- DVD番号
- V-325
- タイトル
- ブッダが教える「自己中のススメ」 自と他の区別を超えること
- 行事名
- 月例講演会
- 収録場所
- 東京:滝野川会館大ホール
- 講師
- アルボムッレ・スマナサーラ
- 収録時間
- 03:12:50
- 言語
- 日本語
- 収録日
- 2024年9月8日(日)
「あのひとは自分のことしか考えていない」複雑な人間関係のなかで、そんな嘆きを耳にすることは珍しくありません。協調性を欠いた人を揶揄する「自己中(ジコチュウ)」という言葉はカジュアルな悪口ですが、誰だってホントは自分が大事。その本音を否定しきれないことも事実です。仏教の開祖であるお釈迦さま(ブッダ)は、「私は存在しない(無我)」という真理を発見しました。ブッダから見れば、そもそも「自己」は幻覚だということになります。しかし、経典を紐解いてみると、ブッダはあちこちで「自己中になれ」を説いているのです。もしブッダがただの「自己中」だったら、皆から嫌われて仏教もとっくに滅びていたはず。ところが、ブッダが教えたとおりに「自己中」を実践すると、他者に迷惑をかけるどころか、むしろ皆の役に立って頼りにされる人格者になってしまうのです。面白い逆説だと思いませんか? というわけで、今回の初期仏教講演会では、ブッダが提案する新しい「自己中のススメ」を学んでみましょう。
文字起こし
00:00:04 - 00:00:09
主催者:あらためまして 私 日本テーラワーダ仏教協会の会長を務めております
00:00:09 - 00:00:14
柳 順一と申します 今日は ありがとうございます
00:00:14 - 00:00:20
私どもの会は みんなボランティアで やっておりまして
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今日 皆さんの受付をしたり 施本をお渡ししたり 会場案内したり
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あるいは 会場費のお布施とかも全部 ボランティアで楽しくやっております
00:00:36 - 00:00:41
お釈迦様に教えていただいたこと スマナサーラ長老に教えていただいたこと
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というのは もう なかなか お返しすることは できないので せめて皆さんにお伝えするということで
00:00:47 - 00:00:51
喜びを感じながら やっております
00:00:51 - 00:00:59
是非この会が終わってから そういったボランティアに興味がおありの方は
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前の方に 終わってから来ていただけたら ご説明できると思いますし
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ご案内もできると思いますので 是非 お願いいたします
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今日は 会場のお布施の方のご芳名 たくさん 載ってますですね
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今日は「自己中のススメ」ということで 非常に大胆なタイトルで
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カッコ付きの「自己中」なので 当然 我々が普段 言ってる自己中とは
00:01:30 - 00:01:37
全く違う意味ということですよね で ボランティアというのも
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カッコ付きの「自己中」に 何か繋がる ことがあるんじゃないかなと思って
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その答え合わせをしようかなと思って 私は今日聞こうかなと思っております
00:01:47 - 00:01:54
少しでも心に残ることがあれば もう それで 本当に すごく生活が 人生が
00:01:54 - 00:02:02
変わるきっかけになりますので 是非楽しんで 聞いていただけたらと思います
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もう少々お待ちください
00:06:10 - 00:06:13
長老:では三帰依と五戒文から始まります
00:06:13 - 00:06:14
司会:合掌してください
00:06:16 - 00:06:25
Namo Tassa Bhagavato Arahato Sammā Sambuddhassa. 阿羅漢であり 正自覚者であり 福運に満ちた世尊に 敬礼いたします
00:06:25 - 00:06:34
Namo Tassa Bhagavato Arahato Sammā Sambuddhassa. 阿羅漢であり 正自覚者であり 福運に満ちた世尊に 敬礼いたします
00:06:34 - 00:06:44
Namo Tassa Bhagavato Arahato Sammā Sambuddhassa. 阿羅漢であり 正自覚者であり 福運に満ちた世尊に 敬礼いたします
00:06:44 - 00:06:47
長老:Buddhaṃ saraṇam gacchāmi ブッダ(佛陀)に帰依いたします
00:06:48 - 00:06:52
一同:Buddhaṃ saraṇam gacchāmi ブッダ(佛陀)に帰依いたします
00:06:52 - 00:06:57
長老:Dhammaṃ saraṇam gacchāmi ダンマ(真理)に帰依いたします
00:06:57 - 00:07:00
一同:Dhammaṃ saraṇam gacchāmi ダンマ(真理)に帰依いたします
00:07:00 - 00:07:05
長老:Saṅghaṃ saraṇam gacchāmi サンガ(聖者の僧団)に帰依いたします
00:07:06 - 00:07:10
一同:Saṅghaṃ saraṇam gacchāmi サンガ(聖者の僧団)に帰依いたします
00:07:10 - 00:07:16
長老:Dutiyam pi Buddhaṃ saraṇam gacchāmi ふたたび、ブッダ(佛陀)に帰依いたします
00:07:17 - 00:07:21
一同:Dutiyam pi Buddhaṃ saraṇam gacchāmi ふたたび、ブッダ(佛陀)に帰依いたします
00:07:21 - 00:07:29
長老:Dutiyam pi Dhammaṃ saraṇam gacchāmi ふたたび、ダンマ(真理)に帰依いたします
00:07:29 - 00:07:34
一同:Dutiyam pi Dhammaṃ saraṇam gacchāmi ふたたび、ダンマ(真理)に帰依いたします
00:07:34 - 00:07:41
長老:Dutiyam pi Saṅghaṃ saraṇam gacchāmi ふたたび、サンガ(聖者の僧団)に帰依いたします
00:07:41 - 00:07:47
一同:Dutiyam pi Saṅghaṃ saraṇam gacchāmi ふたたび、サンガ(聖者の僧団)に帰依いたします
00:07:47 - 00:07:53
長老:Tatiyam pi Buddhaṃ saraṇam gacchāmi みたび、ブッダ(佛陀)に帰依いたします
00:07:54 - 00:08:00
一同:Tatiyam pi Buddhaṃ saraṇam gacchāmi みたび、ブッダ(佛陀)に帰依いたします
00:08:00 - 00:08:07
長老:Tatiyam pi Dhammaṃ saraṇam gacchāmi みたび、ダンマ(真理)に帰依いたします
00:08:07 - 00:08:12
一同:Tatiyam pi Dhammaṃ saraṇam gacchāmi みたび、ダンマ(真理)に帰依いたします
00:08:12 - 00:08:20
長老:Tatiyam pi Saṅghaṃ saraṇam gacchāmi みたび、サンガ(聖者の僧団)に帰依いたします
00:08:20 - 00:08:26
一同:Tatiyam pi Saṅghaṃ saraṇam gacchāmi みたび、サンガ(聖者の僧団)に帰依いたします
00:08:26 - 00:08:28
長老:五戒文
00:08:29 - 00:08:40
Pāṇātipātā veramaṇī sikkhā padaṃ samādiyāmi 「生き物を殺さない」 という戒めを 受けて守ります
00:08:40 - 00:08:48
一同:Pāṇātipātā veramaṇī sikkhā padaṃ samādiyāmi 「生き物を殺さない」 という戒めを 受けて守ります
00:08:48 - 00:08:58
長老:Adinnādānā veramaṇī sikkhā padaṃ samādiyāmi 「与えられていないものを取らない」 という戒めを 受けて守ります
00:08:59 - 00:09:08
一同:Adinnādānā veramaṇī sikkhā padaṃ samādiyāmi 「与えられていないものを取らない」 という戒めを 受けて守ります
00:09:08 - 00:09:19
