恥ずかしいけど よく自慢する人間がこの世の中でいるんですよ 我こそあれやこれやと言いながらね 私こそこの国を何て言ったっけ 守ってあげますとかね 勝手にしろよと言いたいんだけど ろくなことないでしょ えらい人々が現れて こんなことやって こんなことやったって言うんだけど 結局は別にどうたことはないんですね

本当に頑張っている方々は 後の世代の人々は褒め称えるのは構わないんだけど 今はそうじゃなくて 自分で言うんですね 私は偉いと そう言うんだったら もうもう生ゴミですね 人間っていうのは で 結局は生命のことだから

人間だけではなくて 生命があの ものすごいエネルギーを浪費して 浪費じゃなくてあの使って生きているんです で 我々はね 困っているのはこの電力とかね 日本のエネルギー問題はどうしようかとかね ですから まあもう 5 キロ単位でもう間隔で原発でも作っちゃえばいいんじゃないですかね

まあそれぐらいエネルギー欲しければ で そんなのは大したエネルギーじゃないんですよ 電気エネルギーとかね 化石燃料エネルギーとかね なに大したことできないんですよ 生きているということは 例えば 1 分間でも 65 から 70 間で心臓はドキンドキンとしているでしょう

これで地球は何回回転するぐらいでしたっけね 血管の長さは 30回とかなんとか まあいろいろみんな遊びで計算していますけどね それ地球回ってもね それぐらいの長い血管にこれ血液をパンプしていますからね

では人間に作れますかね それぐらいの力のある機械は作れないんですよ 作ったっても バカでかいものになっちゃうんですね この手で取れるぐらいの小さな だから心臓を動かしているエネルギー自体が何じゃないんです

原発にしたっても 寿命は 40年だからね 日本はまあ 50 20年ですよ 寿命は 日本ではまあ 40年 80年 1800年ぐらいの使いたがってますけど で ボロボロですけど 日本の技術は世界一と言ったらみんな黙るんですね で まあそう危険なこともやっちゃいますけど まあなんで私は余計なことを喋っているんですかね 関係ないことですけど で 言いたいところは このエネルギー比較しましょうってことなんですね

原発のエネルギーはね 生命にはね 決して敵わないんですよ

生きてるっていう このエネルギー パワーが しかし 生きるっていうことは生老病死なんですね

これぐらいの人間は一度は仮想する 想像することさえもできなかった 生命力 生きる力 ブッダ以外誰も発見してないし

これほどの力を持って何やってますかね?喧嘩するわ 隣の人のことを嫉妬するわ 立派なことね それでどんどん年取っちゃって 病気になって もう四方八方の人間に文句ばっかり言って これでくたびれ死んじゃうんですね 何も大したことやらないんですよ だから もし皆様方は今日ね お釈迦様からこの生命力 正しくしっかりと生命力をもらう方法を学ぼうと思ったら 教えてあげませんよ そんなのは だって どのように生老病死するのかいという話でしょ

汝にはより苦しめる方法を教えてあげましょうとか より悩む方法を教えてあげましょう 100万円借金して困っている人に あのね あなたには 1,000万円借金する方法を教えてあげますと その人がかっこいいよ もう100万円を返せ返せと借金取り立てに脅されていますけど やっぱりこれ1,000万だったらもっといいよと こんなことを教えられますかね

足の骨が折れて苦しくて泣いてる人に あのね この足の 1本足1本だけでしょ これ本当にこの次の足も両手も折ってもらったら最高よと あの刺激はと あの苦しみはと これは仏教以外の世界を教えてあげていますから 仏教の仕事じゃないんです いかにすべなどく苦しめのかと いかに強く徹底的に苦しむのかと 結構教えていますからね だから仏教は苦しみをなくせと教えているんだからね 正しい食生活を教えて 無限に輪廻転生して苦しむ方法は仏教では成り立ちません

だから正しい食生活しなさいということは 君はもうもう地獄餓鬼道輪廻輪廻六道輪廻転生しながら苦しめということでしょう

それできないんです 仏教は解脱を推薦するんです

ということで 今日のお話はなかったことにしましょう これは何しゃべればいいんですかね 私が何か罪を犯すことになります これ食ったらいい あれ食ったらいいとか言っちゃうと

はい では 他宗教では神様 絶対誰にも理解できない もう最大のエネルギーを持っている神様と言ってるでしょ で 研究をしていないんですね 誰も ただ 喉が渇いてあっちこっち彷徨っている時は

どこかで水のあるところに見つかる ああ なんてありがたいことで そこでいざまして 神様 もうありがとうございますと いうふうに感動するだけ 自分が苦労して仕事をして なんとか食べるものを手に入って まあ苦労した分は食べるものを美味しく感じるんですね それでまたいざまして もう何だらかんだら何だらかんだらと神に感謝するんですね だからそれはそれで結構なことなんですけど そこで心理学的に見て見てみると 自分が仕事をしたんだけど

買い物も自分がしたんだけど まあ何か生かされているという感じがあるわけですよ うまくいったと 何かうまくいった時はと

だからそこなんですね そういう方々が感謝するのは そこは妄想で神という人格を作って まあ言う しかし仏教は まあこれはものすごいエネルギーなんですね 問題はそこにどこにあるんですかと どこから?どんな星団からとかね なんか日本である新興宗教もありましたね なんだらかんだら名前いろいろ星の名前ありますからね そういう信仰しながら そこからメッセージが来るんだそうとか よく信じる人々はものすごいいたんですよ

そういうふうにどこかの宇宙にあるんですかね このエネルギーを 例えば我々も今使っているエネルギーは太陽から出てくるエネルギーでしょ 電気もすべて でも太陽の力ですね 川も太陽の力で流れているし もう全部太陽の力 まあこけたりする場合は太陽の力ではない それ地球の力でこけて怪我したりする場合は地球の力で 川が流れるときは太陽の力で だから喋っている時でも 結局は太陽の力で喋ってるしね

だからそういう風にある場所 この場所やと言えますかね 物理の世界では 地球の働きは太陽の太陽やと言えます 体の場合は 命の場合はね アーハールは 4つですと いわゆるエネルギー 4種類ですね チャッターローメ チャッターローメ ビッカビ アーハラ ブータナンワ サッターナン ティティア サンバディシーナンワ アヌッガハヤ これ精密に語れるパーリとお釈迦様の言葉だから もうもうもう訳できないんです だからいい加減な訳なんです

比丘たちよ 生まれた生命を生かす 生まれる生命を支える アーハラは 4つですと そこですでに生まれている生命 これから生まれつつある生命 2つのお釈迦様は分けるんですね どちらであっても やっぱりエネルギーがないと 4 種類のコードが差してます 例えば今こちらパワーポイントでこの画像を映してるでしょ これ見てください エネルギーは何種類ですかね こちら5本なんですね

あ 5本はいらんだけどね まあなんで5本ですかね 1 つまた差ししましょうか まあとにかく 素人 私みたいな素人から見れば

まあ 5種類のラインがあって パソコンにつなげているんですね だからこのパソコンのデータがこのスクリーンに映る場合は やっぱり5種類のエネルギーが働いてます

生命は 4つという なんか格好悪いね もうちょっと 生命の場合はな 1万ぐらいのエネルギーがあった方が良かったんじゃないかなとかね まあそれはないんで 自然法則では このラインが増えると 技術下手っていうことなんです 基本的にはエネルギーはそんな複雑ではありません だから生命だけ 4種類のエネルギーで動いてます 固めちゃったろう この 4つとは何ですか?ということで 出典はサンガティニカイのね 1番因果法則の経典群です

はい さっさと説明に行きます 1番目のエネルギー これは食べ物です カベリカルワーロオーラーリコアスコマワ 第一はすごい分かりやすい 食べ物 粗きものであり

あれ 詳細なものであり 摂取するもの これ パーリ語のすごいだらしのない直訳なんです

で 摂取するもの これ 2種類あるんですよ すごく粗い 粗いというかね 硬いものと精密に微妙なものというね だから皆様はね あれ まあスープとかは精密な食べ物だとかね ご飯とかは粗い食べ物やとかって それはそうじゃなくて

人間食べるものはすべてこの粗っぽいものなんです 人間より次元の上の生命が食べるものは精密なエネルギーなんですね

だから食べるという風にも言えないんです

そこまで考えなくてもまあいいんでしょうし とにかく 食べるものが何であろう 食べるものが第 1 のエネルギーなんです 生命の体の構成によって摂取する物質は変わります これ 食べ物っていうのは物質なんですよ だからどんな物質を食うのかっていうことは あなたがどんな肉体を持ってるのかっていうことなんですね 例えばあなたは体見たらシロアリさんだよと だから肉体はシロアリだったら食べるものはまあ木とかね

