- DVD番号
- V-311
- タイトル
- 人生のバグフィックス/ 自己嫌悪とセルフコンパッション 2
- 行事名
- 月例講演会
- 収録場所
- 東京:なかのZERO小ホール
- 講師
- アルボムッレ・スマナサーラ
- 収録時間
- 01:06:38
- 言語
- 日本語
- 収録日
- 2022年7月17日(日)
文字起こし
00:00:12 - 00:00:17
(もう始めますか?)ん?うん (はい)
00:00:23 - 00:00:27
(それでは そろそろ再開いたします)
00:00:27 - 00:00:30
(よろしくお願いいたします)
00:01:00 - 00:01:06
はい では 2番目のテーマに入ります
00:01:06 - 00:01:11
これは まあ そんなに難しくはないと思いますね
00:01:11 - 00:01:21
これは[self-compassion] 「自分を大事にする」というテーマなんですね
00:01:21 - 00:01:25
まあ
00:01:27 - 00:01:35
話す価値は ないと思いますけどね [理性のある人は自分を大切にする]
00:01:35 - 00:01:42
で いろいろ経典でね 「自分をどうすれば大切にするのか」…
00:01:42 - 00:01:50
「自分を大切にする正しいやり方は何なのか」 とか たくさん経典があります
00:01:50 - 00:01:53
まあ 結構たくさんありますよ
00:01:53 - 00:01:58
だから引用することっていうのは ちょっと難しい
00:01:58 - 00:02:03
はい
00:02:05 - 00:02:07
これは 何で…
00:02:07 - 00:02:15
自分を大切にすることを テーマにしてほしがるのか 分からないんだけど
00:02:15 - 00:02:21
世の中は 変人いっぱいですからね
00:02:21 - 00:02:28
常識がない人々ばっかりですね
00:02:28 - 00:02:40
人は常識がないと もう… 自分のことを大切にしてないでしょう?
00:02:40 - 00:02:46
ですから 私の答えは至って簡単 単純で [Be normal]
00:02:46 - 00:02:50
普通になりなさいよ と
00:02:50 - 00:02:54
普通の人間になりなさいよ と
00:02:54 - 00:02:58
[人は素直ではありません]
00:02:58 - 00:03:03
みんな カッコつけてるんですね
00:03:03 - 00:03:08
何か よろいをかぶってるんです
00:03:08 - 00:03:12
何か 妄想概念を持って
00:03:12 - 00:03:21
それが自分だ と思って 生活するんだから 気持ち悪くてしょうがないんです
00:03:21 - 00:03:24
人と仲良くすることも できなくなるんですよ だから…
00:03:24 - 00:03:27
何か 変な妄想概念 あれこれと
00:03:27 - 00:03:32
例えば 自分のことを 人が勝手に いろんな判断してしまって
00:03:32 - 00:03:36
その色眼鏡で接近すると
00:03:36 - 00:03:45
もう 付き合いできないんですね 「こんにちは」とも 言えなくなっちゃうんです
00:03:46 - 00:03:57
[様々な概念に洗脳されて 無理に良い人間に なろうと努力する]これ いくつか例を出しますね
00:03:57 - 00:04:07
一番目の例は いろんな世の中の言ってることで 洗脳されちゃって
00:04:07 - 00:04:18
「俺は 良い人間になってやろう」と 努力するんです 無理をやるんです
00:04:18 - 00:04:25
だから 頭がおかしいよ これは自分を愛することじゃないんです
00:04:25 - 00:04:32
もう一つ[世直しに努力して 世に迷惑な存在にもなる]
00:04:32 - 00:04:40
特に西洋的には 世直し 世直し 正義の味方
00:04:40 - 00:04:45
だから その子供たちに使っている 文学 漫画などなどは もう…
00:04:45 - 00:04:51
全部 正義の味方の話ばっかりで
00:04:51 - 00:04:57
子供たちは病気になるんです
00:04:57 - 00:05:06
[信仰する宗教の妄想概念に導かれて 自害的な行為もする]
00:05:06 - 00:05:14
宗教もそうやって 人を素直にさせないんです
00:05:14 - 00:05:19
「ああ こんにちは」と 言えない状態を作るんです
00:05:19 - 00:05:23
友達になっても 「一緒にご飯食べましょう」と言っても
00:05:23 - 00:05:30
「ええ こいつは仏教で私はイスラム教で…」 「すいませんね」と言うんです
00:05:30 - 00:05:34
できないんです
00:05:34 - 00:05:42
だって あれ食うな これ食うな… と 言ってるんだからね
00:05:46 - 00:05:51
そこで どんな宗教も… 過激派だけじゃなくてね
00:05:51 - 00:05:56
自害的なことを教えてますよ
00:05:56 - 00:06:04
どんな宗教も 仏教も
00:06:05 - 00:06:10
「何だそれ?」と聞いたって 誰も分かってないんです
00:06:10 - 00:06:19
大日如来を経験したければ 「大日如来が現れてほしいな」と思うバカが
00:06:19 - 00:06:26
飲まず食わず 何年も 森の中で 山の上で すごい崖があるところで
00:06:26 - 00:06:33
何か 行をやってますよ
00:06:34 - 00:06:41
呪文を唱えたり 滝に打たれたり
00:06:41 - 00:06:46
ずーっと夜 何かどこかで オープンにして 山の上でね
00:06:46 - 00:06:51
ずーっと座禅を組んで 呪文を唱えたり とか
00:06:51 - 00:06:54
自害的な行為でしょう?
00:06:54 - 00:07:01
それで脳が おかしくなったら たまに 何か変な幻覚が見えます
00:07:01 - 00:07:06
で それは大日如来じゃないんですけど 何か ちょっと幻覚が起きたんです
00:07:06 - 00:07:10
で 幻覚だから 大したことないでしょう?