長老:Kāmesu micchācārā veramaṇī sikkhā padaṃ samādiyāmi 「淫らな行為をしない」 という戒めを 受けて守ります
00:09:20 - 00:09:30
一同:Kāmesu micchācārā veramaṇī sikkhā padaṃ samādiyāmi 「淫らな行為をしない」 という戒めを 私は受けて守ります
00:09:30 - 00:09:40
長老:Musāvādā veramaṇī sikkhā padaṃ samādiyāmi 「いつわりをかたらない」 という戒めを 受けて守ります
00:09:40 - 00:09:48
一同:Musāvādā veramaṇī sikkhā padaṃ samādiyāmi 「いつわりをかたらない」 という戒めを 受けて守ります
00:09:48 - 00:10:01
長老:Surāmeraya majjapamādaṭṭhānā veramaṇī sikkhā padaṃ samādiyāmi 「放逸の原因となり(人を)酔わせる酒・麻薬類を使用しない」 という戒めを 受けて守ります
00:10:02 - 00:10:15
一同:Surāmeraya majjapamādaṭṭhānā veramaṇī sikkhā padaṃ samādiyāmi 「放逸の原因となり(人を)酔わせる酒・麻薬類を使用しない」 という戒めを 受けて守ります
00:10:16 - 00:10:23
長老:はい これから「慈悲の瞑想」 いたします ご一緒に唱えましょう
00:10:25 - 00:10:35
私は幸せでありますように
00:10:35 - 00:10:48
私の悩み苦しみがなくなりますように
00:10:49 - 00:11:01
私の願いごとが叶えられますように
00:11:02 - 00:11:15
私に悟りの光が現れますように
00:11:15 - 00:11:47
私は幸せでありますように 私は幸せでありますように 私は幸せでありますように
00:11:47 - 00:11:53
「私は幸せでありますように」と 繰り返し念じます
00:12:25 - 00:12:39
私の親しい生命が幸せでありますように
00:12:40 - 00:12:57
私の親しい生命の 悩み苦しみがなくなりますように
00:12:57 - 00:13:15
私の親しい生命の 願いごとが叶えられますように
00:13:15 - 00:13:34
私の親しい生命にも 悟りの光が現れますように
00:13:34 - 00:14:21
私の親しい生命が幸せでありますように 私の親しい生命が幸せでありますように 私の親しい生命が幸せでありますように
00:14:21 - 00:14:26
「親しい生命が幸せでありますように」と 繰り返し念じます
00:15:00 - 00:15:13
生きとし生けるものが幸せでありますように
00:15:13 - 00:15:30
生きとし生けるものの 悩み苦しみがなくなりますように
00:15:30 - 00:15:46
生きとし生けるものの 願いごとが叶えられますように
00:15:46 - 00:16:04
生きとし生けるものにも 悟りの光が現れますように
00:16:04 - 00:16:47
生きとし生けるものが幸せでありますように 生きとし生けるものが幸せでありますように 生きとし生けるものが幸せでありますように
00:16:48 - 00:16:54
「生きとし生けるものが幸せでありますように」と繰り返し念じます
00:17:31 - 00:18:11
生きとし生けるものが幸せでありますように 生きとし生けるものが幸せでありますように 生きとし生けるものが幸せでありますように
00:18:12 - 00:18:16
はい ありがとうございます
00:18:19 - 00:18:22
では よろしくお願いします
00:18:23 - 00:18:28
今回の法話会 始まります
00:18:30 - 00:18:45
「仏陀が教える『自己中のススメ』」という ちょっと現代的な 逆説的な言葉 使ってますけど
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ここで 私は ポイントとして
00:18:55 - 00:19:03
示したいことが 「自と他の区別を越えること」ですね
00:19:03 - 00:19:12
それは 仏教的なスタンスなんです それには 順番に道があります
00:19:12 - 00:19:16
はい 次の…
00:19:16 - 00:19:26
で 法話会の会場費のお布施の方々の 名前を出してます
00:19:26 - 00:19:33
読み上げると時間かかりますが
00:19:33 - 00:19:44
書上太郎さん 秋本慶太さん 岩嶋圭子さん 清野秀和さん 山縣典子さん 大村恭子さん
00:19:44 - 00:20:01
田村詠子さん 山田眞佑さん 稲葉比佐子様 瀧澤智瞬様 横谷茂様 和泉直子様 細山美雪様
00:20:01 - 00:20:09
柳順一さん 藤本竜子さん それから 前田真理子さん 竹澤彰さん
00:20:09 - 00:20:22
苅谷光晴さん 武田英敏さん 竹中春美さん 髙橋優子さん
00:20:22 - 00:20:30
新藤貴久さん
00:20:30 - 00:20:39
山吹保利様ですね それからまた もう二人が入っていられます
00:20:40 - 00:20:53
このお布施をした方々は お布施の中で法施という一番 徳の高いお布施
00:20:53 - 00:21:02
功徳の高いお布施になりますので この皆様方に幸福が訪れますように
00:21:02 - 00:21:07
安穏になりますように 心が清らかになりますように
00:21:07 - 00:21:14
解脱に達することが この功徳によって できますようにと誓願いたします
00:21:14 - 00:21:17
Sādhu! Sādhu! Sādhu! 善きかな! 善きかな! 善きかな!
00:21:19 - 00:21:25
はい これで講演に入ります
00:21:30 - 00:21:39
まず これはページと違って ちょっと説明したいところがありますけど
00:21:39 - 00:21:45
「内なる世界」っていうね 英語では " The world within "
00:21:45 - 00:21:54
世界っていうのは自分が作るもの っていうことで
00:21:56 - 00:22:00
私たちは
00:22:00 - 00:22:05
世界のこと 知ってると思ってるんです
00:22:06 - 00:22:11
エラい態度で思ってるんです 世界のこと
00:22:11 - 00:22:21
まぁ大体 仏教で世界っていう場合は 生命と物質世界 両方入ります
00:22:21 - 00:22:24
で「知ってますよ」と
00:22:25 - 00:22:31
「知らないわけじゃない」 という態度で いるんですね
00:22:35 - 00:22:41
しかし 仏教の立場は
00:22:42 - 00:22:47
「あなた方は 我々は 世界のことを生命のこと
00:22:47 - 00:22:54
ありのままに客観的に知ってるわけではない」 っていうことなんですね
00:22:54 - 00:22:59
[自分のこころの状況 能力によって 認識は変わります]
00:22:59 - 00:23:04
なぜかと言うと 我々は「物事を知っている」と認識したとしても
00:23:04 - 00:23:08
この認識そのものが不安定なんですね
00:23:09 - 00:23:17
時々弱くなったり 時々強くなったり 時々認識自体がすごく荒波になっ たり
00:23:18 - 00:23:25
要するに 分かったり 分からなかったり いやになったりで ハチャメチャ状態なんですね
00:23:25 - 00:23:32
だから ずーっと一貫して認識し続ける わけじゃないんですね
00:23:32 - 00:23:41
だから あなたが「知ってる」と 言ってるのは 「どんな時の状態ですか?」と聞きたくなるんです
00:23:44 - 00:23:55
例えば すっごい上機嫌な時は 何でもよく見える まぁ あの ポジティブに見えちゃうとかね
00:23:55 - 00:24:02
落ち込んでる気分だったら 周りは全部 何か悲観的に
00:24:02 - 00:24:08
いやに感じたりもしますね
00:24:08 - 00:24:15
だから「世界は知ってますかね」 という問題が出てくるんです
00:24:20 - 00:24:30
はっきり言えば「私はこのように感じます」 ということだけですね 答は
00:24:34 - 00:24:38
私は 面白いんだから
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宇宙物理学的な話は 結構 見たり調べたりはします
00:24:51 - 00:25:00
それで 「結局 知ったと言っても 知ってるのかい?」と
00:25:00 - 00:25:10
ある人が言うのは 我々の太陽が 砂一粒だと思ったら
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地球にある全ての砂よりも
00:25:16 - 00:25:23
あの宇宙に 何て言いますか galaxies(銀河)があるんだよと
00:25:25 - 00:25:30
だから どうですかね? 知ってますかね?
