月例講演会
信頼される人間になる ブッダがコーチする不動の信頼関係 1
- DVD番号
- V-303
- コレクション
- 月例講演会
- タイトル
- 信頼される人間になる ブッダがコーチする不動の信頼関係 1
- 行事名
- 月例講演会
- 収録場所
- 東京:かやの木会館
- 講師
- アルボムッレ・スマナサーラ長老
- 収録時間
- 00:26:58
- 言語
- 日本語
- 収録日
- 2020年9月20日(日)
信頼を築くための生き方の法則は存在するのか? 人間関係や社会の中で決 して揺るがない信頼はあり得るのか? ブッダに学びます。
では よろしくお願いします 今日は特別講演ということで 年一回関西で法話講演会やってますので
今日はその日なんですけど まあ現状を配慮して 一応ネットで発信することにいたしました
では そういうことでよろしくお願いします
はい これはまあ 1年前から考えていたテーマなんですけど 信頼される人間になるということで 不動の信頼関係をどうやって築くのかということで あの まあまあ あまり深く仏教の話にも入らないで まあ軽々とタッチして話を進めたいとは思います
はい まずは信頼される人間と言っても これは結局はもともと人間関係の話なんですね 人間関係で自分が信頼されているという状況が必要というか
期待しているということでね なんでそんなにも人間関係を築くでしょうかね それって至って単純なことで この孤独で生きられないんですね 人間にとっては 他人との関係を結んで社会組織を作って生活しているんですね
人間は人間なりに社会組織をいろいろ作って ありすぎでしょ 地球上の人間が一つの社会になった方が一番やりやすいんだけど そうはなってないんだよ いろんな組織も数えられないぐらいいっぱいあるんですね 一人の人がいくつかの組織に入っている場合もあるしね 動物の中でも群れを作って生活するということはよくあることでね
じゃあ単独で生活する動物もいるでしょうし いることはいるんだけどね 結構凶暴なんですね 単独動物はね しかし 仏教でいうこの孤独で生きられないということは そういう社会システムじゃないんですね この肉体 体持っている生命自体が成り立たないんですね
単細胞ウイルスにしてもね ウイルスはもうまあ生命かどちらかよくわからん中途半端な存在ですけど ウイルスにしても単独で生き延びないんですね 他のどこかの細胞に依存しないと だから細菌もそうでしょうし 自分たちだけでは生きていられないんですね だからウイルスすら細菌すら単独で生活できんですよ だから それぐらい幅広く仏教はこの問題を見ているんですね まあだからこの慈しみの瞑想などなどをね 教えているのは この事実を認めましょうということで
そこで仏教的な問題は この存在欲があることなんですね 生命にはどんな生命にも存在欲があります で 生きていきたいという気持ちがありますから なんとか工夫して生き続けなくちゃいけないんですね だから 人間関係の機動力っていうのは存在欲になってるんですね 要するに煩悩なんですね だから初めから仏教は煩悩は否定しているんだからね ここら辺でテーマをやめた方がいいということになりますけど だから存在欲を応援することになりますね
この話をつけちゃうと それで 存在欲だけではなくて 様々な感情ね 煩悩が割り込むんですね だからこの人間関係がこの感情の関係になってるんですね だからうまくいってないんですね 例えば欲があると この欲の関係を築こうとする 怒りがあると怒りの関係を築こうとする 無知があると無知の人間関係を築こうとする それで もう まあ築きますけど 作りますけど うまくはいかないんですね 一番わかりやすいのは この政党などは この欲の組織なんですね
権力欲やらね いろいろがあって まあ別にそれ以上素晴らしい目的であの組織を作ってるとは思えないんだけどね
そこで若者もそれぞれ自分の好みによって組織作るし まあその場合も感情が割り込んでいるんですね だから 人間関係自体が感情でやってるんだから どんな関係であってもトラブルがあるんですね いろんな問題が起こるんですね そこで感情をまとめると エゴなんですね ということは 社会組織っていうのはエゴ同士の組織なんですね 同じタイプのエゴがある人々は組織作るんです そこで エゴ同士でお互い対立したり
あなたより私の方が上やと言いたかったりするんですね だから支配したり 支配されたり 管理したりされたり いろんなことはまあ起こりますよ まあエゴの戦いだからね まあそういうことで まああまりまあうまくいかないんですね はい 次のスライドに続きます そこで私は次元の苦しみというタイトルにしたんですね 人間には苦しみがあるんですね 一元的な苦しみというのは生老病死ですね それから逃げる人はいません