それも柔らかくて そういう木じゃないんですね 硬くて何年も経っている 食べているんですね で ある肉体は毛虫ならもう葉っぱとか食べているしね そういうことで この自分の肉体に合わせて食べる物質が変わるんですが 取るのは同じ物質なんです 仏教から見れば地水火風なんです

それでこの仏教ではね 神々 梵天とかいろいろ次元の話もありますから そういう人々は何を食べますかね 日本の方々はね 神にお饅頭と酒をお供えするでしょ あれ食って飲むと思いますかね そんなこともね 酒飲んでお饅頭やら また生のイワシとかね 魚とかね そのまま大根とか そのまんまでね あんなのも食っちゃったら牛でしょうに 神というよりは だから実際はそんなものは食べませんよ

人間より次元高いの生命ですから食べません

まあ例えばね まあゴキブリとかネズミたちが 私に何か食べ物を持ってくる これ食べてくださいと 食べると思う ネズミは一生懸命考えて

苦労に苦労をかけて この人に何か食べ物をあげなくちゃと持ってきたっても 人間である私はそれ食えませんね あれはとっても優しい山羊さんがいてね

人間のこと困って この人は困っちゃったね じゃあ私でも何か食べ物持ってきますと いて 山羊さんがあちらこちらで美味しい食べ物を持ってくる 山羊さんにとって美味しいんだけど あんな葉っぱ食えませんだからね 人間には そういうことで 肉体によって取る物質が変わります それでお釈迦様が粗いものと詳細なものという風に分けてます 詳細なものっていうのは まあかなり高度なエネルギーの波長なんですね

だから神々梵天は寿命は長いんです だって我々食べる豆腐っていうのはもう 1週間も冷蔵庫に置いておけば 1週間ぐらいは持てますけどね 私の場合 1ヶ月半もありますからね 別に食べますよ で こんなすぐ足が早い食べ物を食べちゃうと

我々の命も同じこっちゃなんですよ しかし 例えばまあ豆腐やら穀物といったっても ほとんど炭素でしょ?カーボンでしょ じゃあカーボンはどうですかね 寿命は 冷蔵保存保存でなきゃ腐る そんなことないでしょ カーボンも腐っちゃいますけど これには結構時間かかります そういうことで この例えば原子として見ればね まあ例えばちょっとやばい すごい早いんですけどね まあ素粒子とか見ると まあ寿命的には長くなっちゃうんですね

まあとにかくそれぞれの生命体 だから肉体という言葉は使えないんですね 肉体っていうのは もう我々地球上の生命だけだからね だから生命体ですね 生命体の構成によって入れる物質 エネルギーです 1番目は肉体はないが 体を持っている神々 梵天も何かのエネルギーを取り入れているんです 2番目の色 これは即と言うんですね パーリ語でパッサと言いますね まあ即といっても なんかコンタクトという パッソドゥティオ 即は 2番目です

この説明は眼耳鼻舌身意という感覚器官に色声香味触

一つ方がなくなっちゃった方というデータが触れることをパッセと言います

いたってわかりやすい この触れること コンタクト これがすごいエネルギーなんですよ だから目耳鼻にデータが触れるんですよ 触れるたびにものすごいエネルギーが生まれるんです すごいエネルギーが生まれるんです あの こちらの三行目でね ね ある色声 香 味 触 もう一つ 後というものは必要ですけど なんか入れ忘れちゃったんです だから感覚器官 6つで 触れるデータが 6つで これ触れると触れると触れるとエネルギーが生まれる

あのマッチとあのマッチの箱の外 なんか薬のってますね マッチがそちらに触れると ちょっと触れただけですけどね すごいエネルギーが生まれるでしょ 例えば太鼓ありますね ちょっと手で振ってみたら すごい音が出ますね だからちょっと指でトントンとやるだけで トントンと指は鳴かないんだからね でも 太鼓の面に触れるとすごいエネルギーが生まれるでしょ では 人間の体にそんなぐらい力あるのかと

そうないんですけど 触れることによって新たに生まれちゃうんですね はい このように この体っていうのはかなり発電所ですよ 目から耳から鼻から もう体全体でずっと生命エネルギーっていうものはもう生産されているんです

皆様 1 日何時間目を使ってますか? 8時間だけ 仕事と同じ だからずっと目を開けて使ってるでしょ

すっともう発電していますよ 目を開けている間は限りなく これはこの爆竹のエネルギーとかね 爆発のエネルギーとか比較になりませんだけど 例えば原発を爆発するとすごいエネルギーでしょ あれにびっくりするんだけど 原発にはゴキブリ 1匹でも生かしてあげることできますかね できないでしょ ただ壊すだけでしょうに これ役に立ちませんよ 例えば子供にね 水入ってるガラスをあげちゃうと これがこぼしちゃったり ガラスまで割ったりするでしょ

子供の力はそんなところですよ しかし そちらで大人が針に糸を通す 子供とエネルギーを使ってないようでしょ 使ってます すごいエネルギー使ってますよ 針の穴に糸を通すだけで あらゆるエネルギーがあって 糸を通してもらう それが役に立つんですね 子供がもうガラスを落としちゃって割ったことでは何の役にも立ってないんです

だから原発もありますけど 原発 原爆がありますけど 原爆爆発するとものすごい もう計算わかりませんだけどね 何メガトンとか何とかとかね 爆破エネルギーは生まれますけど 何の役にも立たない しかし 私たちは目は目を開けているだけで生きてます

ただ目を開けてるだけで だから生きるエネルギーは目を開けてくれるでしょ 目が開けているんだから どんどんエネルギーが生まれる 耳が聞こえているんだから どんどんそのエネルギーは生まれる だから 目が見えない方々にとってはエネルギーが足らないんだから 耳は倍働いてますでしょ やっぱりちゃんと安定したエネルギー供給が必要なんです だから目が不自由で生まれたら なんのことか エネルギーはワンチャネルカットされてますね

それはやっぱり耳で 耳にバイパスするんです 聴覚で まあ耳だけでできませんよ それも体で 観測で 指先で すごく不思議なものは点字あるでしょ あれ よく読むこと 私も目を閉じ 触ってみたらデコボコは感じますけど これどうやって読むんでしたと ということは 私の指先がすごく鈍い だけど目の不自由な方々なんか触って読んで終わった すごい早い そういうことで このエネルギーを他のところを余分に働かせてますよ でも頑丈ですよ 目が不自由な方々は

ある年齢に達ったら耳も聞こえなくなったとかないでしょ そうはないでできます そこでいろいろ弱くなって生まれて 補助チャネルもなくなっちゃうと かなり悲しい人生になっちゃうんですね だから目だけ不自由なんですけど 他の器官が働いていれば 全部そこは補助的に補給してくれるんですね そちらもダメージを受けちゃうとどうなりましたと もう結構生きていられなくなっちゃいます 早く逝っちゃいます はい

これでパス 触触れるコンタクトという至って簡単な単語なんですけど これすごい意味で ものすごいエネルギーが生まれているんです それによって認識が現れる 体に触れると 耳に触れると認識が現れる 生きるという働きが起こるんです 生きるということは認識があることなんですよ はい 3番目のエネルギー マノーサンチェータナタティヤ 意志職は3番目 意志職 なんか変な単語ですね 辞書にそうあったんです 生命に対する何かをしたいという意志があります

だから私は 1番目の意志使いたいんですけど 辞書には 2番目の意志なんですね で それだったら物足らないんだから 意欲という単語も入れました 英語ではウィルインテンションなんですね モーティフなんですね ですから このウィルインテンションモーティフという なんか日本語でモチベーションと言いますね これは日本語の使い方はそれなりのモチベーションという意味があります しかし モチベーションを辞書で引いてみると

辞書の意味 元の意味で取ってみればね なんか生命に対する何かのモチベーションがあるんですよ イライラしています 何かやりたい このエネルギーなんですよ 3番目 座ったら立ったくなっちゃうしね で こちらに講演あると宣伝したんだからね では予約して話聞こうかなとね 聞きたくなるし 聞いてからまあ早く帰ろうとかね こんな話は役に立たんやと 美味しい料理のレシピは今日テレビであるでしょうにとかね ということになっちゃうんですよ

どうも いつでも何かやりたいんですね

まあ例えば指一本動かしたりとかね こうやったりしたら その時でもやりたいという気持ちが生まれているんです やりたいという頭の気持ちよりも なんかエネルギーが生まれるんですよ まあ例えばここら辺痒くなったとしますと 痒くなった途端に何かエネルギーが生まれてるんですよ これで手が上がっていくんですよ 頭で考えてないんです もう手が上がって もう動いてカチカチカチカチやってるんです あれがモチベーションなんです