00:25:30 - 00:25:34
私たちにとっては 地球にある 全ての砂っていうのは
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一個一個 どれぐらいかも分からないしね
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galaxy(銀河)と言ったって どんなものか
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我々が知ってる galxy(銀河)があって 隣にアンドロメダがあって とかね
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でも 知らないね だから 「自分がそう思う」という
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だから 私は科学 何も知らない人だから
00:26:01 - 00:26:04
まぁ 人の話を聞いて「ああ そうですか」と
00:26:05 - 00:26:12
でも あの喋ってる人は専門家だから また違う知識 持ってるでしょうねぇ
00:26:12 - 00:26:18
だから 「私は世界 知ってる」と言うよりも
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あれですね 「私は そのように思っている」 「感じている」なんですね
00:26:30 - 00:26:36
ですから 私たちの知識とは 自分の
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[主観的な認識で 主観的な判断であって 真理・事実ではありません]
00:26:50 - 00:26:59
そこで 問題は 「自分の判断は正しい」
00:26:59 - 00:27:04
「間違いない」と 人は思うことなんですね
00:27:05 - 00:27:08
これは どうしようもない病気なんですよ
00:27:10 - 00:27:17
どんな人も「自分の認識は正しい」 と思っているんです
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例えば 花を見てね この物体を見てね
00:27:37 - 00:27:50
「これは 本当は鳥の鶴ですけど 私は花だと思います」
00:27:50 - 00:27:53
ということに ならないんです
00:27:55 - 00:28:00
これ見たら「花です」と みんな認識するんです
00:28:01 - 00:28:04
だから 花に違いありません
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もし 私が「いえ これ 花じゃなくて カラスでしょう」と言っちゃうと
00:28:13 - 00:28:21
「えっ?」と 私のこと馬鹿にするんですね 「あんた どうか なってるのか」と
00:28:23 - 00:28:35
そこで自分 知ってる世界が正しい 正しいんだから 他の人 知ってる世界
00:28:35 - 00:28:44
私に言うと 私はそれに混乱したり 興奮したり 戦ったり 喧嘩したり
00:28:45 - 00:28:49
色んなことになるんです
00:28:51 - 00:29:01
だから 相手の意見 直すよりは 自分の意見、見解 正しいかどうかと
00:29:01 - 00:29:04
そこら辺は 理解して欲しいポイントですけど
00:29:04 - 00:29:10
私がスライド以外で説明したいところは ここに入ってないんだけど
00:29:10 - 00:29:14
次のスライドに行ってみましょうか
00:29:21 - 00:29:29
はい ここで説明します
00:29:29 - 00:29:39
私は どのように世界 知ってるのかと言うと 私に感覚 感じる能力 六つありますね
00:29:39 - 00:29:44
眼・耳・鼻・舌・身・意(げんにびぜつしんい)と
00:29:44 - 00:29:51
この感じる能力 六つに 感じられるものも 決まっているんです
00:29:54 - 00:30:03
センサー 普通に言えばね あるんだけど 何でもキャッチできるわけじゃないんですね
00:30:04 - 00:30:07
皆様の家にも色んなセンサーがあるでしょ?
00:30:07 - 00:30:14
人の動きによって照明がオンになる センサーとかはね
00:30:16 - 00:30:23
でも それには 喋ったからと言って 照明は オンにならない
00:30:23 - 00:30:27
そこで物体の動きが必要でしょうしね
00:30:31 - 00:30:39
で それぞれ 我々 使ってる温度計もね 体温測るあれも繊細なんですね
00:30:39 - 00:30:45
それには 温度は測れますけど 他のことはできません
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我々の体も同じで センサー六つ入ってますけど
00:30:53 - 00:30:57
感じられるものも すごいリミットされているんですね
00:30:57 - 00:31:00
仏教では「色・声・香・味・触・法 (しきしょうこうみそくほう)」というふうに
00:31:00 - 00:31:04
六つであると言ってますね
00:31:04 - 00:31:08
まぁ そこら辺はご存じの方々は知ってますけど
00:31:08 - 00:31:13
初めて 話 聞く人々にとっては ちょっと ややこしいかもしれませんけど
00:31:13 - 00:31:18
分からなかったら忘れてください 私には 至って簡単です
00:31:20 - 00:31:25
「色(しき)」っていうのは 目に触れるデータ
00:31:27 - 00:31:30
「声(しょう)」っていうのは 耳に触れるデータ
00:31:31 - 00:31:37
目に触れるデータは 何なのかと ご自分で考えて下さい
00:31:37 - 00:31:39
どうでも いいんです
00:31:42 - 00:31:49
しかし 仏教で言うのは 「目に触れるデータは 色と形だよ」と
00:31:50 - 00:31:56
それで 我々 学校で学んだのは 「目が光を感じるんだよ」と
00:31:57 - 00:32:04
でも 光を感じても 脳みそが 光を処理しません
00:32:05 - 00:32:13
脳みそで 色と形を作るんです
00:32:17 - 00:32:22
いつでも そういうことなんです
00:32:23 - 00:32:31
空を見ると 我々には
00:32:31 - 00:32:39
もう何百年も古い昔 発生した光が 当たるんだけどね
00:32:40 - 00:32:46
例えば 10光年の前の光が目に当たる
00:32:48 - 00:32:50
まぁ 望遠鏡でも いいんだけど
00:32:50 - 00:32:57
それで 我々に何が見えるかと言うと 形 見えるんです
00:33:00 - 00:33:07
はい それで 「声(しょう)」というのは声
00:33:07 - 00:33:13
まぁ 声と言っても 実際は空気の振動を感じるんだけど
00:33:13 - 00:33:19
空気の振動… 空気は いつでも振動していますよ
00:33:20 - 00:33:25
で 物事は結構 振動してます
00:33:27 - 00:33:33
で 存在そのものも一つの振動… 一つでは なくて いくつかの振動ですけど
00:33:33 - 00:33:35
聞こえません
00:33:37 - 00:33:43
地球の音は聞こえませんしね 木の音も聞こえませんし
00:33:43 - 00:33:48
その中で一部の振動は聞こえますね
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で 鼻で感じるものに「香(こう)」と言うし 舌で感じるものに「味(み)」と言うし
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体で感じるものをね これ感触ですね それに「触(そく)」と言うし
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それで 頭の中で色んな ごちゃごちゃ ごちゃごちゃ回転させてますね
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その時も 刺激対象があるんです それに「法(ほう)」と言うんです
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まぁ そういうことで 我々は ある一部のデータを感じて 認識していますね
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そこで
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「これが私が住んでる世界」 「私が生きてる世界」「私の世界」
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「私の世界」っていうのは私の眼耳鼻(げんにび)… 目・耳・鼻などに感じる世界なんです
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ほかに あるかないかもわからないんです
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例えば「このホールの 外の世界 あるか」と 言うと 皆様は「ありますよ」と言うでしょ?