00:07:10 - 00:07:13
これで無理やり それを解説して
00:07:13 - 00:07:21
「ある日 私に突然 こんなことが起きましたよ」 と言って 宗派まで作っちゃうんですね
00:07:21 - 00:07:30
それで 後の連中が それに なおさらストーリーを 加えて加えて…
00:07:31 - 00:07:37
病気ですよ はっきり言えば
00:07:37 - 00:07:44
例えば そんなに 大日如来が すっごい奴なら
00:07:44 - 00:07:52
簡単に 顔を出せばいいでしょうに
00:07:55 - 00:07:59
みんなに「俺は 大日如来だからね しっかりしなさいよ」と言ったら
00:07:59 - 00:08:04
みんな 信じられるでしょうに
00:08:04 - 00:08:09
こいつは 4年間 5年間 6年間 飲まず 食わず
00:08:09 - 00:08:15
いろんな行を やって やりまくっちゃって
00:08:15 - 00:08:20
山を登ったり 下りたり
00:08:20 - 00:08:26
あれやこれやと ハチャメチャやったところで 何か頭の中 ちょっとおかしくなっただけで
00:08:26 - 00:08:35
それも「俺は大日如来だぞ」という 自己紹介もなくてね
00:08:38 - 00:08:44
だから 仏教の いろいろ…妄想概念を作ってね
00:08:44 - 00:08:52
自害的な行為を させてるんです
00:08:53 - 00:09:02
それで 宗教と関係ない人も [善人を演じ]るんですね
00:09:03 - 00:09:08
[良い人間だと社会から褒められて 認めてもらいたく]
00:09:08 - 00:09:13
[社会の不幸 不平 などを批判する]
00:09:13 - 00:09:17
ギャーギャー… 「こんなことが あってはならない」…
00:09:17 - 00:09:20
あれやこれやと しゃべるわ しゃべるわ
00:09:20 - 00:09:25
だから「この人は素晴らしい人だ」と 社会が褒めてくれる と思ってるんです
00:09:25 - 00:09:31
リーダーに仕立てる と 思ってるんです
00:09:31 - 00:09:39
[自分の問題を隠して 他人の過ちを公にする] 人もいます 最近 よくありますね
00:09:39 - 00:09:42
マス…何とかで
00:09:42 - 00:09:47
ソーシャルメディアで
00:09:47 - 00:09:50
書きたい放題 人の悪口を書く
00:09:50 - 00:09:55
それが正しいかどうか 証明する必要もないんです
00:09:55 - 00:09:59
書けばいいんです
00:09:59 - 00:10:11
それでバカも…あれを読む連中は 「その通りだ」と思っちゃうんです
00:10:11 - 00:10:15
なんか 本当にアホな世界なんです
00:10:15 - 00:10:18
誰かが書いて 自分の携帯で
00:10:18 - 00:10:26
「○○さんが こういう 悪いことをしましたよ」と
00:10:26 - 00:10:33
それで「これで○○さんと○○さんは すごく困ってるんだよ」と
00:10:33 - 00:10:35
で みんなは 「ああ そうですか」と
00:10:35 - 00:10:39
「やっぱりあの人は…」 と 思っちゃうんです
00:10:39 - 00:10:42
調べようともしない
00:10:42 - 00:10:44
それで 本人に聞いたら
00:10:44 - 00:10:50
「○○さん ○○さんが迷惑になった」と言っても 「その人は どこにいるのか?」と
00:10:50 - 00:10:57
「ええ これはプライバシーだから 言いませんよ」と 自分が作った名前だからね
00:10:57 - 00:11:05
これを読んで 乗るんだからね
00:11:05 - 00:11:14
だから特に ソーシャルメディアは 人を非難 侮辱するために
00:11:14 - 00:11:18
ものすごく 力を入れて 使ってるんですね
00:11:18 - 00:11:20
だからその 書くバカがね
00:11:20 - 00:11:32
「自分が善人になるんだ」と思ってるんです それで 人をけなしたら
00:11:33 - 00:11:36
よくある精神的な病気なんです ですから…
00:11:36 - 00:11:40
自分を愛する人は
00:11:40 - 00:11:45
Be normal それだけ
00:11:45 - 00:11:49
はい
00:11:51 - 00:11:56
そこで[自己中心的]という ポイントが ありますね
00:11:56 - 00:12:00
[誰もが自己中心的な気持ちを 持っているが]
00:12:00 - 00:12:08
[その考えに気づかない 落とし穴があります]
00:12:08 - 00:12:13
我々は みんな 自己中心的なんです
00:12:13 - 00:12:22
だから「自己中心的である」と 認めてほしいんです
00:12:22 - 00:12:25
みんな そうじゃなくて カッコつけて…
00:12:25 - 00:12:28
「みんなのために 言ってるんではないか」
00:12:28 - 00:12:33
「ブッダの教えによると あなたのしゃべり方は 間違ってるんではないか」
00:12:33 - 00:12:36
「ブッダの教えから見れば…」
00:12:36 - 00:12:43
「あなたの生き方 間違ってるんではないか」と
00:12:43 - 00:12:52
だから そういうのに私が反応したら 大変なことになりますけどね
00:12:52 - 00:12:57
だから もともと人は自己中心的
00:12:57 - 00:13:03
だから 自分のしゃべることに気をつけて 「これは自己中心的だ」と
00:13:03 - 00:13:07
人を非難する前に ものすごく 気をつけるんです
00:13:07 - 00:13:20
この非難は 外れる可能性は 90%
00:13:21 - 00:13:30
それで 自己中心的っていうことは いつでも 「自分が正しい」という前提なんです
00:13:30 - 00:13:37
これは どんな生命も持っている ひとつのハンディ(障害)なんですね
00:13:37 - 00:13:44
どうしても「自分が正しい」 と 思っているんです
00:13:46 - 00:13:51
[主観で世を観るのは構わないが]
00:13:51 - 00:13:56
[「自分が正しい」という 前提を持っている限り]
00:13:56 - 00:14:04
[自分の主観は 当てにならない ピント外れの 歪曲された思考になります]
00:14:04 - 00:14:09
だから 「私は ちょっと病気がありますよ」と
00:14:09 - 00:14:13
「私は 自分の考えることが正しい と 思ってるんだよ」と…
00:14:13 - 00:14:22
いうことを覚えてないと 自分が何をやっても 大変なことになるんです
00:14:22 - 00:14:28
自分の知識 すべて 歪曲された 乱れた知識になります
00:14:28 - 00:14:33
これは 自己を愛することじゃないんです
00:14:33 - 00:14:44
[主観で世界を見て 自分に対して 嫌悪感を抱く時もあります]
00:14:44 - 00:14:49
ある特定の人々がいますね 自分の視点を 見ているんです
00:14:49 - 00:14:56
これも 自分の主観で見ているんです
00:14:56 - 00:15:03
見てみると 自分の希望があるでしょう? いろいろ
00:15:03 - 00:15:06
自分では 実現できないけど
00:15:06 - 00:15:10
「あれ?あの人は成功している」 「あの人は成功している」
00:15:10 - 00:15:15
「あの人は見事にやっている」…
00:15:15 - 00:15:18
と 勝手に思うんです
00:15:18 - 00:15:23
勝手に思って 「それに比べて 私は何のことか」と
00:15:23 - 00:15:29
自己嫌悪に陥るんです
00:15:29 - 00:15:32
「何だこれは?」と 自分が…
00:15:32 - 00:15:35
テレビで ネットで あれで これで
00:15:35 - 00:15:43
「あの人は 大成功だ」と 見たとしても 本当にどうか 分からんでしょうに
00:15:43 - 00:15:51
ある人が一生懸命 仕事をしているのを見たら 「あの人は 大成功だ」
00:15:51 - 00:15:59
その人の人生は 分からんでしょうに
00:16:05 - 00:16:17
[他人と自分を比較して見ることは ほとんどの場合は 正解へと導かないのです]
00:16:17 - 00:16:22
決して 自分と他人を 比較しては いけないんですね
00:16:22 - 00:16:27
はい そういうことをやってるんだから 人々はね なかなか…
00:16:27 - 00:16:30