日本世間で言ってるモチベーションではなくて 辞書の意味のモチベーション ザパワーオブデューモチベートという辞書の意味でね

だからまあ意欲にしましょうか もうめんどくさいしね 何か意欲というか 意志というものがあります これは 3番目のジオソ 諸法 このエネルギーに支えられて生きるという機能が起こるんです

これ難しい話ですけど ブッダのすごいところは子供にもわかるんですよ 例えば 私はこういう歩きますね 歩きたい気持ちなかったら歩ける 今椅子を触ったでしょ こういうところ 触りたいって気持ちあったんです 時々マイフォン 私がいる方向へぼんって変えたりするでしょ やっぱり変えたかったんですよ

そういうわけでね まぶた閉じる時でもまぶた閉じたがってますよ ちょこっと吸い飲み込む時でも なんかエネルギーがあってやらせているんです だからそう言ってちっちゃなところで考えましょうよ

まあ例えば私喋ってるんだから こうやって手をこうやったりこうやったり いろんなもう坊主として一番みっともない姿でまあ喋ってますけどね

で これも結局意志があってやらせてるんですよ それで性格バレちゃいますね 性格ができてるならばね そんなみっともない姿しないでしょ

そういうことなんですね まあ講演中ね 真面目に聞く場合も やっぱり意志があって 真面目に聞いてこれ勉強しようという気持ちがあってね あ これはなかなか寝る暇はないんだから この時間いいチャンスやと言って寝る場合もね もあるしね どちらにしたっても これ意志がやらせてるんです 各自の 意欲が下がると うそのような激しい苦しみが起こるんです 何か何かやりたくてやりたくている時は元気なんですね あのエネルギーが下がると

なんかうすにかかったような感じになるんです エネルギーがなんかトラブっちゃったんです これものすごく感じるんでしょ 私たちは このよく言うでしょ?なんかこのごろやる気がなくてとかね その時状況最悪なんですよ だからやる気満々の時はすごい自分的には気持ちいいでしょ もし何か何かのことでやる気が失っちゃうと もう大変ですよ もう 苦しいんです それは やる気がなかったら あんた休めと言えば簡単でしょ あんたやる気ないの?では帰って休め

そういかないんで あれ やる気なくなっちゃったから寝るぞと言えないんです だから私はもう今日仕事をする気がなくなっちゃった だから寝ると言ってはっきりエネルギーがあるんです やる気があるんです これやる気 意欲がなくなるとそうじゃなくて なんか現代の言葉で言えばうつにかかったという感じなんです うつ病も似ています このやる気ない状態 ちょっと中見るとうつ病なんですね

それでどういうことかというと 私たちはね まあ本を読んでいる これで何かやる気がなくなっちゃうんですね そうすると ガムを噛むか おせんべい袋に手が行くかでしょう あれをお茶は?お茶に手が行くか あるいはこうやって背伸びするか なんとかやるでしょ あれ なんでやってるの?本を読んでいて なんか読む気が下がっていくんですよ それが苦しく感じるんです それで新たにこうやって背伸びをしたりして エネルギーを供給するんです

みんなやってます そんな難しい仏教哲学も知らないのに だから知った方がいいんですよ この行動 5つで生命にエネルギーを与えているんですよ だからどこかの電圧が下がると そこを調整しなくちゃいけない

はい 最後のエネルギー これ難しい 最後の行動が色ですね 心ですね ヴィンヤーナンチャトゥッタン 色は 4番目です この場合の心とは認識です

心ですけど お釈迦様も時によって心に別名名をつけちゃうんですね 地蔵通し喋る場合は お釈迦様が色ヴィンヤーナという言葉を使うんです マナスという言葉 チッタという言葉もありますけど ヴィンヤーナといえば認識 認識といっても心には変わりありません 生命には認識が起きない瞬間はありません

皆様 何かあまりにも話が進まなくて なんかもっと難しくする方はないのかというのは企んでます で 椅子 椅子でも我々は認識しているんです 寝ている時でも認識しているんです この認識イコール考えるではないんです 考えることは認識の一部だけです 食事とはたくあんわけじゃないでしょ たくあんは 食事のほんのわずかな一部だけです 食事とは茶碗に盛ったご飯ですと 米ですと違いますよ 茶碗に盛ったご飯は食事のほんの一部だけですよ

また味噌汁はあるわ ひたしがあるわ もう焼き魚もあるわね もう何でしたっけ コンビニの弁当しか知らないんだからね えーとえーと 肉じゃがあるわとかね そういうふうなことで 識なんですね 考えることも一部です

認識機能があるから生命です この肉体で感じるから生命なんです だから このペットボトルは生き物ではありませんでしょ 何も感じませんね 何も認識しません 私は生き物です 認識しているんだから これがそうとやってます 止まらなく 認識の流れが切れるとは その生命の死です 皆様方は考えることは認識だと思ったら

みんな寝たら死んじゃいますよ だって考えることやめるでしょ 寝る時は 考えることではないんですね 考えることは一部であって ずっと認識しています 止まることなく はい そういうわけで断食はありえないんです コンセントを外したら機能しないでしょう これ 一個じゃなくて行動 五本現象なんです 5本 5種類の現象なんです

あ 間違えた 4ですね 行動4種類なんです

ます物質の食べ物で これは太陽エネルギーですね これだけはわかりやすい 物理学的エネルギーはワンチャネル 一つのチャネルで それから触れることやら なんとかなんとかあります 忘れちゃったね 忘れちゃった 意思がありましてね 意識があります で 3つですね そういうわけで 断食はありえませんよ あれはとんでもない勘違いです 生命科学まるっきりわからんですよ 私は 2 日間ご飯食わないんだよと だから何だと 1 秒も栄養なく体は持ちませんよ

2 日間ではなくてね もう 7 7 年間も勝手にやってくださいと あのインドでネパールでね なんか昔 何年か前でね ある男の子がね 子供でしたけど いきなりあの菩提樹 なんとかね 木に穴があってね 穴に入ってずっと瞑想してるんですね だから信者さんがたくさん来て拝んだりしたりしてね あの子はもう何も水も飲まないんだと あまりにも大騒ぎするんだから CNN のなんとかテレビ局がね 見張っていたんですね 2週間 3週間ぐらい 2週間かな

全部カメラつけて 赤外線カメラをつけて 夜でもこの子はどこかに行って もう最低水ぐらいでも飲むだろうと 全然このカメラに入ってないんです だから まあブッダですよと ブッダの生まれ変わりですよ その子はそれを否定しますし 仏教の人々もそれは否定するし でも まあなんか体ぽっちゃりしていて 食べないわけにはね で なんでしょうかというと やっぱりその場合も あの子はすごい深く瞑想していますから 1週間 2週間座ったままでね

結核座したままでいるっていうのは相当なことですよ だからエネルギーが入ってます ただ食ってない 飲んでない それだけ それで医者に医者は不思議や これはどうしようもないんだとかね ギネス記録もこの子は破っているのではないかと でもその子は全然興味ない そんなことには 何回も逃げたんですね 人々がたくさん来るんだからといって 逃げちゃって 森の中で またどこかで穴の中に隠れてて見つかったりとかね

まあ今人気もないしどうかようわかりませんだけど 私もいい子だと思いますけどね 言いたいのは断食はありえない だからこれ仏教的な断食なんです 食っていうのはアハラなんですね 4 種類なんですね 世間考えているのは食べ物だけなんです あのミスどうするんですかね

だから心の栄養はすごくたくさんで 3種類ですからね これありえないんです そこで科学的に見ても アーハラのエネルギーを切ることは不可能です 切ることがなく流れるようになっているんです 切れることなど たまに食事をやめても断食は不可能です

たまたま朝ごはんを食べなかったとかね いくらでもあるでしょ でも断食はありえません 細胞は絶えず栄養をとっているんです そこで私たちは 1 日 皆様は 3 食でしたら 6 食でしたっけ あまり数えたことがないんでね 数えたら 18 食となる場合もありますからね まあ一応基本的にはまあ 3 食にしましょう まあそんなことを言ったっても あんまり 3 食食う人もいないんですよ ほとんど なんか頭おかしい なんで 3 食にこだわるのかと