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それは こちらに来る前に見たからな んです
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皆様を意識不明状態にして 突然ホールに運んで 意識を覚醒してもらう
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そうすると びっくりしますね
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「え⁉ どこにいるのかい?」とか
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なぜかと言うと この場所を知らないし どんな地方かも知らないし
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外 どうなってるのかも知らない データ 入ってない
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電車に乗って来たんだから そういうのは 見て経験してるんだから
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まぁ 外の世界はあるとは言えますけどね
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だから 私が「実際 ある世界」 「本物の世界」と言うのは
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私の眼・耳・鼻・舌・身 に感じた世界なんです
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友達が「あの あんた知ってますかねぇ 王子の方で 公園にお化けが住んでますよ」と
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「写真も撮れますよ」と言う時
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「あぁ そうですか なるほど 王子の公園に お化けが住んでる」と自分が思っても
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その場合は 友達の声 友達の言葉を データとして認識したんです
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そこで 面白いことは 我々は目に触れるもの そのまま認識しない
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形を作って それに好き嫌いの価値観も入れて それから 今までの経験も入れて 認識するんです
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皆様に この舞台の横にある この花は 花として見えないんです
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皆様の過去の経験 皆様の知識 あれやこれやと混ざって
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花ということを認識するんです
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そういうことで 私は 「私だけに限った世界」作っているんです
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私に この花どのように見えるのか と 他人に伝えることすら できないんです
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いくら伝えても 伝えても その人は自分の過去の経験やら思考能力使って
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イメージ作るんです
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例えば 今日はできませんけど 皆様にね 「目を閉じてください」と頼んで
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私は何かの場面を言葉で説明する 小説のように
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東からね そよ風が流れてる とかね
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そこで小さな家があるんだ と 家の後ろに りんごの木が立ってるんだ と
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そこで なんだらかんだら鳥が
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りんごを ちょこちょこっと食べようと してるんだ と言っちゃうと
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皆様の心の中でイメージが現れるでしょう?
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それ 私が思ったイメージですかねぇ?
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皆様 同じイメージになるんですかねぇ?
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もっとシンプルに この舞台の上に
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「カンガルー 一匹いるんだと イメージしてください」と
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できるでしょ?
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でも どんなカンガルーですかねぇ?
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知らない
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一人ひとりが 自分のカンガルーを作るんです
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実際 カンガルー 動物園ででも見た人が それに合わせて イメージ作ることもあるし
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一番 簡単なのは 本に見た カンガルーの絵なんですね
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だから 自分が読んだ本のカンガルーの絵を 頭の中で作るんですね
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まぁ オーストラリアの野生でいるカンガルー 見た人々が 別なイメージ作るかも
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とにかく
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そうやって 「舞台の上にカンガルーが いると思って下さい」と言うと
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一人ひとりが 自分特有の 他人と全く関係ない カンガルーを作るんです
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だから 私にとっては「あのねぇ あなた イメージした カンガルーはおかしい」と言えませんね
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それは どんなカンガルーか知らないんだからね
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「あなた 思ったカンガルーは ちょっと小さすぎよ」と言えません
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これ不可能です
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もう一人に指を差して「あなた思った カンガルーが口に花を咥えてるんだけどね」
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「カンガルーはそういうことやりませんからね」 とかね言える? 言えないんです
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これ 拡大して下さい 我々は いつだって自分の世界 作ってるんです
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それは他人が作る世界とは関係ないんです 他人に伝えることも不可能です
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しかし私にとって 私が見たものは本物です 私が聞いたものは本物です
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私が味わったものは本物に違いありません と
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例えば ハチミツ 食べたことがない人に
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普通の砂糖で作るシロップを なめさせて
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「これがハチミツだよ」と 「これをハチミツと言うんだよ」と言うと
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その人の世界で「あぁ この味とこの感覚が ハチミツ」という考えでいるんです
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そこで やがて後で何日か経ったところで 本物のハチミツを食べさせる
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そうすると「え? ちょっと味が違うね これは 何か入ってるでしょう」と言うんです
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だってシロップは何も入ってないんだからね ただの砂糖だから
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その人は驚いて 「えっ これハチミツじゃないよ」と
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もしかすると 皆様のは ビンに入っている ハチミツでしょ? 食べているのは
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ハチの巣と言うんですか? comb?
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そのまま あげたら「うぇぇ! これイヤだぁ」 と思う可能性ありますよ
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あれ ワックスで できてる honey… 英語で honeycomb(ハチの巣)って言うんですけど
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その中に入ってるんだからね あれは そのままちぎって食べられますよ
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まぁ ワックスは噛んでも噛んでも 意味がないんだから
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飲み込んだとしても毒にもなりませんし
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ハチミツを食べて ワックスの方を出すこともできますし
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しかし やっぱり あのプラスチック瓶に 入ってた方がいいですね
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それに慣れて そのイメージ作ってるんです
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でもプラスチックのビンに入ってるハチミツは 温めて殺菌させてるんだから
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あれはハチミツというよりは砂糖水なんです 体によくないんです
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どうしましょうかね どうすることもできない
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それでポイントに戻りますけど
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「舞台の上にカンガルー がいると思って下さい」 「想像して下さい」と言うと
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皆様 一人ひとり 自分特有の 自分だけに限った 他人と共有不可能なカンガルーを作るんです
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頭の中で
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「こんなくだらない子供の話やめてちょうだい」 という気持ちになってるでしょ?