自分を愛することが できなくなっているんです…
00:16:30 - 00:16:32
自分を大事にすることが…
00:16:32 - 00:16:36
自分を愛する ということは あまりよくないんだけど
00:16:36 - 00:16:43
英語で self-compassion 自分を慈しむこと
00:16:43 - 00:16:46
「私は幸せでありますように」 と
00:16:46 - 00:16:52
これを 願えなくなっちゃうんです
00:16:52 - 00:16:57
「私は幸せでありますように 悩み苦しみがなくなりますように」と…
00:16:57 - 00:17:00
素直に念じられるならば
00:17:00 - 00:17:04
その人は すごく立派な人間なんです
00:17:04 - 00:17:10
へそ曲がりで 「あれ言うと気持ち悪いんだ」とかね
00:17:10 - 00:17:16
よく言うんです
00:17:16 - 00:17:21
相当 悪人なんですよ
00:17:21 - 00:17:29
だから 素直に美しく 「私は幸せでありますように」と 言える人は
00:17:29 - 00:17:36
「私の悩み苦しみが なくなりますように」と…
00:17:36 - 00:17:47
素直に言えた人が ものすごい 大物なんです
00:17:47 - 00:17:51
ただの 並の人間じゃないんです
00:17:51 - 00:18:01
だから今まで ずーっとしゃべったのは みんな へそ曲がりの 醜い人間の性格なんです
00:18:01 - 00:18:09
それを 仏教は「これ 間違ってるんだから」 といって 直したいと思ってるんです はい
00:18:14 - 00:18:17
はい それで あまり難しくは ないんだから
00:18:17 - 00:18:20
経典にいきます[Mallikāsuttaṃ]という (講演前半の Purisasuttaṃ と)同じ
00:18:20 - 00:18:24
Kosalasaṃyuttaṃ の 経典にありまして
00:18:24 - 00:18:33
[自分自身よりも好きな人はいますか?] というテーマです
00:18:33 - 00:18:39
「私にとって 私よりも大事な人がいるんだよ」と…
00:18:39 - 00:18:43
「いますか?」 というテーマがあって
00:18:43 - 00:18:52
マッリカー Mallikā というお妃と 旦那がコーサラ国王なんです
00:18:52 - 00:19:01
その二人は ものすごい仲良し夫婦なんです
00:19:01 - 00:19:06
そこで コーサラ国王が 宮殿の二階で
00:19:06 - 00:19:11
風が 吹くところで 窓を開けて 外を見ながら
00:19:11 - 00:19:16
そばに マッリカー妃も座っている そばに いるんですね
00:19:16 - 00:19:19
旦那さんと一緒に 仲良しで
00:19:19 - 00:19:22
それで お互いに 恋人みたいな感じで いろいろ
00:19:22 - 00:19:30
まあ 恋しているでしょうね
00:19:31 - 00:19:36
だから 国王が聞くんです
00:19:36 - 00:19:45
「君に この世の中でね 君より 自分よりも…」
00:19:45 - 00:19:54
好きな人 いわゆる 好ましい 「大事な人がいますか?」と…
00:19:54 - 00:19:56
自分の命よりも大事な
00:19:56 - 00:20:01
これもう 夫婦で いろいろ お互い…
00:20:01 - 00:20:06
恋の話なんかを 恋人同士で しゃべってるときでしょう?
00:20:06 - 00:20:09
そのときは必ず 嘘ばっかり言ってるでしょう?
00:20:09 - 00:20:13
これは だいたい恋人同士で 結婚する前だからね
00:20:13 - 00:20:17
何ひとつも 本当のことは言わないね
00:20:17 - 00:20:22
で この国王が 期待しているんです 答えを
00:20:22 - 00:20:30
「私には 私の命よりも 王様の方が大事ですよ」と
00:20:30 - 00:20:35
でも この女性は 「あのね どう調べても…」
00:20:35 - 00:20:43
「私には 一番好きな存在は 私ですよ」と
00:20:43 - 00:20:46
他より全然 好きだ と…
00:20:46 - 00:20:50
言ったら 機嫌が悪くなっちゃったんです
00:20:50 - 00:20:55
「何という ひどい女だ」 と 思ったでしょうね
00:20:55 - 00:21:03
でも マッリカー妃は バカじゃないんです
00:21:03 - 00:21:08
ものすごくブッダと 会ったり 説法を聞いたり
00:21:08 - 00:21:18
コーサラ王よりも マッリカー夫人とお釈迦様の 関係が かなり強いんです
00:21:19 - 00:21:25
だから マッリカー妃が聞くんです 「はい あなたに聞きますよ」と
00:21:25 - 00:21:31
「あなたには 自分より とっても好きな人は 誰かいるんですか?」と…
00:21:31 - 00:21:35
言ったら「ええと…」
00:21:35 - 00:21:42
「ああ やっぱり」「そういえば 私の一番好きな存在は 私ですよ」と
00:21:42 - 00:21:47
それでまあ「お互い様でしょう」と いうことになったんです しかし…
00:21:47 - 00:21:51
マッリカー夫人の この ものすごい智慧
00:21:51 - 00:21:59
国王が 怒れないんです 理性に
00:21:59 - 00:22:04
だからそれを 自慢げに お釈迦様に報告したんです
00:22:04 - 00:22:09
夫婦でこうやって話をしたときに こんなこんな出来事が起きましたよ と…
00:22:09 - 00:22:15
言ったら お釈迦様は 「その通りだ」と 答えたんです
00:22:15 - 00:22:21
‘‘Sabbā disā anuparigamma cetasā, Nevajjhagā piyataramattanā kvaci;
00:22:21 - 00:22:28
Evaṃ piyo puthu attā paresaṃ, Tasmā na hiṃse paramattakāmo’’ti. という…
00:22:28 - 00:22:32
教えを 教えたんです はい
00:22:34 - 00:22:40
で これ 翻訳を コピペしたもので
00:22:40 - 00:22:46
[すべての方角を心によって訪ねても]
00:22:46 - 00:23:03
[どこであれ 自分より愛しい者には まったく行き当たらなかった]
00:23:03 - 00:23:08
お釈迦様は ちょっと 拡大するんです
00:23:08 - 00:23:13
この存在の中で どう見ても
00:23:13 - 00:23:22
「自分にとって 自分自身より 愛しいものは ありません」と
00:23:22 - 00:23:33
[そのように 他の者たちによっても それぞれの自己が愛しいのである]
00:23:33 - 00:23:37
だから そこで バカみたく 止まるんじゃなくて
00:23:37 - 00:23:47
私のこと 全宇宙の中で 「私も 一番好きだよ」と
00:23:47 - 00:23:52
だから…何だということになる? だから…
00:23:52 - 00:23:57
「他の生命も 同じ気持ちを 持ってるんだよ」と
00:23:57 - 00:24:06
だから どんな生命にも 一番 愛しい存在は 自分なんです
00:24:06 - 00:24:11
だから それで「セルフコンパッションについて しゃべりなさい」と…
00:24:11 - 00:24:18
頼んだところで 何か問題があるんです
00:24:22 - 00:24:26
お釈迦様の答えは もっと道徳的で
00:24:26 - 00:24:34
[そのように 他の者たちによっても それぞれの自己が愛しいのである]
00:24:34 - 00:24:47
[それゆえ 自己を欲する者は 他者を害するなかれ]と
00:24:48 - 00:24:52
自分を愛する法を 教えたんです
00:24:52 - 00:24:55
「私のことが 大好きだ」 と 言ったら
00:24:55 - 00:25:04
こちらにいる生命も 「自分のことが 大好きだ」と
00:25:04 - 00:25:07
それを認めたら
00:25:07 - 00:25:11
「何だ あんたは?」とかね
00:25:11 - 00:25:17
「何だ この犬は?」とかね
00:25:17 - 00:25:25
そういう人は 自分を害しているんです
00:25:25 - 00:25:32
だから 自分を愛する 自分を慈しむ方法っていうのは…
00:25:32 - 00:25:48
自分中心に考えるんです どんな生命も 自分のこと 第一です
00:25:48 - 00:25:55
これ 現実だから 事実だから 認めるしかないでしょう?