自分の国でもちょっと若者たちとかね 調べたんですけど 調べたわけじゃないんだけど まあ話したりするとね まあちゃんと 3 食食わなくちゃって偉そうなこと言うんだけど よく見ると朝も食べてないし まず元気なんですけど 何か私はいろいろ仕事を頼むんだからいいでしょってやっちゃうんですね あとで私が思い立ったって あのね あんた朝ごはん食べたのかと いや 食べてないよと 今食べ今まあ 11時 12時だから言えるまでって

だから結局は朝ごはんも昼ご飯もなんかどうかで もうお腹がグッドグッドしたらなんか食っちゃうだけでね だから客観的にデータを取ってみると 必ず 1 日 3食ということはないんですよ そこはなんかマンネリでやっちゃうと それが病気なんですよ だから私はレストランなんかで行くのはね 12時になる前だからいいんだけど 時々ご飯食べて 12時になる時もありますけど なった途端 まあ一気にガッと人が入りますからね

あの時計に合わせて食わなかったら死んじゃうと思ってるんですかね それっておかしいんですよ はい その話を置いておいて 1 日 3食食べるというのは これ哲学でも科学でもなんでもないんです 細胞はそう 栄養を取ってるんです だから血液が流れてるでしょ 血液が流れるっていうことは 細胞は栄養を取ってるんです これ止めちゃうと ですから 皆様方にいいアドバイスしますよ 日本でも結構断食自慢の方々いますよ

すごい断食してね こんなもうテーラワーダ仏教違って我々いっぱいやってますよ だから提案してください 正しい断食 栄養をカットすることであると だから心臓まで止めてくださいと 心臓鼓動してるんだったら あんたインチキ断食やと それでは神にもブッダにもなりませんと だから心臓もやめてもらったら まあ断食です また そこ意識認識は

切断不可能な働きです そこでこの見えること 聞こえること 認識すること 考えること それは切断不可能なんです まあ目だけをよく頑張りますから 閉じることできますよ 閉じた途端 他でもうパワーアップになるんです エネルギーは同じ あの何を言うの?ボルテージで流れるんです

面白いでしょう まあ時々ね 皆さんはね 目とかね 時々おかしくなったりしてね まあ目をなんとかして隠しておいたりとかね で 目を閉じた途端 他の器官がすっともう働き出します 私の場合は 眠気っていうのは目にくるんですよ で これでもう本読んだりするんだから まあ眠くなっちゃって目が閉じるんですね 目が閉じる 自動的に閉じるところまで疲れちゃ眠くなっちゃったんだから では寝るそうと言って スタンドの電気消す 消す瞬間で他の器官が働き出すわ

もう眠れるところじゃないんですね だから結局は電圧が同じ電圧で流れるんです

で 耳はストップすることはなかなか難しいしね 例えば あの 本当に音を遮断する 耳につけるいろんなものあるでしょ?綺麗に音を遮断するもの

イヤホンもありますよ あの耳に挿しちゃうと 外の音は綺麗にカットされます あのステレオと同じく させてみてください どうなるのかと もしヘッドフォンのあの音楽資源に入れてないんです ただ ヘッドフォンだけ耳の中に挿しちゃったんですね させた途端 すごい音を聞こえるんです 普段より ゴーゴーという音やら体の音やら骨の音やら

だってこの地球 まあいろんなところで音 振動あるでしょ あれ 振動は足の骨を通して 血液 液体通して入ってるんですよ これ聞き出すんですよ うるさいんですよ だから静かにいたければ 耳栓全部外していた方がいいんです あれこれさせて音をカットすると 中の音がうるさくてたまらなくなっちゃうんですね それで何言いたいかというと このエネルギーは切断不可能 とにかく流れる はい これで 4番目に移いて

心がエネルギーですと あるお坊さんの前でモーリヤパッブナというお坊さんなんですね これは子供じゃないんです このお坊さんがいるところで お釈迦様がものすごい難しい因果法則の説法をなさったんです あの今日参考にするのは一番も一番ではなくて かなり難しい経典なんです ああ だから私もなんか大学授業スタイルやらないとちょっと難しいんですよ

一般向けの講演みたいにはね やるのはね とにかく内容難しい 色も生命を維持する食であると言ったら

食って食うものでしょ?とお坊さん考えるんですよ 誰がパンニャーナ食ってますかと だからお釈迦様困っちゃったんですね あのお釈迦様困ったところを読んで 私は再び再認識したんですよ さすがお釈迦様が科学者であると 色は誰が食べるのかとお釈迦様に聞くんですね だったらこのお坊さんがアーハーラ 食 食っていうのは取って食う 取って食うものだと思っているんですね あの 掃除機に電気が流れることではないんです

掃除機が取って電気食ってるわけじゃないでしょ エネルギーは別 のエネルギーに交換するだけ 電気が流れてモーターが回転して それでいくつかのエネルギーに変わるんですね それで終わり それにお釈迦様は食という単語を使っているんです だからアーハーラっていうのは思い出しました インプットなんです インプットという言葉ご存知でしょうね

パソコンにデータインプットするとか だからインプットアウトプットというね まあ現代よく使っている言葉があるでしょう アーハーラというのはインプットのことなんですね だからインプットするとそれなりにアウトプットがあります アウトプットは生きているんです

だからお釈迦様はこの昔 こんな単語ないでしょう 結構困っちゃったんですね まず言ったのは 誰が食うかという質問が間違ってますよと 質問自体が間違っているとお釈迦様が答えるのです 誰という語は因果法則によって成り立ちません 誰が食ってるわけじゃないんですよ あの時々 西洋の人々も私と喧嘩したことありまして 昔々ね で 昔も百年昔ではありませんよ 百年まだ年取ってないんだから で やっぱり誰かがやらなくてはいけないんだと

皆思ってるんですね それはいりません

だからインプットがあれば そこでアウトプットができるんですよ 色はどのように触になるのかとは正しい質問です

とお釈迦様はもう教えるんですね で 色だから お釈迦様の場合は色 あるいは食べ物というものは滋養になる パソコンのキーボードを叩くと 各キーが番号を持ってますね その番号が CPU の中に入っちゃうんです 番号で言っても電気信号なんですよ 私は B 押したらパソコンの中に B が行くわけじゃないんです 何かの 0 1 0 1 の番号が行くんですね 電気信号として それでまたその数字を B という画像にする場所もあって

それがモニターで B という画像にして見せてくれるんです

だからただエネルギーの流れだけなんです だからお釈迦様がそれは色 どのように?例えばこのスクリーンに なぜこの 11 という数値が映しているのかと どのように映しているの?これ誰が映したんですか?と聞いちゃうとおかしいでしょ?私が映したと思う 違う じゃあ佐藤さん 誰もやってないんです

ただ それぞれのインプットによって こちらで 11 というアウトプットが現れたんです はい まあ難しい話じゃましょう その答え ヴィンヤーナーハーロ アイティン プナッハワービニッバッティアパッチョよ 色色は再び生まれ変わることの原因になる

ああ これ書かなかった方がよかったなって 今更悩んだってもね で 結構難しい あの色っていうのは このエネルギーがあって 生命が生き続けている その四の中で色認識というエネルギーが特別に死んでくたびれて死んでも

またエネルギーをスタートするんです めんどくさいんですよ 例えば目が壊れちゃったらそこで即死したでしょ 音を聞きたくなければね 耳を壊しちゃえばね 簡単ですけど 色はそうじゃないんです 色は色を作るんです 心は瞬間瞬間に生じて滅するのです

生滅の流れです 隙間がないんです 死という瞬間も色です 次に再び生という瞬間が起こるんです

あの あれ 何と言いますか あの なんかあの 玉を何か 2つの線で並らぶら下がっておいて

1個の玉 こうやって当たったら前の玉出るでしょ あれ何て言いますか あの道具に道具じゃない あれはまあアクセサリーみたいにね 振り子ですか 振り子たくさんつなげたような感じね 皆様結構見たことありますね あの糸で玉も 6個 8個ぐらい あの こうやって線にぶら下がっておいて あれ ぴったし こうやって それ一個だけ引いちゃうで こちらの糸と飛んでいくんですね これ飛んでこっちのやつ ここ飛んでいっちゃうんですね まあ振り子でもよろしいし

だから上がって下がって 下がったら上がる 上がったら下がるという感じなんです これどうにもならんです 振り子で考えたら 振り子が左に行っちゃったら必ず右に行く 右に行っちゃったら じゃあ左に行けと そのように この心の場合は 式の場合は初滅 初滅 初滅であるならば初初であるならば滅 瞬間におきる すごい速い 電気 光のスピードよりははるかに速い 物質ではないんだから だから困ったこと 輪廻転生するんです

すべての生命は だから輪廻転生論というのは仏教 ブッダの仏教から見れば すごく精密な科学的な教えなんです 信仰的なものではないんです エネルギーの論なんです これはどうにもならん 生じたら滅する 滅したら生じると