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まぁ そのレベルで考えてください それでも
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と言うことは 私が生きてる世界 全て 私固有の 特有の 他人と共感できない
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自分だけの世界なんです
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これ 理解してないんだから 人々は
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それで誰かが私に「あのね あの何々さんがね ちょっと何か性格 悪そうね」とかね
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「ちょっと態度でかいね」とか言うと 私は「ああ そうですか なるほど」
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「私もそう思った」と言わなくちゃいけない
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大変ですよ
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私が「あの人 いい人」「この人 悪い人」と 思ったのは 自分で作った世界の問題であって
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その人 悪いか いいか 客観的に 科学的に 立証されたわけじゃないんです
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ある人が 豆腐を食べて「豆腐というのは 世の中にある美味しい食べ物のひとつです」 と
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言ったとしても「勝手にしろよ」と 言うしかないんです
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美味しく感じない豆腐もありますけどね
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「豆腐は もう いや!」と思う人々もいますよ
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まぁ 豆腐の例よりは 納豆の例ですね [ 笑い ] これは日本人の間でも好きな人 嫌いな人
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居るんだからね
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だから 外国人に聞く必要はないね まぁ 私は納豆食べますけど
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で… [ 笑い ]
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時々 外国の方に初めて納豆 見せて 「えーっ! これ カビついてるもの」
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「これ捨ててよ」と 「危険だ」と 言う可能性ありますね
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それは その人の認識世界なんです
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何かにカビが入っちゃうと それはもう 決して食べてはいけないものなんです
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例えば パンとかご飯とか野菜などなどに カビが入っちゃうと もう食べてはいけないんです
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なのに 日本人はカビが入っている大豆 食べているし
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ヨーロッパ人はカビが入っている何食べています? チーズ食べているし
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あんな ブルーチーズっていうのは エラい まずいんだけどね 私にとっては
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「えっ?」と思うんですよ 食べてみたらね
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向こうは 美味しそうに食べているんです
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そういう私が カビが入っている納豆は 「はあ~美味しいね」と思いながら食べてるんです
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だから そういうことで 私が 「納豆が美味しい」と言ったからと言って
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「納豆とは人類にとって美味しい食べ物です」 とは言えないんですね
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それは私の勝手な主観です
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それで 私たちは生きてる間で 社会で トラブルからトラブルでしょ?
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うまくいってないんです
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親とも喧嘩する 自分の子供とも喧嘩する
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友達の間でも色んな対立が起こる 夫婦も喧嘩する
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ストレスも感じる
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自分が軽視されてる 馬鹿にされてる と思うこともある
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会社で 自分のこと評価されてないと 泣く人々は結構いるんですね
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それで落ち込んで 暗い人生 行うんですね それで会社に行かなくちゃいかんのだからね
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行って仕事しても 毎日毎日「評価されてないね 私のことは」っていう気分でいるんですね
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だから そういう風に 我々はかなりトラブルだけで
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悩み 苦しみに満ちた生き方しているんです
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その理由は 認識の問題です
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自分が 自分で作っている世界に居るんです
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私には 例えば納豆を食べて「納豆って こんな味ですよ」と人に教えることは不可能です
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「これは美味しいんだから食べて下さい」と言っても そこは大きな誤解が起きているんです
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「あのね これ すごい美味しい食べ物ですから あなた食べてください」と言ったところで
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私は すごい優しい人間でしょ?
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だって自分が もらった美味しい食べ物 人にも分けているんだから
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違います
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私は あんまりにも性格が悪くて エゴイストなんです
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自分の感覚を 無理やり相手に
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ぶつけようとしているんです
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だから 人の尊厳を侵害しているんです
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これは仏教の世界では一番古い経典などで 今日も ひとつ皆様に読んでもらう…
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読みたいと思うならば Madhupiṇḍika-sutta (マドゥピンディカ・スッタ「蜜丸経」)という
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中部経典の18番目で日本語訳もありますけど
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日本語訳 読んで理解できるかどうかわからんけどね 結構 難しい経典なんですけどね
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で この認識のトラブルを説明しているんです
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これは現代語で言えば 「私は 私が作った世界に生きていますよ」と
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「私は世界を創造します」ですよ
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エラいねぇ 態度 神様と同じでしょ? カッコいいんじゃない?
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自分が 自分で作った世界で生きているんです
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隣の人は その人が作った世界に生きているんです
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そこまでは いいんだけど 自由で
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「自分の世界観 自分の価値観
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相手に押し付ける時 どうなるんですか?」と
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これは成り立たないんですよ
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世の中 なんでこんなに道徳が必要ですかね?
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面倒臭いでしょうに キリスト教になってくると十戒 ありますしね
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各宗教では もうあるわ あるわ
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日本でも神社に行ったら各神社によって 色んな しきたりがあるんですね
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「これこれやるべきです」 「これこれやってはいけない」とかね
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ただ神社に入る時は 何か あの水で 手を洗ったり なんとかやりますね
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何の意味か分かりませんけどね 私も やったり やらなかったり 色々
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時々 自然の水が流れてる時もありますね 色んな地方で
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そのときは やりますけどね 水も飲んだりもしますけどね
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ここら辺だったら水道の水だから まあ「いや」っていう感じでします
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あんた手を洗ってないんだから神様は怒る まぁ どうせ怒ってもいいや ということになるんです
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とにかく 世の中… これはちょっと冗談で 面白いんだからね
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誰にも害がない例を出しましたけど 色んな しきたり 習慣 道徳 あれやこれやと
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いっぱいある
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あっても守ってくれないね
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特に学校なんかでは道徳の授業は 一番 人気のない授業
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それ言うと 子供達が何か自分のプライバシーを 侵害されたような気がするんです
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「嘘 ついてはいけませんよ」て言っちゃうと
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「え? 何様ですか あなたは」って 気分になるんです
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本当は 人は嘘をつかないんです
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人は「こういうふうに言った方が 私がOKだ」と思っているんです
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それは 別なデータに合わせると 嘘になっちゃいますけどね
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とにかくこの問題はもうちょっと高いレベルで 皆さんは 私より勉強している頭のいい方々でしょ?
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だから結構 理解できると思います 言ってるポイントは
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自分が自分の世界 創造しています 自分 知っているのは その世界だけです
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科学者は 宇宙外生命を調べているでしょ?
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みんな何を調べるのかと言うと carbon base(炭素基) で できている
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水と酸素を必要とする生命を探しているんです
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だから 誰が決めたんですかねぇ?
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「生命は carbon base(炭素基)で できあがらなくちゃいけない」と
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「どうしても酸素と水が必要」 誰が決めたんですかね?
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だから 例えば流れる溶岩の上で うろうろと生命が居たとしても
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科学的な知識では あれは生命ではありません
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だって溶岩でしょ? こんな熱いところに!
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もしかするとね 太陽の中にも… 太陽は もうほとんど空気ですからね
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その中で色んな 遊びながら上に行ったり 下に行ったりする生命が居るかも
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でも科学的に 現代我々知ってる科学知識的には 一切 有り得ないってことになるんです
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だから 科学者にしても 「私は知ってる それが真理の世界」
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っていうことになっているんです
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それで この個人の世界作ることに 仏教では専門用語で
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もう これ すごく大事な言葉で "papañceti" (パパンチェーティ 妄想する)って言うんですね
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papañceti(パパンチェーティ 妄想する)と言ったら動詞 papañca(パパンチャ 妄想)って言うのは名詞ですね
01:00:48 - 01:00:56
目に何か触れると 光子が触れると さっさっとパパンチャ(妄想)をするんです
01:00:56 - 01:01:00
そして自分だけに限ったイメージ作るんです
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「 それが事実」と そう思うんですね
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そういうことで どんな生命も 特に地球上の生命
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人間だけじゃなくて 誰にだって 生きづらいんです
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カラスとか ハトとか 東京は色んなところで 巣を作って気持ちよく住んでいるでしょ?
01:01:42 - 01:01:46
でも 区役所の人々は駆除をするんですね
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生きづらいんでしょう?
01:01:53 - 01:01:57
で カラスは考える 「何するのか この人は」と
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「私は せっかくこの電信柱の上で 巣を作って気持ちよくいるのに」
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それはカラスが考える世界
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人間が…その専門の仕事やってる人間が 「あ これ 迷惑だ 危険だ 駆除しなくちゃ」
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っていうふうふうに それは人間の世界で 思っちゃうんですね
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そこで どちらが正しいんですかね?