生まれると同時にセットで生老病死がついているんですね だから 生きること自体が生老病死なんですね で 命ある限りそこからは逃げられないんですね そこで それに加えて新しい苦しみがあるんですね 誰もあまり生老病死はその苦しみだと思わないんですね 相対的に苦しみと 例えばすごく年取ったら苦しいと思っちゃうんですね でも 毎日年取ることは大変危険であるとは思わないんですね 死にかけてくると怯えて苦しいと思っちゃうんですね
だから 毎日死に向かい迎えていくこと approaching the death ということがあまり苦しみだと思わない 毎日 毎日 日々 日々近寄っていくんですね 死に それも考えてみれば怖いもんなんですね 寿命が縮みますからね 何にストップで それで十分なのに 人間が二次的な苦しみも作るんです 悩み 苦しみ 落ち込み 怒り 嫉妬 憎しみ 苦しみ 争い 奪い合い そういう苦しみも起こるんだ それは人間が作るんです
動物の中でもあるんですけど 人間の場合はもうひどいんですね 戦争まで考えるんだからね だからこの苦しみが足らないんですね 人間には だから一元的な苦しみで心配するべきなのに ものすごい苦しみを作って作って作りまくって さらに苦しむんですね ですから この人間関係も結局は悩み苦しみの原因になるんですね わかりやすく言えば 人間にとってはこの幸福を作ることはできないみたい 人間何を作ってもそこから苦しみが生まれる だから社会組織作っても
そこから苦しみが現れてくるんですね だから 社会組織で信頼される人間になりたいんだけど それはものすごい後で まあもうすごい短く簡単で話は進めます そこで私たちは考えるべきことは では悩み苦しみの原因にならないように作る人間関係があるんですかと
それは大変な大きな問題なんですね ほとんどないと言えるぐらいですね 例えば我々仏教の世界で生きているんだから 仏教の世界でもいろんな組織があるんですね 若者の組織 お寺にあるんですね おばあちゃんたちの組織 みんなこの善行をするために集まって組織作ってるんですね で それだったらすごく清らかな心で作った組織でしょ やっぱり自我がある場合あるんですね 喧嘩するんですよ 若者が組織作っても まあ年寄りの組織よりは明るいことは明るいんだけど
どうもどこかで喧嘩になっちゃって また我々坊主がいて 割り込んでもう抑えてあげなくちゃいけなくなる場合もあります
だから 例えば慈しみを 慈悲喜捨を実践する組織を作りましょうと思っても その場合は自我がないでしょ 慈悲喜捨の場合は まあ信頼できない組織を作ったらどうかで あなたより私の方が慈悲喜捨をしっかり実践していますよと言っちゃったら それでもうトラブルだからね 大変なことになるんですね ですから まず我々はこの基本的なポイントを繰り返して理解しなくちゃいけない 単独で命は成り立たない 人間に限ったものじゃない 存在欲があってもなくても
死を迎えるまで命をつなぐべきです だから これは逃げられないんですね で 命が形成されたら それは壊れて分解するまで維持する
しなくちゃいけないんですね だから 存在欲がない人もいるし ある人 ない人っていうのは悟った人々ですけど 悟った人でもわざわざと体を壊すことはしないんですね そういう意欲はないんです ですから やっぱり体を維持することになるんですね で 存在欲ある人々はやっぱり頑張って命をつなぐことに結構ハチャメチャ頑張らなくちゃいけないんですね
というわけで 我々は誰一人も いくら大変だと思っても この人間関係築かないでいることはできないんです で どうしても人間関係作った方が良いということになります
はい それであの答えなんですけど
慈しみ だからこの我々は組織作る場合はこの慈しみを基にした方がものすごく良い
いわゆるベターな組織を作られるんですね 完全ということでもないんだけどね 生かしてくれることに だから無数の生命が自分を生かしてるんですね 神様じゃないんです de無数の生命が我々を生かしてくれているんですね
ですから 我々の義務なんですね 全ての生命に対してありがたい助け お世話になっているという気持ち 慈しみの気持ちを育てることが根本的な義務なんです 生命の そうなると 全ての生命のおかげで私は生きているんだと言うと
自分のエゴが暴走しないんです エゴはあっても張らなくなっちゃうんですね 健康になるんですね それでエゴが暴走しないと 怒り 嫉妬 欲などなども暴走しないんです だから怒りで暴走するということはエゴなんです 欲が暴走するということもエゴなの 欲しいものはどうしても手に入りたい 入れたいと 自分のものにしたいと思ったら エゴがあるんです だからエゴを抑えておけば 他の感情も暴走しないということになります
そういうことで 安穏で落ち着いて楽しく生きることができるようになるんですね 慈しみの人は おかげさまで生きているのだという気持ちを忘れません だから まず我々はおかげさまで生きているんだという気持ちを育てなくちゃいけないんですね