はい アーハーライコール存在イコール輪廻なんです 正しい食事生活について学ぶより先に 上の等式を理解するべきです それと等式というんです 育児者の イメチャッタールーアーラータンハニダーナ またちょっとテーマが変わります この 4つの色は何の原因にしているんですか?と はい では 4種類のエネルギー資源があります 電気コード 4種類 この電気はなんで生まれるのかって次の問題なんです

タンハサムディアタンハジャティカタンハパバワと 言葉 3つ使ってるんですが 日本語の単語はありません 渇愛は原因 渇愛により生じる渇愛は元です

渇愛という何かしら変なものがあるんです この変なものがあるんだから エネルギーは生まれるんです ということは 我々は渇愛があるんだからご飯を食べているんです 渇愛があるんだから見たり聞いたりしているんです 渇愛があるんだから 体で刺激を欲しがるんです

渇愛あるんだから思考しているんです 渇愛あるんだから生きているんです 渇愛のことはね 時々私は脳を使って説明する場合がありますからね 原始脳である生存欲 生きていきたいと それも欲ですけど これもアハーラですけど ある程度では ファンクションは違いますからね 無明と存在欲 渇愛 心の本来の状態は無明と渇愛です 心から発するエネルギーは 1 触色 2 意色 3 色心 心からこの 3種類のエネルギーを生まれるんです

渇愛から だから皆様も私もずっとこの触色

意色 色即という専門用語使っちゃうとね 難しくなりますけど ただ触れたらエネルギーが生まれる 何かやりたいというよね いつでもあるし それでエネルギーが生まれる それから色認識する 認識しないでいられない これが相当エネルギーなんです これ渇愛から生まれるんですよ 脳で言えば原子脳から生まれるんです 原子脳はいくらでもエネルギーを作るんです 生まれたら体があります それで死気が死んじゃったら新しく生まれるでしょ

次にそこで体が放り込むというか 体がなんて言いますか に囲まっちゃうんです 式が どんな体かわかりませんだけど それぞれ生命体に合わせた何か物質が認識を囲まっちゃうんです 認識が物質の中に隠れるんです だから私にこの肉体がないと認識することはできないんです この肉体の中に認識が隠れているんです 肉体とは物質です 炭素やら水素やら まあそんなもんなんです 窒素やらね みんな知ってます

でもこの肉体 炭素やら水素 酸素などなどでできていると言ったっても なんか変なものが起きてますね 認識するという認識が隠れて生かしているんです で 体が生まれたら体に物質的な食が必要です だから肉体はものでしょ ものが壊れると部品が必要ですね 修理するために 四色は 新たな色を作ります これ 別なところにいるべきタイトルテーマなんですけど はい 四色 四種類の食べ物がありまして この四種類の食べ物は次から次へと食べ物を作るんです

認識すると次の認識が生まれる そうすると次の認識が生まれる 例えば 今日はちょっと寒いなと認識するでしょ ついでに別なもう 1枚着てよかったなとか出てくるでしょ

次から次 ちょっと喉が渇いたなと認識するでしょ

次に何か飲めばよかったなと次の思考が生まれるんです だから一個の式が生まれたとは 次の式も次の式も次の式も生まれる 目に何か触れたとは 次に次に次にまた触れるエネルギーが生まれる そういうことで 四色があることで無限に尚色六文殊なんだからなんだらという あの化け物を作りたがってるでしょ 日本は あんな感じでいくらでもエネルギーが生まれる 恐ろしい仕組みなんです 減らないんですよ 増えることがあっても 増えることがあったっても

容量がありますからね 容量で漏れます エネルギーは余分に作っちゃうとかなりやばくて 自己破壊するか他破壊するかどうか分からないんです で というわけで 食べるものについて困らないでください これ 自動発生するんですよ いくらでも エネルギーは無限に投げれます

だからこの生命は四色 四つの色のアーハールの説明で 輪廻転生は科学的に証明できるところなんです 残念ながら 生命はそういうからくりだよと科学者はまだ発見していないんです

お釈迦様はこの難しくてね この経典群がすごい難しいんですよ 難しいと こちらだけ輪廻転生の話が因果法則に乗っ取って教えるところです

だからエネルギーの無限牢になってしまうんですよ 一旦 仏教の地理学的な仏教 科学的な色は終わりました 体には玄米よろしいか 白米よろしいかっていうテーマではなかったね それ聞きたかったですよね

欲と怯えが食事習慣を占領している えっと 皆様 もう休み取りたければ

疲れたならば 何か喉が渇いたらどうですか?お父さんいないんですか?まあ

ちょこっとテーマが一応新しいテーマになりますからね では あの じゃあ 10分程度にします はい では始まります これからは簡単です それほど難しくないんです 人間の食事 生活について 欲と怯えが食事習慣を占領しているんです 私たちはしっかり理性的にご飯を食べているわけじゃないんです かなり人質にされちゃって で それから何て言いますか あれは身代金払ってるような気分で 食事を取っているんです 決してありがたい話ではないんです

目的は逸れている 食べる時 我々は目的は逸れてるんです

はい 体のためであると知っているが 食事は人間にとって最大の楽しみです これがおかしいんですよ 楽しむために食べるんじゃないんです これ 全然楽しいことじゃないんです あの車にガソリンを入れることは超楽しい

食事を取ることによって 欲 見栄 傲慢 怒り 自我などの煩悩を掻き立てて増やすんです 欲で食べてるんです 見栄で食べてるんです 友達に自慢するために フランス料理屋に行って食べたりする テレビで宣伝したらもう 3時間まで並んでるんですね ラーメン食うために 相当病気ですよ あれは 何々有名人があの店に行くんだと聞いたら

まあ行くわ 行くわという感じで 何やってるのかと もう科学的なところはもう飛んでるんですね

だから自我を張るために食べてるんですよ これとんでもないこと だから食べるものは全部悪くなっちゃいます まあ例えば車をちょっと褒めてあげようと思ってね

ガソリン入れる時はね まあギター弾いて歌一曲歌って またもうなんとかトゥイスティングでもして踊ってあげたら車喜ぶ

燃費は良くなる まるっきり無駄でしょ

だからこれはわかりやすく言えば この包丁は大事に食料を切るためにあるものですけど 包丁を見るたびにすごくピカピカ光っちゃってかっこいいんだから まあ子供たちにあげて じゃあこれで遊んでくださいと 子供たちはプラスチックでできている刀を持ってね まあ相手とだとかやってるでしょ さっさと今日から あのね こんなプラスチック これ刀でもなんでもないんだからね 最低包丁でも使ってくださいと あの 3歳の子供たちにあげてください

それで二人で決闘やってくださいと って何やってるんですかね これで 同じことを我々は食べる時やってるんですよ 欲で見栄で 嫉妬で 怒りで 憎しみで 落ち込みで で 食べている 摂取も煩悩の大きな資源です

ですから 私たちはおにぎり 1個食べたっていうことは その分 体心の煩悩も増えちゃって 心が汚れたってことなんです 結構ひどい穴に落ちてますよ おにぎりではなく うなぎ弁当になったら 昼ご飯はもう結構煩悩が増えてます

科学的に食べてほしいんです この私は何でも嫌味言うように皆様感じるでしょ あれは嫌味言うのは簡単じゃないんですよ すごく客観的に観察しなくちゃいけないんです だから私も日本に来てから 1回 2回ぐらいはラーメン食べたことあります それっきり食べないんです こんな恐ろしい塩やあれやこれやとか 強烈な味付けて あれにそれに麺入れてね ズルズルと食べて あれも飲んだりしてて これ死んじゃいますよと これで 死ぬために食べるんじゃないんだよと

テレビの料理番組は結構見れますよ それ見て自分でも料理作って食べてますけど まあすごく美味しく出来上がります 私には食べられませんだけどね 美味しすぎて もうどうしても捨てる羽目になります が まあテレビの番組見て 絶対この真似だけはしませんと決めます

だから 例えばおにぎり 2つ食べるか 昼ご飯に あるいはうなぎ弁当食べるかというと それ分 煩悩が増えるんですよ これものすごく 5 6 7 8 19年前か話ですけど なんか私がもういろいろもうコンビニばっかり食べていて なんか体調が悪くて弱くて なんかいきなり無性にうなぎ食べた方がいいんじゃないかなと なんとなく自動的になんか欲求が出てくるんですね あれ うなぎ食べなくちゃと その日で行って うなぎ弁当買って食べたんですね