00:25:55 - 00:25:58
それでも認めない人々 いるでしょう?
00:25:58 - 00:26:01
「動物って 何ぞや?」と
00:26:01 - 00:26:04
「害虫って 何ぞや?」と
00:26:04 - 00:26:09
「全部 殺しちゃえ」と
00:26:09 - 00:26:17
それって自分を慈しむこと?
00:26:20 - 00:26:26
[自分を大事にするならば 他に害を与えてはならないという]
00:26:26 - 00:26:34
[他の生命も自分と等しいのだ という戒めの言葉です]だから…
00:26:34 - 00:26:40
「セルフコンパッション」あるいは 「自分を慈しむ」ということは
00:26:40 - 00:26:50
第1ステップは「すべての生命は 平等で 自分と同じだ」と 見ることなんです
00:26:50 - 00:26:55
それで 自分が 守られているんです
00:26:55 - 00:27:02
[自分のこと 自分の存在が嫌いと感じることは 常識ではありません]
00:27:02 - 00:27:05
ときどき いますね 現代社会では
00:27:05 - 00:27:09
「私は 私のこと 大嫌いだ」と
00:27:09 - 00:27:14
あれ 常識じゃないんです ありえないんです
00:27:14 - 00:27:18
どこかで変なんです
00:27:18 - 00:27:22
ありえない
00:27:22 - 00:27:32
[怒り 嫉妬 憎しみ 恨みなどの感情に 刺激されて 妄想にふけった生き方の結果です]
00:27:32 - 00:27:39
だから ずーっと 怒り 嫉妬 憎しみ 恨みなどで 妄想して して…
00:27:39 - 00:27:41
他 何もできなくなっちゃうんです
00:27:41 - 00:27:47
そうすると「私は 私のこと大嫌い」 と 言うんです
00:27:47 - 00:27:54
言ったとたん それは「あなたは精神的に 病気です」ということです
00:27:54 - 00:27:58
だから「私は幸せでありますように」…
00:27:58 - 00:28:03
「生きとし生けるものが 幸せでありますように」という人は いつでも…
00:28:03 - 00:28:09
ほほえんでいるんです いつでも 笑っているんです
00:28:10 - 00:28:19
みじんも心に 病気がないんです はい
00:28:23 - 00:28:29
次の経典がありまして [自護]… 自護経 というんですね
00:28:29 - 00:28:32
番号入れるの 忘れちゃったんだけどね
00:28:32 - 00:28:38
それも コーサラ王が聞いた質問に 答えたんですね
00:28:38 - 00:28:43
「どうやって自分を守るのか」「自分を どうやって大事にするのか?」と聞いたところで
00:28:43 - 00:28:47
‘‘Kāyena saṃvaro sādhu, sādhu vācāya saṃvaro; Manasā saṃvaro sādhu,
00:28:47 - 00:28:53
sādhu sabbattha saṃvaro; Sabbattha saṃvuto lajjī,
00:28:53 - 00:28:57
rakkhitoti pavuccatī’’ti. 自分を護る と
00:28:57 - 00:29:07
[身による防護はよきものである 言葉による防護はよきものである]
00:29:07 - 00:29:16
[意による防護はよきものである あらゆるところの防護はよきものである]
00:29:16 - 00:29:22
あらゆるところっていうのは 例えば 身口意ですね 全部…
00:29:22 - 00:29:30
saṃvara っていうのは 「防護」というよりは「気をつける」…
00:29:30 - 00:29:32
「コントロール」
00:29:32 - 00:29:39
[あらゆるところを防護された]…
00:29:39 - 00:29:43
有恥(うじ)?
00:29:43 - 00:29:46
何と言った?これは
00:29:46 - 00:29:50
(読み方 分かりますか?)ん? (うじ かな?)
00:29:50 - 00:29:55
有恥(うじ)ですかね? (ゆうじ)ゆうじ
00:29:55 - 00:29:59
まあ とにかく 「恥を感じる人」ですね
00:29:59 - 00:30:06
この「恥」っていうのは 仏教でいう 「慚愧(ざんぎ)」のことなんです
00:30:06 - 00:30:13
「汚い 品格のないことは やりたくない」 という プライドなんですね
00:30:13 - 00:30:21
で そのプライドを持っている人は [『守られている』と言われるのである」]と
00:30:21 - 00:30:29
だから 自分を慈しむならば 言葉に気をつける…
00:30:29 - 00:30:33
身体の行為に気をつける…
00:30:33 - 00:30:37
考えることに気をつける
00:30:37 - 00:30:40
みんな それを放っておくでしょう? だから…
00:30:40 - 00:30:44
とんでもない精神的な病気になるんです
00:30:44 - 00:30:50
余計なことを考えてはいかん いつでも 思考をコントロールしなくちゃいかん
00:30:50 - 00:30:55
だから 妄想に頭が行くならば もうハチャメチャ…
00:30:55 - 00:31:02
慈悲の言葉を唱えて 唱えて 唱えまくって 心を守った方がいいんです…
00:31:02 - 00:31:09
他の思考が 割り込まないように
00:31:09 - 00:31:16
その人が「自分を守っている人」 に なります はい
00:31:19 - 00:31:24
はい そこでまた コーサラ国王が 政治家だからね
00:31:24 - 00:31:34
警備に対して セキュリティに対して 結構 頑張ってるんです
00:31:34 - 00:31:41
国王だから ものすごく大量の人々が 国王を守っているんです
00:31:41 - 00:31:48
軍隊がいて 象隊もいますから…象の軍隊
00:31:48 - 00:31:54
馬隊 弓…
00:31:54 - 00:32:00
いろいろで
00:32:06 - 00:32:08
で 国王がある日
00:32:08 - 00:32:15
自分をどれほど厳しく守られているのかと 見たんですね
00:32:15 - 00:32:18
見たら「あれ?」
00:32:18 - 00:32:26
「こんなので 守られたことにならんよ」と
00:32:27 - 00:32:33
騎馬隊が 動いていたからといって
00:32:33 - 00:32:40
宮殿の中でも 軍人が あちらこちらにいたからといって
00:32:40 - 00:32:47
守られたことにならない と
00:32:51 - 00:32:55
例えば 今もね そういうセキュリティ あるでしょうに
00:32:55 - 00:33:01
大統領のそばにも 5、6人 すごい射撃訓練していて
00:33:01 - 00:33:04
トップの人々 いるでしょう?