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家に居るゴキブリたちが「あ~ いい場所ですね 食べるものもあるし 隠れるところもあるし
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暖かいし じゃあ ここら辺に住みましょう」と
01:02:57 - 01:03:00
住むことにする
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そちらに来る人間が「なんで私が住んでるところに こんな虫が居るんですか」と
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で 「さーっと みんな殺虫剤で殺そう」と
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そこで 人間から見れば とんでもないことで ゴキブリから見たら 人間もとんでもない
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ことになるんですね
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そういう世界で我々は生きているんです
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結局は
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「私が知ってる世界が正しい」ってことに なっているんです
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区役所の人々はね 時々 あと一週間で花が咲くのに
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桜の枝を全部切って持って行くんです
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「何するのか」と そちらの人々が考えても
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その業者さんたちが「私たちには 色々 仕事 たくさんありますから
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今日は この street(通り)の 枝を切って おかないと大変なことになるんだよ」と
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「もうちょっと 一週間待ってください」と言うと 「いいえ 一週間 待てない
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明日は あちら こちら 次はこれこれ」 と言っちゃうんです
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だから それぞれ人は「自分が正しい」 という立場で生きているんです
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もう分かるでしょ? 「これって おかしい」と
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私たちは自分の世界 作っているんです
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それで結論に 至って簡単に なります
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やっぱり この苦しい世界 このトラブルの世界 対立の世界 落ち着きのない世界
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安穏がない世界
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この問題解決するためには 自分自身の 認識システムを改良しなくちゃいかんでしょう
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要するに自分を直さなくちゃいけない
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っていうことに なるんです
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そこで 我々の認識っていうのは面白いんですよ
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私は ある例えを考えたんだけど これは 大乗仏教でもよく使ったりするんだけど
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自分の心っていうのは いつでも変化する 変形… 形が変わる何か粘土みたいな
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何か液体みたいな鏡だとしましょうか
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だから 心っていうのは 液体でできてる鏡
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だから 鏡に対象が映るんだけど
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鏡の形によって対象が変わりますね? それは知ってますね?
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鏡が へこんでいると でっかく見えちゃうし
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上に convex(凸型)になっていると 小さく見えたりするしね
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顔が ぐにゃぐにゃだったら 対象も ぐにゃぐにゃになっちゃうでしょ?
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これ 粘土… すごい ぐにゃぐにゃの スライム・ボールみたいに いつでも形が変わる
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鏡みたいなものだったら 心が 映るものは その時 その時の形によって
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変化するんですね
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だから 事実は映らないんです
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鏡が曲がっていると 対象は曲がって映っちゃうんですね
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鏡がへこんでいると 対象がちっちゃく見えるんですね
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鏡に割れ目が入っていると 見えるものは全部 割れているんですね
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すごく割れている鏡で 木を映してみると 木が割れているんです
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へこんでいる鏡で木を映してみると
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「ちっちゃい木ですね! 何か ちっちゃくなっちゃって!」とかね
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だから 自分の心がそんなふうに いつだって変化する 瞬間に変化する鏡だったら
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私は世界を知ってますかねぇ?
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そこでポイントは 自分が知っている世界は 正しいと思うこと
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「じゃあ 別なふうに思って下さい」って 言ったとしても これは無理です
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例えば「舞台の上に居るカンガルーを イメージして下さい」と
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そしたら私は「あのねぇ あんたがイメージした カンガルーは ちょっと良くない」
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「もう ちょっと大きいカンガルーを イメージして下さい」と言っても
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その人にそれ無理なんです
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はい そういうことで「我は世界を知っている」 という立場で みんな生きてるんだから
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誰の生き方も 変! うまくいかない
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誰だって生きてる上で作るのは トラブルだけ 対立だけ
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たま~に 仲良くしたりもします
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それで みんな 家族仲良くするために 夫婦仲良くするために すごい苦労しますね
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会社でみんなと仲良くするために 相当 苦労しますね
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会社だったら忘年会 新年会とかあるでしょ? あれで健康まで破壊する行為に行くでしょ?
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何のため? みんなと仲良くするためなんです
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忘年会でもう上の人から普通の社員から みんな一緒に酒飲んでギャーギャー ワイワイ騒いで
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それでみんな一緒になったという錯覚 会社に行ったら終わり 全部
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苦労しますよ みんな
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だから夫婦も お互い仲良くするために 苦労しています
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親が子供と仲良くするために 意見 通じ合うために 結構 苦労します
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至って簡単なことは「あなたは あなたの 世界に居る」「私は 私の世界に居る」って
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思っていることですよ
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"You are living in your world"
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"I am living in my world"
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”And these two worlds will not crash"
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世界 二つ ぶつからないようにするしかないんです
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隕石でも地球にぶつかったら もう… ごめんねぇ!
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全部さよならでしょ?
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で そこがこの… 論理的な 心理学的な 客観的な説明は そこまでで終了します
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そこで私が言いたいのは 「あなた 分かる? 直すべきなのは自分だ」と
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「成長するべきなのは自分だよ」と 「大人しくなるべきなのは自分だよ」と
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「人を指さすなよ」と
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はい 次のスライドに行きます
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「他を救う恐怖」 もう そのテーマに入りましたね
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[人には○○が必要だと自分が思うんです それは自分の主観であり 捏造の結果でもあります」
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捏造というのはパパンチャ(papañca) ということでね
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そこで 時々自分が「あ あの人に これが必要です」と思って
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「あ これこれ どうぞどうぞ」とあげちゃうんだけど
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その人は「何するの いらない そんなことは」 と 言うかも
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言っちゃうと 「せっかく親切にやって あげようと思ったのに」
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と言って ちょっと気分が悪くなりますね
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電車で立って(いる人に) 「どうぞ座って下さい」と 言っちゃうと
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大体「いいえ 結構です」って 言っちゃうでしょ? 日本では
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そうすると 席を(譲って)あげた人は せっかく(譲って)あげたのに
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「何か悪いことを したみたい」と 落ち込んじゃうんですね
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だから そういうことが起こるんですよ
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座ってる人が立ってる人を見て「この人は 座った方がいい」と自分が思うんです
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時々 若いお母さんたちが 子供を抱っこしていて 電車で立っている
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誰か座っている人が「どうぞどうぞ」と 「座って下さい」と言っちゃうと
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若いお母さんが「結構です」って言う 「何だ これは?」と思うでしょう
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しょうがないんです
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若いお母さんは もしかすると 「私は若くて元気ですからねぇ
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自分の運動にもなりますしね 痩せるためにいいんだから
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子供を抱っこしたままで 立っていますよ」と
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あるいは「座るなんて そんな弱い人間じゃないや」 という風に思っているかも
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誰も知らないでしょうに
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そういうことで 座席を譲ってあげても 断られることはある
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あるいは すごく疲れている人が来て
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「あのね 疲れたんだから あんた ちょっと どけ 私は座りますから」と言っちゃうと
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「えぇ⁉ あんた何者か」と 「なんて乱暴 失礼な人だ!」と思っちゃうでしょ?