その日で まあ結構美味しく感じたんです もうそれからもうなぎ食べたことは 2 3回ありますけど なんだこりゃっていう感じなんです 別に大したことないでしょ 大した味が別にないんですよ まあまあ甘いしね で 焼き魚ってどちらでもだいたい同じ味というかね

まあ魚によって微妙な差があるんだけど 焼き具合やらね で 客観的に食べると

そんなに夢中になることがないんですよ うなぎ食ったぞって言いたい 言いたいために食べると あれが子供が包丁で遊んでいることなんです

楽しみであるはずの行為は 限りのない悩みと苦しみの種になっているんです それで食べることは楽しみであるはずですけど 今は食文化がありまして 単にお薬の食べ料理がありまして それぞれの食べ物の食べ方がありまして 食べる時の道具もあるはあるわね で スイカ食べる時はこの道具やとかね メロン食べる時はこれやとかね もうリンゴ食べる場合はこの道具やとかね

で 西洋的に食べる場合も ナイフは何種類か フォークは何種類か スプーンは何種類かってあるんですね

これって結構苦しいんだと思いますよ 皆様もこの料理についてかなり苦労していると思いますよ 大根の切り方どれぐらいある?そこは問題なんです

大根料理はたくさんありますね その料理に合わせて切りが変わっちゃうんですね

キャベツ使う料理もたくさんありますね それに合わせてキャベツの切り方が違う 食べ方も変わっていく ロールキャベツなんかはまあそのままもう取って食べることできないし フォークしたっても フォークをそのまま食べることはできませんしね それはちゃんと切って食べなくちゃいけなくなっちゃうしね 千切りにしたもうキャベツだったら まあやっぱり箸で食べられるしね だからそのようにあらゆるものは出来上がっちゃうんでしょ

あれは何のためだと思う?煩悩のためなんです 身体のため 健康のため?まるっきりないでしょ ただ気持ちいいでしょ 気分的に そのためなんです

いわゆる心に刺激をあえて与えたいんです あえて煩悩をかき立てたいんです だからブッダの真理を知らない人は 食べるたびにかわいそうで 結構罪を犯してます だって心汚してますからね 罪とは人をぶん殴ることだけじゃないんですよ 人と喧嘩することだけじゃないんです そんなの大きな罪じゃないんです 喧嘩したっても ごめんねと仲直りしましょうというのがチャラですからね そんなに根深い罪になりませんよ 死後まで追ってこないんです

自分がもう人と喧嘩しちゃって 怪我させちゃっても まあそれから一生懸命面倒見てあげて すごく仲良くしてあげて 親しい人になってしまっちゃえば 良いことをしたことになっちゃうんです あれは消します 悪行為は しかし 私たちは毎日やっている これは何なのかと なんで余計に心汚して地獄に行く道作るんですかね

食べることは避けられない 誰にだって お釈迦様であっても 食は 4種類です これから逃げられないんです だからって言って罪を犯す必要ないでしょ

はい 解決しましょう 解決はいたって簡単 もともとの意味を理解しましょう 食べる前に 食べる時 壊れてゆく肉体を修復するために材料に過ぎないのです

主語はないんだけど 食べるものをね 食事とはなんです?食事とは 壊れてゆく肉体を修復するための材料に過ぎないのですと これ暗記して覚えてください 毎日善行することになっちゃうんです 食事は幸福を招くようになるんです 招く猫はいりません 他何の目的でも食べてるわけじゃないんです

体が壊れるんですよ このパソコンがそんな簡単には壊れませんし 他の物質は簡単に壊れませんだけど 一番簡単に壊れるのは生命の物体なんですよ 理由はこれ心が作ったんだからなんですよ すごい不安定な心が作ったものだから 遺伝子は壊れるんです 細胞は壊れるんです 簡単に それで新たな物質を持っていて 新たなカーボンやら水素やら炭素やら 鉄分やらもう入れてまた作らなくちゃいかんですね 全体的にそこを理解しておけば 煩悩はかき回せないんです

いたって簡単ですよ 解決策は 体が体壊れると力がなくなると苦しみが生じるんですね もう一つ 体が壊れると なんかやけに苦しい それから体に力がなくなると 例えば足がうまく動かないと歩くと苦しいでしょう だからそれにエネルギー入れてほしいんですね これは摂取することでなくなります 体を放っておいた後 結構苦しいんです あの余計な苦しみをなくしましょうと これ 2 行目ですよ 呪文に 呪文の 2 行目です これ呪文みたいなもんです

呪文よりは効き目があります 心はものすごい綺麗になります 1番目は壊れている行く体を修復するための材料 2 番目は体が苦しくなります その苦しみをなくすための薬ですね 3 番目 必要から欠かせないから食べるのであって 決して美味しいから食べてはならない この食料はこの肉体に欠かせない 必要です ですから入れます あ これが美味しい だって食っちゃいますと ダメなんです あ これはなんだかんだ有名な店で買ったんですかね

あれを一度食べたかったんですねとか ダメです あれ このリンゴ

リンゴありますね すごい高い 1万円ぐらいのね かな なんか見たことがあります ばっかり高いリンゴ きっとまずいだと思いますけどね で これ 1万円もかかるリンゴやと これ特別にこれでこれで手加えてこうやってこうやって作ったものやと と言ったら 不味くてもみんな美味しいと錯覚起こすんですよ あのコマーシャルバリューですね で テレビで宣伝しちゃうとどうせ美味しくなっちゃうんですね これ病気ですよ 自分で材料を見て調べればね

全然このマインドコントロールに乗らないでください 何々店のほうれん草は断然美味しいという風じゃなくて その時そのいろんなところで手に入ったほうれん草を持って帰って食べてみて どんな味かな どんな味かな チェックすればいいでしょうに だってほうれん草っていうのは毎日作るものだから 同じ味じゃないんですよ あの店の品物は信頼できるぞと言ったっても これはありえないんですよ そういうことで 3番目の項目は欠かせないから食べてますと

という意味なんです これもの これ私は簡単に言いますけど すっごいすっごい深い重大な意味なんです 人間の思考は逆転させなくちゃあかんです 人間に幸せをもたらすならば 今の食べ方はもう世界中のね とんでもない悪いんですよ ただ 貧しい国々で食べるものがなくて 食べるものを見たらパッと飛んで取って食べるでしょ 動物みたいに あれが正しいんです あれで病気になりません 大丈夫です その場合は必要だからでしょ 欠かせないでしょうね

食べ物はない 1日 2日 3日 1週間も食べてない それでちょこっと食べ物いたら キャーっと言って奪い合って取ったり食べたりする なんか動物のように見えるかもしれませんだけど その人は見栄のために食べてないでしょ?自慢するために食べてないでしょ 有名な店だから食ってないでしょ 食べなかったら死んじゃいますから だからかなりの前 アフリカでね すっごい乾季状態があって で もう国連の穀物とかね もうヘリからいてポチャンと落としちゃうんですね

まあ危険だからどうかはわかりません それで砂の上でトウモロコシやらばら子供たち拾ってこうやって食べるんです あれを見たんですからね ものすごい残酷な もう見ていられない姿ですけど 人間でしょうにと思いますけど なんでいくらでもあんな風にするのかいと しかし あの砂に の中に落ちてて 人はその上に走ったり踏んだりもするのに あの飢えている子供たちがこうやって拾って拾って トウモロコシ 1個1個食べたりして あれではまあ悲しいことなんですけど

病気になりません それでもさらにスイートコーンというものは作って これは特別に柔らかく作ってもらって その上バターも乗り上がって もともと甘いのに砂糖もかけて 丁寧に輪切りにしてもう取って食べると これはもう贅沢だと思ってるでしょ?煩悩ですね 心は汚れているんです これで健康が崩れます 体にも毒になるし 心も悪を犯していることになります これ 何のこともない 犯す悪の量がありすぎなんです 悪を犯した覚えがないんです

だから地獄にいたら閻魔様を恨むでしょうね まあこれはまあ神話物語ですけど なんで閻魔さんが俺を地獄に落とす 私は悪を犯した覚えはないでしょうとかね 閻魔さんにどうすることもできないんです はい それで3番目の項目を覚えておきましょう 必要だから食べています これ 今皆様に紹介しているのは お釈迦様が出家に教えられた 出家だけに教えられたものなんですよ だからもったいぶって言わなくたっていいんですけど そこから全部皆様に合わないんだから

合うところは編集して今紹介しているんです 心清らかなままで 何の隅に隅にも汚れることなく食べる方法

その上 体の健康も維持する 私たちは暗記していますよ お寺に入ったらまずそれを暗記させます 一番最初に だって サッベーサッターハラティティカだから すべての生命は食によって成り立ってますからね 出家してお寺に入ったら まずこの食べることやらいくつかありまして それを暗記させるんです 本を開けて読んだらダメなんです 暗記で しかし 公では唱えません