00:33:04 - 00:33:11
そいつが 自分のピストルで そのまま撃っちゃえば どうなる?
00:33:11 - 00:33:14
守られたことには ならんでしょう?
00:33:14 - 00:33:22
どうやって「この人に殺されない」 と いうふうに…
00:33:22 - 00:33:24
約束ないんですよ
00:33:24 - 00:33:30
そんなのは意味がない と これは錯覚だ と…
00:33:30 - 00:33:33
セキュリティシステムは
00:33:33 - 00:33:43
[しかし 身体で悪行為をしたり 悪語を話したり]
00:33:43 - 00:33:53
[悪思考したりするならば 自分は内から崩壊していくのです]
00:33:53 - 00:34:00
だから 周りで みんなが機関銃を持って 四方八方 見ていたからといって
00:34:00 - 00:34:08
自分の身口意が 間違っているならば 中から崩壊していくんです
00:34:08 - 00:34:20
[自分の生き方の中に自己破壊の原因が 潜んでいることに注意するべき]ですね はい
00:34:25 - 00:34:28
で 次の経典は
00:34:28 - 00:34:34
「自分を慈しみなさい」という テーマなんですね[Love thyself (yourself)]
00:34:34 - 00:34:40
‘‘Attānañce piyaṃ jaññā, na naṃ pāpena saṃyuje;
00:34:40 - 00:34:44
Na hi taṃ sulabhaṃ hoti, sukhaṃ dukkaṭakārinā.
00:34:44 - 00:34:47
まず 私の訳を言いますよ
00:34:47 - 00:34:53
Attānañce piyaṃ jaññā, 「自分のことを好きだ」と 思うならば
00:34:53 - 00:34:57
問題は それも思ってないでしょう? みんな
00:34:57 - 00:34:59
相当 病気でしょう?
00:34:59 - 00:35:02
だから 前の経典で言ったことを 覚えなくちゃあかん
00:35:02 - 00:35:09
客観的に調べると 「自分のことが 一番愛しい」なんです
00:35:09 - 00:35:13
それを発見したならば
00:35:13 - 00:35:25
na naṃ pāpena saṃyuje; 自分を悪と交じったことは しないでください
00:35:25 - 00:35:30
自分の命を 悪に交じった生き方…
00:35:30 - 00:35:38
「してはいけません」と だって 自分のこと 大事でしょうに
00:35:40 - 00:35:45
Na hi taṃ sulabhaṃ hoti, sukhaṃ dukkaṭakārinā.
00:35:45 - 00:35:48
世の中 逆に生きてるんです
00:35:48 - 00:35:54
悪いことばっかり しまくって 幸福になりたがるんです
00:35:54 - 00:36:00
例えば 選挙のときは いろんな人の悪口 批判ばっかり言って
00:36:00 - 00:36:04
自分が勝って 幸せになると 思っています
00:36:04 - 00:36:10
そうはならない と思いますよ
00:36:10 - 00:36:15
世の中 会社であろうが 社会であろうが 国際状況であろうが
00:36:15 - 00:36:20
いつでも 悪行為ばっかりするんです
00:36:20 - 00:36:27
悪行為ばっかりして 自分が幸せになりたい と思っているんです
00:36:28 - 00:36:34
ロシアが悪行為して ロシアが 幸せになりたがっているんです
00:36:34 - 00:36:40
ウクライナが悪行為をして また 幸せになりたがっているんです
00:36:40 - 00:36:45
お釈迦様は 「それって難しいよ」と
00:36:45 - 00:36:50
「そんなの難しいよ」と
00:36:51 - 00:36:56
例えば お金を横領して 金持ちになるとか?
00:36:56 - 00:37:00
なりません
00:37:00 - 00:37:05
すぐバレちゃって 「何で そんなに金があるのかい?」と
00:37:05 - 00:37:09
「どうやって あなた 外国でこんなものを買ったのか?」と
00:37:09 - 00:37:14
バレたら…
00:37:14 - 00:37:17
幸福になるわけじゃないんですね
00:37:17 - 00:37:23
だから お釈迦様がおっしゃったのは 「自分を 大好きであるならば」…
00:37:23 - 00:37:26
「悪と 交わるなよ」と
00:37:26 - 00:37:38
学者の訳はね[もし自己を愛しいものと 知ったならば それを悪と結びつけるべからず]
00:37:38 - 00:37:50
[なぜなら かの安楽は悪をなす者によっては たやすく得られないからである]
00:37:50 - 00:37:55
はい 次に行きます
00:37:58 - 00:38:06
[自分が何を連れて逝くの] という テーマですね
00:38:06 - 00:38:10
‘‘Antakenādhipannassa, jahato mānusaṃ bhavaṃ;
00:38:10 - 00:38:15
Kiñhi tassa sakaṃ hoti, kiñca ādāya gacchati;
00:38:15 - 00:38:23
Kiñcassa anugaṃ hoti, chāyāva anapāyinī これは質問ですね
00:38:23 - 00:38:28
[死魔に追いつかれ]
00:38:28 - 00:38:31
「死魔」って 別に 神秘的に考えないでください
00:38:31 - 00:38:36
まあ 普通の「死」なんですね
00:38:36 - 00:38:50
[人としての生存を捨てる者 彼には 何が自分のものとして存続するであろうか]
00:38:50 - 00:38:54
もう人が 死にかけてるんです もうそろそろ 死ぬんです
00:38:54 - 00:39:01
はい「この人の 持って行けるものは 何ですか?」と 聞いてるんです
00:39:01 - 00:39:07
[〔来生に〕何を持って行くであろうか]
00:39:07 - 00:39:27
[何が彼に 去ることのない影のごとくに 付き従うであろうか]
00:39:27 - 00:39:30
で
00:39:30 - 00:39:37
影は いつでも 人と一緒にいるような感じで 人が死んじゃっても…
00:39:37 - 00:39:43
「あの世に 行くものは何ですか?」と いう質問なんですね
00:39:43 - 00:39:45
はい
00:39:47 - 00:39:49
ブッダの答え
00:39:49 - 00:39:55
‘‘Ubho puññañca pāpañca, yaṃ macco kurute idha;
00:39:55 - 00:40:00
Tañhi tassa sakaṃ hoti, tañca ādāya gacchati;
00:40:00 - 00:40:06
Tañcassa anugaṃ hoti, chāyāva anapāyinī.