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だから これは 自分が思う世界を 他人に…
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投影すると そうなるんです
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相手を理解できればね
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例えば ある人は そんなに見た目は 別に何も見えないのだけど 来て
01:16:00 - 01:16:06
「私はすごく疲れていますから ちょっと座りたいんだけど
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あなたの座っているところいかがでしょうか?」 「ああ わかりました どうぞどうぞ」
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という場合もあります
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その時は二人の意見が合ったんだから 気分がいいんです 座った人も(譲って)あげた人も
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でも そんなの 起こるのは 稀の稀でしょ?
01:16:31 - 01:16:40
だから そういう study(検討)しないで この世の中で「他(人)に尽くしましょう」と言って
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恐ろしいことやってますよ
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最近は ないんだけどね 昔は私にとっても もう うるさくて しょうがなかったんですよ
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自分(長老)を救いたくて 人が来るわ 来るわ 来るわ 来るわ
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ある宗教団体から 朝も来て 昼も来て 夜も来るんです
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で 私もアホだから 来る人々と 結構 仲良く喋るんです
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だから 私を救うことは可能だと思っているんです 私は いくら頑張っても救われませんよ
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意味がないんです
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そこで ある日 夜 四人 五人ぐらい来てね
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12時も過ぎて まだ喋ってるんです
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「なんで あなたは この宗教 信仰しないのか」と 私「これ 間違ってるから」と言うんだけど
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「そう言わないで下さい あなた方の勉強が足らないんだ」と
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私は「あなたよりは勉強してますよ」と 「宗教も 哲学も 何でもかんでも」と
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「え それ 全 部間違ってる勉強だ」と
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だから 自分が知ってること 自分が誰かに 騙されたんだから それこそ正しいと思って
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恐怖でしょう 世界に迷惑
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これ 新興(宗教)組織では よく見られることで 信仰するとはその宗教は本物だと信じることだから
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信じてない人々を見ると 優しくね
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「この人も救ってあげたいな」と 思っちゃうんです
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優しいって言うか うるさくて切りがないんだけどね
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ある日 私は大阪に急いで行くと ある男性がちゃんと しっかりした制服を着て
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「どうですか あなた宗教に興味 ありますか?」と言うので
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「大いに興味ありますよ あなた(私の) 服が見えるでしょうに?」
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会場:[ 笑い ]
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長老:「自分も何かそういう宗教のこと ディスカッションする場所あるんだから
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一緒に行きましょう」と
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「どこですか?」と言うと そこから 結構遠いところなんですね
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電車でも 二回 乗り換えて 行なくちゃいけないんです
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「実は今 忙しくて 新幹線に乗ろうと 走ってるところだ」と言ったら
01:20:14 - 01:20:20
「大丈夫 大丈夫! 車が ありますから 私が一緒に行って 集まりが終わったら
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また一緒に 戻してあげますよ」と [ 笑い ]
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あの教会のアホの話を聞いてね 私は私のスケジュールもチャラにしてね
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何 考えてるんですかね とにかくそういう経験たくさんありますけど
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まぁ そういう方々は優しいんですよ 「あぁ この人 地獄に落ちるんだから
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助けてあげなくちゃ」と思っているんです
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でも それって優しいんですかね?
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自分が思った世界 自分が捏造した世界が 正しいと思っているだけでしょうに
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ですから 私たちには人のお世話っていうのは 他人が頼んだら
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「ちょっと手を貸して」って言ったら 手を貸してあげて下さい
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電車に乗れなくて「ちょっと乗るのを 助けて協力して下さい」と言われたら
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サッサッサと協力してあげて 乗せてあげて下さい
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それは本当に自分も気持ちいいし 相手も気持ちいいんです
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だから 人がすごく喉が渇いて 「すごく喉が渇いてるんだけど何か飲物ある?」
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と言ったら「あっ あります あります」 なかったら走って自動販売機で買って来て
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「これでよろしいですか?」と
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その場合は人を助けたことになりますよ
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人がどこかで座って こうやって待っている
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それで飲み物を買ってきて 「あのね これ 飲んで下さい」と言うと
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「え⁉ なんだ これは」と なんか 変になっちゃいますよ
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「え⁉ なんだ これ? こいつ ちょっと おかしくないの?」と
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それは助けたことにならない
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なぜならば 一人ひとりが自分の世界に 住んでるからなんです
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ですから よく世の中で言う 「人のために生きてみて下さい」とかね
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やめた方がいいんです 相当 世界に迷惑です
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これは絶対的善では ないんです だから善か悪かって ちょっと言いづらいんだけど
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人に本当に必要なことをしてあげる場合は善です 問題ないんです
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災害が起きたら一生懸命 行ってボランティアする それは善行為です 問題ないんです
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避難所にいる人々には何か色々持って行って
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お風呂に… 仮のところ作って「じゃあ みんな順番で お風呂に入って下さい」とかね
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そういうのは抜群に善ですよ なぜならば向こうにとっては それは必要なこと
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そうでない限りはね
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だから 逆に考えましょうか
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「人を助けるためには 自然災害にでも あってもらわなかったら困る」 と
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変でしょう?
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災害は ない方がいいでしょうに!
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だから そこら辺 ちょっと 色んな矛盾があるんです
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そういうわけで 自己の幸福 自分の安穏 自分の安らぎを棚にあげて
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人のために頑張っちゃうと これ エゴイストです
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はい 次のスライドに行きます
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はい ここから「自己中のススメ」になります
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だから
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自分に問題があるんです [自分とは何?]
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[認識が流れているから 「生きている」と言います]
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我々は生きていますね
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生きているっていうことは 我々の認識が流れているからなんです
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心臓が鼓動してるからじゃないんです
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だって心臓がない生命も居るでしょ? 生きてます
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認識が流れてるからなんです
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それで 我々にとっては 自分の体に 触れることしか知らないんだから
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それが正しいと仕方がなく思うんだからね
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我々には無智 あるいは無明という 「何も知らん」という状態があるんです
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これ 仏教の専門用語なんです それから 渇愛という衝動があるんです
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これは みんなにあるんです
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渇愛っていうのは「生きていきたい」 「死にたくない」という 気持ちなんです
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この気持ちがないと 命が続かないんです
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だから どんな生命も 死にたくはないんです
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生きていきたいんです
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それだけで 生きているんだから
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要はね 地球は丸いか 四角いか 平らか どうでもいいんです 生命にとっては
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自分が生きていきたい
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それから この認識に 貪・瞋・痴という 煩悩(感情)が入るんです
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この貪・瞋・痴 みんな知っていますね? 欲・怒り・無智というね
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無明と無智とは 微妙に tone(色合い)が違うんです
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まぁ 感情と言えば たくさんありますね
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仏教では たくさんあると言ったら 面倒臭いんだから 1,500あるんだと
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仏教は結構 何でも数えるんです
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「たくさんあります」「 少ない」とか そういう曖昧な言葉は使わないんです
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特にお釈迦様はね ほとんど データを数えて数字で言うんです
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それは なんでかと言うと
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「それで あなた方 分かる? 私は正等覚者だからなんです
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知り尽くしているからだ」と
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異論があったら…
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例えば 「貪・瞋・痴っていうのは ベーシック感情である三つだよ」と
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「あなた できるならば これ 四つにしてみて下さい」と
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できないんです
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そういうことで 絶対的にこれは事実 科学的な事実ということにするために
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大体 数字で結構あります 数字の教えはね
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はい 煩悩は1,500あります
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[従って 認識と判断は汚れています] 私の認識は汚れています
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しょうがないんです
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このホールを見ると 貪・瞋・痴で見るでしょ? その時の気分で見るでしょ?