はい 次に行きます はい 次のポイントは これは選択ではなくて これ えっと プライオリティ順位ですね あの 何でしたっけ?優先順位なんですね 自分が生かされてるんですね 他の生命に だから この返す義務があるんです
みんなに 他の生命も生かしてあげる義務が生じているんです それは仏教以外は他の宗教を教えてないだけなんですね だから科学的に命を見ると みんな他の生命に借りがあるんです 無数の生命に借りがあるんです ですから 社会は相互依存で生きているんですね 個人には社会に対して果たさなくてはならない義務と責任というのあるんです 義務責任ない生命はいません 人間だけに限ってみても 人間は人間社会から 人間社会が生かしてるんですね
生まれる時も病院に行くんだからね マンモス組織でしょう で これももう長い間あらゆる研究して いろんなことをして すごいお金を使ってできている組織なんですね だから単純じゃないんですね 生まれると赤ちゃんが知らないんだけど 生まれた赤ちゃんにこういうマンモスな組織が助けて 命を助けてくれたという義務が生じている 知ってるんです 赤ちゃん何もわからないんだから 誰も赤ちゃんに義務を押し付けることはしませんだけど 物事をわかってくれると
自分で判断して生きられるようになると 先にそれを教えなくちゃいけないんですね 一人で生きてるんではないんだよと 理性のある人は自分の義務責任をまず果たすんですよ だからもう文句言ってる場合じゃないんですね 自分の義務と責任 まず果たしていかなくちゃいけないんですね 自分の人間関係を明確にしますね じゃあどうやって義務を果たすのかと わからないんですね たくさん生命がいるんだから 無数の生命がいるんだから
だからこの場合はできるだけ人間だから人間組織にリミットしなくちゃいかんですね
人間に対する義務を果たすといっても 日本人に生まれたら日本国に対する義務を果たしたあともどうすればいいというはてなになっちゃうんですね
そうすると日本国が別に大したことを期待してないんです あんたいてもいなくても 別に行った来も帰ってもないよと いう程度ですよ 日本国は個人に対しては 死んじゃったら死んじゃったともうそれで名前取り消すだけ それで終わり だから我々は義務を果たす場合は 国に対する義務って大した義務がないんです ただ 法律だけ守れば十分です 法律を守って 普通常識的に生きれば 国に対する義務を果たしているんですね だいたい日本社会見ると
誰だって国に対する義務を果たしているんですね 税金も払っているし まあ交通違反もしない する人もいるんだけど まあほとんどしないしね で だからそこら辺で悩まなくてもいいんです
では 私は自分の義務って何ですかね?果たさなくちゃいけない義務って そこでお釈迦様が明確にこの人間関係ということについての説法をなさっているんですね
それは本にもなってますけどね 教会出したんです サンガ出版で出したんですかね シガラ経典の本は 角川文庫から出てますね
シガラ 成功する生き方という本ですね はい 成功する生き方という名前で 角川角川出版社からね 角川書院角川 文庫 角川文庫の Kindle 版もありますね Kindle 版 今半額になってます そうですか 三百十六円 三百十六円安くなってます はい そこで人間関係について詳しくというかね 適当に書いてありますので もし暇があったらお読みになってください それで このシガラワード経典では面白いんですよ すごく子供にもわかりやすく書くんですね
東西南北上下という六法を作るんですね ということは どんな人間にも六法があるんです 誰にも 私には東は存在しない 西は存在して言えないんです だから どんな人間にも六法があるんですから 誰でもこの六法から危険なことを批判受けられないようにということで
六法を守るというフレーズでお釈迦様が人間関係をについて明確に語ったんですね
そこで六法だったら三つでしょ?六つでしょ?すごくわかりやすくなるんです
じゃあ北の方にどうやってどんな義務がある?東の方にどんな義務がある?西の方にどんな義務がある?という風にリスト作られます
そこでお釈迦様はちゃんと六つ 六つ 六つ 六つ義務もリストアップしているんです お釈迦様のリストだからそのまま守ればいいんです だから当時の義務よりは 今の世界では義務の方がある程度で軽くなっているんです ブッダの時代はもう厳しい社会環境でしたから 義務も厳しかったんだけど それほどは現代はないんで だから昔の人々より現代人に自分の義務を果たすことはすごい簡単にできると思います 仏教を知っているならば
各方向に対する義務責任を明確に語られていますということで あの あの 今日の話の最後に一応参考に出します はい 次のスライドに行きます [咳払い]