00:40:06 - 00:40:21
[死すべき人がこの世でなす 善悪双方]
00:40:21 - 00:40:27
[彼には それが自分のものとして存続する]
00:40:27 - 00:40:32
やった善行為 悪行為は 一緒に行きますよ と
00:40:32 - 00:40:35
[〔来生に〕それを持って行く]
00:40:35 - 00:40:42
[それが彼に 去ることのない 影のごとくに付き従う]
00:40:42 - 00:40:44
だから これって難しくない
00:40:44 - 00:40:48
善悪は 心でやってるんだから
00:40:48 - 00:40:54
その影響は いつでも 心に あるんです
00:40:54 - 00:41:02
だから 死んでも 次に その心は その影響を持って行くんです
00:41:02 - 00:41:08
だから 人は自分のことを慈しむならば 「善行為しなさいよ」と
00:41:08 - 00:41:16
悪行為も 善行為も やっぱり同じ感じで あの世に行きますからね
00:41:16 - 00:41:20
だから まあ
00:41:20 - 00:41:24
「善行為しなさい」 ということになります はい
00:41:26 - 00:41:32
それで 次の偈も 同じ経典にありますよ [Be good]
00:41:32 - 00:41:40
Tasmā ですから kareyya kalyāṇaṃ 良いことやってよ と
00:41:40 - 00:41:45
nicayaṃ samparāyikaṃ
00:41:45 - 00:41:53
ええと [それゆえ 未来の富として善をなすべし]
00:41:53 - 00:41:57
Puññāni paralokasmiṃ, patiṭṭhā honti pāṇina’’nti.
00:41:57 - 00:42:05
[生き物たちにとって 功徳は 他界における 拠り所となる]と
00:42:05 - 00:42:10
だから「人は善行為するべき」 と いうことはね
00:42:10 - 00:42:16
「自分の財産とは 善行為である」と
00:42:16 - 00:42:20
はい
00:42:22 - 00:42:25
はい それで 大体 終わりになってきます
00:42:25 - 00:42:33
[Appamādasuttaṃ] という経典が ありまして
00:42:33 - 00:42:38
これも質問なんですね
00:42:38 - 00:42:45
お釈迦様に聞くんですね この世で幸福になるための…
00:42:45 - 00:42:55
[この世で 又あの世で幸福になるための たった一つの法がありますか?]と
00:42:55 - 00:42:58
怠けた質問ですね
00:42:58 - 00:43:05
八正道は 八もあるんだから 面倒くさい と
00:43:05 - 00:43:08
八もある 「ああ 面倒くさい」と
00:43:08 - 00:43:13
それで コーサラ王が 「たった一つ ないんですか?」と
00:43:13 - 00:43:20
この世で幸せになる あの世で幸福になる
00:43:20 - 00:43:23
お釈迦様は答えたんです
00:43:23 - 00:43:31
‘‘Atthi kho, mahārāja, eko dhammo yo ubho atthe samadhiggayha tiṭṭhati
00:43:31 - 00:43:37
[大王よ 両方の利益を得て]
00:43:37 - 00:43:47
[住立するような一法は…一つの法は 存在します]ありますよ と
00:43:47 - 00:43:51
一個だけで 全部やってくれるんだよ と
00:43:51 - 00:43:56
diṭṭhadhammikañceva atthaṃ samparāyikañcā’’ti.[〔すなわち〕…]
00:43:56 - 00:44:01
[現世と来世の利益を]と はい
00:44:04 - 00:44:07
それが[不放逸]なんです
00:44:07 - 00:44:14
‘‘Appamādo kho, mahārāja, eko dhammo, yo ubho atthe samadhiggayha tiṭṭhati–
00:44:14 - 00:44:23
diṭṭhadhammikañceva atthaṃ samparāyikañcāti.
00:44:23 - 00:44:34
[大王よ 不放逸が 両方の利益を得て 住立するような一つの法なのです]
00:44:34 - 00:44:40
[〔すなわち〕現世と来世の利益を]
00:44:40 - 00:44:48
現世で幸福になりたければ 死後も幸福になりたければ
00:44:48 - 00:44:51
不放逸ですね
00:44:51 - 00:44:57
これ一つだけ 不放逸というのは sati ― 気づき のことなんです
00:44:57 - 00:45:00
「これをやれば どうですか?」と
00:45:00 - 00:45:02
例えがありますよ
00:45:02 - 00:45:08
hatthipadaṃ tesaṃ aggamakkhāyati これ ちょっと省略しています
00:45:08 - 00:45:18
[密林に住んでいる全ての生命の足跡は 象の足跡の中に入る]
00:45:18 - 00:45:22
森で いろんな動物の足跡 あるでしょう?
00:45:22 - 00:45:29
どんな動物の足跡も 象の足跡の中に入ります
00:45:29 - 00:45:33
全部 小さいんです
00:45:33 - 00:45:38
象の足跡は 大きいんです
00:45:38 - 00:45:48
[…入るように 不放逸はこの世で あの世で 幸福に達する一つの法になります]と
00:45:48 - 00:45:53
だからすべて 自分を慈しみたければ あれこれ まあただ…
00:45:53 - 00:45:56
「気づきの実践」なんですね
00:45:56 - 00:45:59
だから来世は 信じても 信じなくても どうでもいいんだけど
00:45:59 - 00:46:10
この世で幸福になりますからね プログラムとか変えれば うん
00:46:10 - 00:46:12
終わりですかね それで
00:46:12 - 00:46:15
うん
00:46:16 - 00:46:21
はい そこで [自分を慈しむならば]
00:46:21 - 00:46:25
人は 自分のことを 大事に思っているならば
00:46:25 - 00:46:31
[怒り 嫉妬 憎しみ 恨みなどで こころを汚さない]
00:46:31 - 00:46:35
きったないでしょう? 自分が汚れたら
00:46:35 - 00:46:41
[他の生命を 自分と平等だと思って生きる]
00:46:41 - 00:46:43
[差別を捨てる]
00:46:43 - 00:46:52
[こころを清らかにする]やっぱり 汚れた心だったら 気持ち悪いんじゃない?
00:46:52 - 00:46:55
[執着を減らす]
00:46:55 - 00:47:01
[感情の奴隷になって 生きることを止める]
00:47:01 - 00:47:05
[妄想にふけることを止める]
00:47:05 - 00:47:12
[理性と知恵を育てる]という項目で 自分を慈しむことができます
00:47:12 - 00:47:16
まあ大体 仏教でおっしゃっている 戒律を守ることやら…
00:47:16 - 00:47:24
すべて 自分を慈しむことなんです
00:47:24 - 00:47:34
私が瞑想したからといって「お父さんが 解脱に達した」ということは ありえないんです
00:47:35 - 00:47:37
はい そういうことで
00:47:37 - 00:47:44
[自分のことを大事にする」というのは ずーっと仏教で教えていることなんです 悟りは…
00:47:44 - 00:47:49
自分で悟らなくちゃあかんでしょう?