これで解決策3項目でありました 至って簡単でしょう あの前の話と随分違うでしょう 実践編は 今日から皆様は別に食べ物を選ばなくてもいいんです

聞いてください この肉体にこれが必要ですか?と 20センチぐらいソフトクリームやらもうバターやらもう積み重ねているケーキがあって そこら辺はリンゴを一つ二つもあってね まあ切ったリンゴをね この肉体にどちらが必要でしょうかと 自分がこれからすごい重労働をする予定だったら あのケーキ食べて一向に構わないでしょ これから寝る予定だったらリンゴにするしかないでしょ それだけの話なんです

で 英語で言えばザチェック ザネセシティなんです ケーキがあって アイスクリームがあってとかね またいくつかの甘いもの並んであって チェックする この肉体に必要でしょうかと ただ 今日はご飯も食べたし ポテトチップポテトも食べたし だったら要りませんということになるでしょ しかし欲があるとダメでしょ やっぱり私はこのケーキだね 食べたいねとかね 美味しいですねとか これは有名な あの スイーツ作る人は何て言いますか

あの え?え?パティシエ これ有名なもうパティシエが作ったものだから やっぱり食べてみなきゃ損やと 食べることが損なんです

あのオーストラリアのある人が これテレビで見た話で クックさんなんですね 若い子くて これでどんどんどんどんどんどんゾウさんみたいに太るわ太るわ太るわ 自分では体がもうコントロールできないところまで しかし 本人は専門職でしょうし プロでしょうしね 困りましたと こんなことで ただ 本人ある日発見したんですね 自分がいろんな新しい作品 料理作るんです 作って自分で食べてみなきゃダメでしょ このお客さんに出すものだから

毒に決まってる ものすごいカロリーやらコレステロールやらありったけのものはね 入れちゃいますから それ化学調味料やらね

で その人もまず食べてみるんですね それで太るんですね それでその人 それから何やったかというと ちゃんと作って ちゃんと食べて食べてみるんですよ 口で食べて味わって 歯触り 全部チェックして そのままバケツがあって それにペロッと出すんです 食べません 口の中で全部チェックして それは仕事だから それからペロッと出す それからやっと健康を取り戻して 体重を取り戻したと だからテレビで前と今 ビフォーアンドアフターの出ていましたからね

私はその人が仕事したいし プロでしょうし プロのプライドもあるしね だから体健康がなくなったんだから 仕事辞める羽目になったというと情けないでしょ 見つけたんです 方法は 情けないではなくて しっかりした方法 だから自分がスマートな体で結構ごちそうすること出すと みんなこいつは作ってるんだから毎日食ってるでしょうねと思っちゃうでしょ だから俺たちも食べましょうよと これで商売も上がっちゃうし

そこでものすごい 2メートルぐらい横幅があるクックさんがケーキ持ってて出すと食う

本当に私の場合はもう食欲なくなりますよ

時々 まあたまにまあ高級レストランなんか行ったりしてね まあ日本であんまりないんですけど まあこのシェフが時々来るんですね で 来てちょっと話したりして で 何回も一回あったんです まあシェフが来たら 私もやっぱりせっかく料理作ったんだからといってね まあもう挨拶をしてちょっと話したりしますけど まず見るのはこの人の体なんです 体見てから 私はどの程度で食べるべきかと 美味しいんだからとは食いません はい その3項目を覚えておいてください

覚えてください 暗記してください 私の文章はちょっとね 気持ち悪いんですけど できるだけ美しい文章にして暗記してください はい 次 あの四 四具と最低限 これもすごい大変大事なことなんです あの四具っていうのは欠かせない 4つですね 着るもの 食べるもの 住むところと薬 命を支えるために 最低限をしっかり理解して把握しておく それがあれば満足 足りることを感じられるように精神的に成長する

で 食べるものの場合はもうすごい厳しいんだけど 例えば着るもの 何か着るものがあれば十分やと それで満足を感じる その上 美しいものを着られる 色のいいものを着られる 肌触りの良いものを着られると最高に喜べばいいんです 過ぎてるんだと 空腹空をなくして

満腹空が生じないようにする はい 食べるものに対しても同じことで 最低限で まあこれぐらいあったら生きられると まあそれより 2つ食べまったと ああ 十分ですねとかね という感じで喜びを感じればいい 次の項目はこの空二つ 空腹空と満腹空 空腹空をなくして 満腹空が生まれないようにする 以上です それで終わり 食事習慣が難しい話になっちゃうと覚えられませんだからね で 健康に入ります 完全な健康体はまれしかありえない

だから期待しないでください 食いまくって健康になるとかね 食いまくったっても 食べるものにはすごい気をつけたっても病気になりますから これは無駄です しかし 健康でなければ生きることに障害が生じる お釈迦様もアーロギャパラマーラーバ 健康であることは最大の徳であると これ損得の徳なんです 説かれています お腹が空いた時のみ食べるならば とりあえず OK です 簡単でしょう ちゃんと時間に食うっていうことは世間で言ってますけど

あれは私があんまり良くないと思いますよ それぞれ体が違いますから まず食べる それからお腹が空くまでます お腹が空いちゃって グーグーと鳴り出すとすると ちょっと水をちょっと飲んでから食べれば またいつ食べるかというと またお腹が空くまで待つと これ実行 まあ難しいんだけど まあ健康の問題ないんです この食べたことじゃなくて このお腹が空いたという感覚は細胞に必要なんです 細胞は休めないんです 休ませてあげると長生きします

だから長生きする秘訣は空腹感なんです はい それであの それだけで足りません 空腹感をちょっと楽しんだ方がいいんですね 食うことだけではなくて お腹が空いてることは楽しんでみれば 私はそれ実験して言ってるんですよ あの空腹感になると結構楽しいんですよ それで体がすごく軽く動くんです 何か食べてるよりは体力が出てくるんです 疲れがなくなって 疲れなくなっちゃうんですね それでもうクタクタ 疲れ もうお腹が空いちゃって

まあもうダメやというところで食べればいいんです ダイエットは失敗ですね この言葉は食事 生活について 人間だけが大きなミスを犯したことを物語っています このダイエットという言葉があってはならない言葉なんです ありえない あってはならない言葉なんです 節度を知って節制すれば済む話です 食べるものと煩悩が合体している 失敗することも避けられないんですね だからみんな失敗しますよ 食べることで だからダイエットする羽目になります

もしダイエットすることになっちゃったら まあ人生失敗なんだ あれは だからダイエットも失敗するでしょ だって長い間の癖だからね だからダイエットしないように気をつけてください ダイエットする羽目になったって言ったら 人格は問われます 煩悩でストレスで食べては食べないこと

ちゃんと空腹になるまで待って 今できるでしょ?チンすればね 料理作ってからもう食べる人は食べて 私の分は置いといてくださいと 空腹になったらもうチンして食べれば そうするとまずいと思っちゃうでしょ あれ 煩悩なんです 美味しいんだから食ってるんじゃなくて 必要だから食べてるんです はい それからハランとハラール これはイスラム教の言葉ですけど 禁止と許可 宗教は まあ時間なくなっちゃったんだから

このセクションはカットしたってもいいと思いますけど 宗教は人間に食べられるものを禁と許に分けるんですね 私は腹が立ちます それ人間食べられるものを並んで これは禁止 これは許可っていうのは なんだこれはと 毒キノコ フグの肝 トリカブトなどを禁止するならば理性的ですが 仏教の心理から見ると 食そのものが苦しみを司る原因なんですよ だったら食うなかれというならば 全部食うなかれなんです 認識もするなかれなんです 体で感じることもやめてよと

考えることもやめてちょうだいと だからそこは極限で そんな教えてないんですけど なんで人間に食べられる栄養なのに 豚肉食べてはいけないんですかね なんで人間に食べられる栄養になる牛は食べてはいけないんですかね 日本ではないんだけど いろいろ宗教ではそういう項目 厳しくあるんですよ しかし 避けて通らない問題でもありますね これもいわゆる避けて通らないっていうのは この食事しなくちゃなんですよ

食事することで そんなにありがたいことじゃないんです 苦しみの延長ですよ で 出家は自分のために殺す 殺されたことを殺されたという疑いある 肉魚が禁止です お釈迦様も食べてはいけないことはおっしゃってますよ これは出家に教えています 皆様にはないんです 私たちには食べてはいけないことはあります 何かというと 肉か魚か 例えば私のために 絞めたならばダメです あんた来ると言ったんだから もう昨日うなぎ買っておいたんだよと