00:47:49 - 00:47:55
煩悩は 自分の煩悩でしょう? これは自分で絶たなくちゃあかんです
00:47:55 - 00:47:58
「お父さん 私の煩悩を なくしてくれ」と
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それは できないんです
00:48:04 - 00:48:08
そういうことで まあ ほとんどの仏教の教えは
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セルフコンパッション ― 自分を慈しむ ということで だから解脱まで 自分を…
00:48:15 - 00:48:22
進んで進んで 向上させてもっていくんです はい 以上です
00:48:26 - 00:48:29
(はい ありがとうございました)
00:48:29 - 00:48:35
(ええと 今日は4時半までですので 若干 お時間がございます)
00:48:35 - 00:48:38
(20分ぐらい ありますけど)
00:48:38 - 00:48:42
(何か 今日のお話に関連して…)
00:48:42 - 00:48:46
(あるいは関連しなくてもいいんですけど 何か 質問ある方 いらっしゃいますか?)
00:48:46 - 00:48:48
(挙手していただければ)
00:48:48 - 00:48:50
(では中段のところのお二人…)
00:48:50 - 00:48:57
(手を挙げてらっしゃいますね 今 マイクを持って向かいます)
00:49:02 - 00:49:06
では 先にこちらの方
00:49:07 - 00:49:12
(今日は ありがとうございました)
00:49:12 - 00:49:16
(良い行いを しようとするときに)
00:49:16 - 00:49:19
(照れてしまってまして)
00:49:19 - 00:49:24
(例えば お年寄りに席を譲るとか)
00:49:24 - 00:49:29
(あるいは 親孝行しようとしたときに 照れてしまって)
00:49:29 - 00:49:32
(それができない ということが よくあるんですが)
00:49:32 - 00:49:42
(それは 仏教では どういうふうに扱えば いいんでしょうか?)簡単です
00:49:42 - 00:49:47
完璧 悪人です
00:49:47 - 00:49:55
(偽善ということでしょうか?) いいえ 悪人です 偽善ではないんです
00:49:55 - 00:50:02
そんなに… そんなに自我を張る?
00:50:02 - 00:50:06
良いことだったら やればいいだけの話でしょう?
00:50:06 - 00:50:10
だから 素直じゃないでしょう?
00:50:10 - 00:50:14
頭の中で 自我で 自我で 自我で
00:50:14 - 00:50:20
ものすごい悪思考に もう… 凝ってしまって
00:50:20 - 00:50:27
こういう質問は 私も聞いて聞いて 昔から聞いてるでしょうに
00:50:27 - 00:50:32
こんなこと言われて 「ちょっと照れちゃいますよ」と
00:50:32 - 00:50:37
いまだに聞いている その同じ質問を
00:50:37 - 00:50:43
そこで あまりにも自我だから 自分が良い人間だ と思っているんです
00:50:43 - 00:50:50
だから「ちょっと照れちゃった」とかね
00:50:50 - 00:50:57
お母さんに「こんにちは ありがとう」 と 言うと「ちょっと照れちゃった」とかね
00:50:58 - 00:51:04
だから 生きる喜びを知らない こういう人々は
00:51:04 - 00:51:07
ものすごい 自分の殻を作って
00:51:07 - 00:51:15
自分の地獄を作って 苦しんでいるんです
00:51:15 - 00:51:19
なんで 悪行為するときは 照れないんですかね?
00:51:19 - 00:51:25
良いことをするときだけでしょう? それは
00:51:25 - 00:51:28
痴漢をしようとするとき とか
00:51:28 - 00:51:33
友達とバンバン「じゃあ酒飲みましょう」 「はい どうぞ」「はいどうぞ」とかね
00:51:33 - 00:51:36
そのときは照れませんね
00:51:36 - 00:51:40
で「あんた 1曲歌ってください」 といったら 最低なんです 音痴で
00:51:40 - 00:51:44
そこで 肉体も こんな汚い格好にして
00:51:44 - 00:51:49
マイクを持って歌うでしょう? そのとき照れないでしょう?
00:51:49 - 00:51:54
誰に向かって それを言うんですかね?…
00:51:54 - 00:52:03
「善行為するときだけ 照れちゃうんです」
00:52:03 - 00:52:06
だから 善行為するとき照れる人は
00:52:06 - 00:52:13
悪行為するときは 堂々と 「私は勇気がある人間だ」と
00:52:13 - 00:52:17
「恥ずかしいものは 何もない」 「前に出て活動するんだ」と…
00:52:17 - 00:52:20
言って 悪行為をするんです ですから…
00:52:20 - 00:52:26
「善行為をするとき 照れちゃう」 ということが…
00:52:26 - 00:52:29
私が言ったことです…
00:52:29 - 00:52:35
悪人です
00:52:35 - 00:52:43
これはもう 優しい言葉では 答えられないんです
00:52:45 - 00:52:51
で
00:52:53 - 00:53:00
何のこともなく「当たり前」 というふうにやればね
00:53:00 - 00:53:06
私は 1回 2回 あったんだけど すごく体調が悪くなっちゃって
00:53:06 - 00:53:13
歩けなくなっちゃって ちょっと しゃがんじゃったんですね
00:53:13 - 00:53:15
で 頭がおかしくなって そうすると…
00:53:15 - 00:53:20
周りを行く人々は 「ああ この人 調子が悪い」と 分かったんです
00:53:20 - 00:53:24
そうしたら さっさと来て 「大丈夫ですか?大丈夫ですか?」
00:53:24 - 00:53:34
「何をすればよろしい?」と 何のことなく聞くんでしょうに
00:53:34 - 00:53:41
そちらに照れは 感じなかったんです
00:53:45 - 00:53:56
親孝行するとき照れる… 信じられない
00:53:56 - 00:54:01
あなた そういう私の言葉を 「すごく厳しい」と 思わないで…
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その通りに理解してみてください その方が いいんです
00:54:15 - 00:54:18
あるいは一人一人 「私は 何をやるとき照れる?」…
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「何をやるとき照れない?」 とかね…見てみれば
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「良い行為をやるときだけ 照れる」
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「悪行為やってるときは 堂々と胸を張って やっちゃう」という 性格があるんです
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だから
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「自分を愛する」というプログラムを 実行してないから…
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大体 そういう現象というのは 日本では 普通だと思います
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外国 どんな外国でも それは全然…
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照れなんて 一切ない
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人を助けるときでも…
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親の面倒を見るときでも まあ ドカンドカンと…
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やっちゃいますよ
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だから 日本に住んでいる外国人でもね
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何かいいこと あったらすぐ「お母ちゃん こういうことがありましたよ」と 報告する
00:55:42 - 00:55:49
うまくいかなかったら それも言う
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で なんとかお金を送って 助けてあげたりもする
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それは世間では 普通ですけどね
00:56:04 - 00:56:13
私は昔から そういう「そんなこと言っても 照れちゃいますよ」というね
00:56:14 - 00:56:20
例えば お年寄りに座席をあげる 何のことなく 立てばいいでしょう?
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自我が割り込んで 「立ったら 何か…」
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「何か マズいなぁ」とかね
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悪人でしょう?