で 朝作りましたよと たら そのまでうなぎが水の中にいて 私が来る時は首を切っちゃったんだから これは食べられないんです それから ゾウ 馬 虎 熊 肉食系の動物ですね ヘビなども禁止しています これも出家に皆様食べてください それの解脱に関わる問題ではないんです クマの肉を食べたら悟れませんということじゃないんです ただ品格が問われるんですね 当時で王様がすごい怒るんですよ ゾウの肉とか馬の肉とかね 食べちゃうと 王の財産だから

在家に対しては何も説かれてありません お釈迦様かっこいいでしょう 食べるものを勝手に区別しちゃって 禁と教と 迷惑でしょうに 人がもう植えているならば 何でも食っちゃってもいいでしょうに 何やってるんですかね そういう方々は で 出家しているんだから 我々お釈迦様はね まあ我々慈しみ実践しなくちゃあかんでしょ だから私の目の前で あれ タンクから魚を取って じゃあこれ焼きますって言ったら 私はすぐ出てさようならと

冷凍庫から取ってきたら別に OK なんですね これは私 食うために殺しちゃうんではなくて もう売るために殺しちゃって もう冷凍庫で何ヶ月か回るものだからね 殺生してはいけないだけです 在家に言っているのは 殺生してはいけないと はい 菜食主義にも喋るデーヴァダッタが出家に戒律として菜食主義を提案したが却下されました

デーヴァダッタのお釈迦様に反対した反逆的な行為をやったお坊さんなんです で 親戚でもあった 彼が出家は死ぬまで菜食主義であるべきですと

戒律を作ってくださいとお釈迦様に言ったんで お釈迦様は却下 理由 戒律は聖学者でが定める 誰にもその権利はありません 我々 2500 年間出家する習慣があるんだけど 戒律は作りません 作れません お釈迦様が決めた戒律だけです 菜食主義 森に住むこと 紛争へを着るなどは各自で自由に行えばよろしいと お釈迦様はそう言う 特別に何かやりたければ どうぞご自由にと あるお坊さんが私は絶対菜食主義でいきますと言ったら

はい どうぞと だからそのお坊さんにこれ戒律にしましょうと 他のお坊さんたちも菜食主義でなければダメと言っちゃうと あなたは戒律を犯してますよということになるんです それが各自自由 ブッダは科学的に食べ物を体を維持する材料として考えたんです

お釈迦様は食べ物っていうのはただの材料だと思っただけなんです 肉も魚も人体を維持する材料なんですよ ただ殺生してはならない そこで死んじゃった肉破片がもう運命がないでしょ 腐るしか これ食べて元気になる 何があるんですかね 別に私はもうそんな好きわけじゃないんですけど

一応論理的にはそういう話なんです 食事とは 植物が動物を摂取することです 植物 植物か なんですね 動物を これ我ではないんです 食事っていうのは 植物を食べるか 動物を食べるかでしょ 果物以外 誰に食べてもらう?誰かに食べてもらうプログラムではないんです

キャベツは人間様に食べてほしいと思っていないんです 魚は人間に食べてほしいと言って取っているわけじゃないんです 果物は別です 果物は食ってもらいたいんです だって ブドウに何のためにあれがあるんですかね 誰か食べるためでしょ ただ ブドウは種だけまいてくださいと ブドウのするのね 面倒を見てあげてくださいと 子孫を残してくださいと頼む その仕事をやってますからね 人が作って残したもの いらないものをいただく 托鉢習慣は出家に推薦します

お釈迦様が食べることは怪しいんだから 食べる事自体苦しみの延長だから 出家に托鉢しなさいと言ったんです なぜかというと キャベツ ジャガイモを食べても キャベツさんもジャガイモさんも嫌がってますよ 奪って食べてるでしょ どうしようかと それでお釈迦様が出家だけに在家ではないんです 人がご飯炊いて ジャガイモも茹でて食べた まだ一寸とこと残っている これ捨てるしかないでしょう そうするとお坊さんが托鉢してると

はい どうぞと それで食べて生活する そうすると そのお坊さんが誰にも迷惑をかけないで 自然法則を守って自然破壊しないで食べたことになる その時も念じて食べているんです しかし 残された食べ物があってもくださいと言ってはならないんです 托鉢の場合は 人がたくさんのご飯があって 食べてたくさん残ってますね あんた この食べ物どうしますか?と まあ食っちゃったんだけど 捨てますよと あ 捨てるならばくださいはダメです

そこまででも言ってはダメなんです 相手がまあ捨てるんだけど まああなた食べるならばどうぞと言ったら まあどうぞなんです 生の穀物

命のある野菜 生野菜 生肉などは断るのです はい じゃあここら辺は托鉢習慣だから まあ早く行きます で 托鉢ではこの 生のものはいただけませんね 料理したものはいただくんです

自分の意思で来るならば まあまあ それ托鉢習慣はいいんです それは飛ばします そこは汚れ汚れもの 宗教ではね あの食べるものによって人が汚れると思っていたんですけど お釈迦様は大反対なんですね スッティニパータナチューラワッガーマガンダスッタというところがありまして それできれば読んでみてほしいんですよ 日本訳もあります 過去ブッダであるカッサヤブッダの教えと解れたものです 教えとして で すごい難しいんです

一応英訳だけ一行だけ紹介します テイキングライフビーティング ウンディング バインディング スティーリング ラインディセービング ウェーレス ノッセ ノレッジ アダルタリー ディスイス strange ノットザイーティングオブミート いわゆる殺生すること 人を殴ること 人を縛っておくこと 人に怪我させること 盗むこと 嘘を言うこと 騙すこと 無意味な知識 それから邪な行為 これが臭いんだよと 肉じゃないんだよと

肉魚食べたっても汚れ物ではありませんと 次の偈は・・・Those who attack these living beings either out o f greed or hostility, and are always bent upon evil, go to darkness after death and fall headlong into the woeful states. This is stench.

日本語訳すれば あの生命を攻撃する もう欲で あるいは怒りで 憎しみで生命を攻撃する連中 いつでも悪いことをやっている人 苦しみ 暗闇から暗闇に行く人 もうなんか転がったように地獄に落ち 陥る生活する人 そのことが臭いんだよと 食べる肉ではありませんと すごい明確に言っているんです 心が汚れて煩悩に支配されているならば その生き方が汚れたものです 何の何を食べているのかではありません たとえ落ち葉 落ちた果物だけ食しても

心が貪瞋痴で汚れているならば その人の生き方が汚れているのです 省略する そんな意味です 摂取する食べ物と修行は関係ありません 食べるポリシーもありますね 食べるために生きることは悪です 何もしなくても必ず死ぬから 命をつなぐために食べる 自分が生きることでたくさん生命が助かっているならば 体力を維持するために解脱することは生きる目的にとして設定するならば

目的に達するまで食べる権利が生じる これが方針なんです ありますかね 愚か者は食べるものに夢中になる 肉体が激しく要求するならば 何を食べれば良い 何か何かを食べれば良い 決して毒になりません 健康 栄養バランス 消費カロリーなどはそれほど気にする必要もありません 人格向上を目的にして生きる 体がサポートになる機械です 人格向上します 体がサポートします 体と食事の関係は 車のための旅ではなく 旅のための車という例えです

車のために旅するんじゃないんです 旅のために車を使うんです 人格向上するために食べるんです 以上です どうもありがとうございます スマナサーラ先生 ありがとうございました 本日は会場の借りている時間の都合で質疑応答は割愛させていただきます それでは最後に皆さんで回向の文を唱えて終了したいと思います 拝聴してください 回向の文 仏法僧の三宝に礼拝敬し 戒を守り 慈悲の瞑想とヴィパッサナー修行によって積まれたこの功徳を

神々 先祖 祖父母 両親 親族 恩師をはじめとし 一切の生きとし生けるものに回向いたします この功徳によって すべての生きとし生けるものが幸福に暮らせますように そして解脱が得られますように サッビーティヨ イワンチャントー サンバローブー ウィナッサトゥマーテー バワントアンタラーヨ サティーディーガ

ー イコーバワ バワトゥ サッバマンガラン ラッカントゥ サンバデーヴァタ サンバブッダ アヌバーヴェーナ サンバダンマ アヌバーヴェーナ サンバサンガ アヌバーヴェーナ サダ スッティ バワントゥ テ アビワダナ シーリスー ニッチャンワッダーパジャ イノー チャッタールー ダンマーワッドンティー アユワンノー スカンバラン ソーソー ありがとうございます