00:56:33 - 00:56:37
私は あげたことありますよ 別に
00:56:37 - 00:56:42
ときどき私の方が 年上ですよ
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人を見たら ちょっと何か調子が悪い そうしたら…
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何のことなく立ち上がって 別なところに行くんです
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「はい どうぞ」 と 言わないんです
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ただ「俺は降りたいよ」という態度をとって 立ち上がるんです
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「ああ 面倒くさい」「俺は立って それから降りますよ」という感じで
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そうすると 隣のおじさんが 「ああ よかった 座りますよ」と
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それだけ
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そんな単純なことで
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「立つとマズいなぁ 人に何と思われる…」 人は何も思わないよ?
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人が 自分のことばっかり見張って…
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「この人は 何するのか?」 とか やってないんです
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まあ私の場合 あるんだけど 頭いかれてる人々は…
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何から何まで 私が…
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手を上げても じーっと見て 手を下げても じーっと見て
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何か カップを取ったら じーっと見て
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水を飲んだら 何口飲んだ と計算までして…
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まあ そういうことはあるんだけどね
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だから私は そういう人々というのは
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祝福が入らない ということを 知ってるんだから…まあ無視するんです
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私をとことん いじめて いじめて 私のプライバシーまで侵害して
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私を管理して コントロールして
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幸せになると 思ってるんですね なりません 幸せに
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そういうのは末期状態で 治らない方々で 世の中 そうじゃないんです 大体…
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人が何やってるのか と見て まあ あっち見るんでしょうに
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だから 電車で 自分が立ったから といって
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「ああ すごい人!年寄りに座席を譲りました」 「ああ すごい!」ないでしょう?そんなの
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自分のお父さんに プレゼントを あげたからといって
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「ああ すごい!」「あなた 本当?」 で 会社で話題になる?
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「あなた お父さんにプレゼントあげた?」 「ああ すごいなぁ」
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「これはテレビに出さなくちゃ」と… 何 考えてるんですかね?
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はい そういう自我があるんだからね 完璧「悪」で 固まっている場合は
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「善行為は し難い」と お釈迦様は おっしゃってるんです
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そういう偈もあります
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自分の幸福になることは 「やりたくない」と
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でも 自分が地獄に落ちることだったら 「進んで やっちゃいますよ」と
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それも お釈迦様の言葉なんです
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ダンマパダにあります
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Yaṃ ve hitañ ca sādhuñ ca – taṃ ve Parama dukkaraṃ. (Dhammapada163)
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自分の幸福になることだったら もう やり辛くて やり辛くて
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何で そうなるんですかね? 自分のためになるでしょうに
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これって 子供が 宿題を嫌がるような感じでしょうに
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子供が 宿題ではなく ゲームやりたい と思った場合はね
01:01:00 - 01:01:10
大人になっても そんな気持ちでいるんですかね?
01:01:12 - 01:01:16
はい ちょっと長くしゃべって しまいましたけど 大体…
01:01:16 - 01:01:20
そういう問題は 日本社会にありますから
01:01:20 - 01:01:25
そこを理解して 頑張った方がいいと思います
01:01:25 - 01:01:27
(ありがとうございました)
01:01:30 - 01:01:35
(では もうひと方 お願いします)
01:01:36 - 01:01:44
(仏教は お釈迦様は 「苦集滅道」を おっしゃったと思うんですけれども)
01:01:44 - 01:01:49
(「滅」というところは 渇愛を滅するために…)
01:01:49 - 01:01:54
(と いうことだと思うんですが その次には 八正道が出てくると思うんですが)
01:01:54 - 01:01:59
(最初はどうしても「滅」と「道」の 関係が 分からなかったんですね)
01:01:59 - 01:02:05
(どうして 渇愛を滅するためには 八つもやらなくちゃいけないのか と)
01:02:05 - 01:02:07
(そこでもう 分からなかったんですけども)
01:02:07 - 01:02:16
(さっきのコーサラ王のお話にも「一つの法を やれば あなたは幸せになれます」それが…)
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(「Appamāda 不放逸」 ということだった と思うんですけれども)
01:02:19 - 01:02:28
(私にとっては 不放逸をするためには やっぱり八正道が少しずつでもできないと)
01:02:28 - 01:02:34
(不放逸もできないんじゃないかな と思いまして 要するに仏教っていうのは…)
01:02:34 - 01:02:41
(八正道を 少しずつでも すべて自分の中で 完成していかなきゃいけないよ という…)
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(教えなのでしょうか?)
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まあ だから そう決まってないんです
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今日の経典で「不放逸で全部OKだ」 と言ってるんだから その通りです 別に
01:02:53 - 01:03:02
(「不放逸だけ完成すればもう それでOKだ」 というお釈迦様の教えなんですか?)うん
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(不放逸を完成するためには 八正道すべてが できないと…)また ぐるぐる回るんだから
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何でそうやって回るんですかね?
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八正道を完成しなくちゃいけない
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で 八正道を完成できないんだから じゃあ不放逸をやる
01:03:21 - 01:03:25
不放逸をやるためには八正道をやる… どこまで回るんですかね?
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「不放逸を実践すれば 仏道は完成だ」 と おっしゃっているんだから
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その人には全部 他は管轄外でしょうに
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お釈迦様は 涅槃に入るほんのちょっと前にも 言ったのは 不放逸でしょう?
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「これを守りなさいよ」と
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だから 不放逸を守る人は 八正道を守っているんです
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そんなに ややこしい説明は やりたくない
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不放逸をやった人は 八正道をやっているんです
01:04:03 - 01:04:07
(ありがとうございました)うん
01:04:07 - 01:04:11
(はい それでは ちょうど 時間になりましたので これで…)
01:04:11 - 01:04:18
(終了したいと思います ありがとうございました)
01:04:21 - 01:04:23
(祝福の…)
01:04:23 - 01:04:29
(普段のでも よろしいですかね?)うん
01:04:44 - 01:04:53
では 祈願文章を唱えて 終了したいと思います
01:04:53 - 01:05:03
Dukkhappattā ca niddukkhā Bhayappattā ca nibbhayā
01:05:03 - 01:05:14
Sokapattā ca nissokā Hontu sabbepi pāṇino
01:05:14 - 01:05:23
苦しんで悩む生命が苦しみなく おそれて悩む生命がおそれなく
01:05:23 - 01:05:32
悲しんで悩む生命が悲しみなく 一切の生命が安穏でありますように
01:05:32 - 01:05:39
はい ありがとうございます
01:05:45 - 01:05:48
(皆様 ありがとうございました)
01:05:48 - 01:05:55
(以上をもちまして 本日の初期仏教月例講演会 終了とさせていただきます)
01:05:55 - 01:06:00
(どなた様も お忘れ物なさいませんように お気をつけてお帰りください)
01:06:00 - 01:06:06
(なお 中野駅をご利用の方は 歩道の左側を通行いただき…)
01:06:06 - 01:06:12
(前方からの歩行者の妨げとならぬよう ご配慮お願いいたします)
01:06:12 - 01:06:19
(本日は ご来場いただきまして 誠にありがとうございました)