01:30:28 - 01:30:31
じゃあ試験です
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皆様方 ホールに入った時の気分と 今も見てください ホールを
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違うホールでしょ?
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入った時のあの気分ないでしょ?
01:30:46 - 01:30:51
今は「あぁ いやだ 早く出て行きたい」とかね
01:30:51 - 01:30:58
「こいつは何時まで喋るつもりですか」という もう相当 腹が立ってると思います
01:30:58 - 01:31:01
会場:[ 笑い ]
01:31:03 - 01:31:10
だから「このホールは いかがでしょうか?」と 聞いたとしても
01:31:10 - 01:31:17
「何時何分のことですか?」と 言わなくちゃいかんのです
01:31:17 - 01:31:20
これ 1秒単位で気持ち変わるでしょ?
01:31:20 - 01:31:30
だから「このホールの雰囲気はどうですか」 と言うと 馬鹿以外 答えませんよ
01:31:31 - 01:31:36
馬鹿は「あ~! 気持ちいいホールで まぁ ちょっと古いホールです」とかね
01:31:36 - 01:31:41
何か言うかもしれませんけどね
01:31:41 - 01:31:52
本当は このホールに対する自分の認識が 瞬間 瞬間 変化しているんです
01:31:54 - 01:32:01
だから おにぎりを取って「このおにぎりは 美味しい」ということは成り立たないんですね
01:32:05 - 01:32:09
その時々なんです
01:32:10 - 01:32:16
皆様に結構 経験があるでしょ? 「あなたのこと 大好きだ」と言う場合もあるし
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「お前 見たくもない」という場合も あるでしょうに
01:32:28 - 01:32:39
そういう私ですね だから 頼りにならないね 自分というものは
01:32:41 - 01:32:50
だから 私たちは いつでも固定概念を作って そちらに足が引っ張られて
01:32:50 - 01:33:00
足かせ 首かせ… あれやこれやとか もう 縛られて縛られて生きているんです
01:33:03 - 01:33:08
「あの人は私のこと 無視したんだから 態度 悪い人だと決めちゃう」と
01:33:08 - 01:33:11
それでアイデアが 固定しちゃうん です
01:33:11 - 01:33:17
人って秒単位で変化するんだっていうことは 無視するんです
01:33:21 - 01:33:28
もし 私がギャーッと喋ったら 「あ あの人は結構うるさいんだ」と
01:33:28 - 01:33:35
それで私は「生涯うるさい人間」と 判決を出すんでしょ?
01:33:35 - 01:33:41
我々は そうやって
01:33:41 - 01:33:46
想像できない 間違っている世界で 生きているんです 自分の世界
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そういうわけで…
01:33:51 - 01:33:58
[従って 認識と判断は汚れています ありのままの事実ではありません]
01:33:58 - 01:34:06
[判断も同じく汚れているので 判断に基づいた行為も曖昧です]
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だから 認識 汚れているならば 判断するでしょ? 判断も汚れている
01:34:16 - 01:34:27
経済世界と同じですよ stock market(株式市場)とかと同じですよ
01:34:27 - 01:34:33
みんな判断して 大失敗したり また成功したりしますよ
01:34:34 - 01:34:42
成功したんだから私の判断はしっかり 当てになります 当てになりませんよ
01:34:43 - 01:34:48
次の判断で失敗する可能性 あります
01:34:52 - 01:34:57
だから 政府は色んな企画を立てる
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まあ ある程度で うまくいったり うまくいかなかったりもする
01:35:06 - 01:35:11
世の中 いつでもそういうことなんですね
01:35:11 - 01:35:17
だから 我々は判断するんでしょ あれ とても 危険なんですね
01:35:17 - 01:35:20
判断も当てにならない
01:35:24 - 01:35:26
[ほとんど不善行為になります]
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判断っていうのは大体 不善行為になります なぜならば 貪・瞋・痴の判断だから
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それで不善行為を行うと
01:35:38 - 01:35:47
我々は 判断して旅行するわ 判断して仕事をするわ 判断して買い物をするわ
01:35:47 - 01:35:51
判断して料理を作るわ とかね
01:35:52 - 01:35:54
色んなこと やってます 判断、判断、判断で
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判断は 貪・瞋・痴でやっているんだから 大体 不善行為になります
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この不善行為が溜まってくると 人生 苦しくなるんです
01:36:06 - 01:36:13
苦しくなってくると さらに判断がおかしくなるんです
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そういう順番ですね 生き方は
01:36:15 - 01:36:17
はい 次に行きます
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はい それで お釈迦様が考えたのは
01:36:26 - 01:36:34
「一人ひとりが 自分の問題を 解決した方がいいんだ」と
01:36:34 - 01:36:38
「自分が幸せな人間になった方がいいのだ」と
01:36:38 - 01:36:43
「自分の病を 自分で治した方がいいのだ」と
01:36:48 - 01:36:56
「人に治療する前に 自分の病を治して下さい」と
01:36:56 - 01:37:02
自分の病を治したら 治療法を知っています
01:37:02 - 01:37:10
だから 自分が病気でどうしようもない 何すれば治るか わからない
01:37:10 - 01:37:19
それで 同じく病気でも 人に治療する っていうのは 危険でしょうに!
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だから やっぱり自己中の方がいいんです 正しいんです
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その理由は
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[Attānañce piyaṃ jañña, rakkheyya naṃ surakkhitaṃ;] 自己愛があるならば それをしっかり護りなさい
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[Tiṇṇaṃ aññataraṃ yāmaṃ, paṭijaggeyya paṇḍito.] 人生の三期(青年、中年、老年)のうち一期でも 理性の人は自己を正すのです
01:37:36 - 01:37:40
[Dhammapada 157] 法句経 第157偈
01:37:41 - 01:37:48
みんなに自己愛があるんですね 自分のこと好きなんです
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本当は自分のことだけです 好きなのは
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人のこと 好きじゃないんです
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好きと思ってるでしょ? 好きじゃないんです
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怖いね 人間は 生命も そうなんです
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自分のことは好きです 他人のことは? まぁ好きじゃないんです
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ですから 我々は いとも簡単に 他の生命を敵に回します
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味方に回すっていうことは至難の業なんです
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経験あるでしょ? 心が通じ合う友達 作ることが至難の業でしょう?
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人を無視すること 居なかったことにすること
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あなた そちら勝手 私はこちら勝手に 居ることは 至って簡単です
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そういうわけで 私たち一人ひとりが 自分のこと 大好きです それは事実です
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「だったら自分を護りなさいよ」と
01:39:18 - 01:39:23
「人を護らなくてもいいんです 自分を護りなさいよ」と
01:39:23 - 01:39:31
ああ ついでに言いますけど 我々には好きな人もいるでしょ?
01:39:31 - 01:39:34
あれは自分の都合なんです
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自分を応援しているならば 自分をサポートしているならば
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自分の味方になってくれるならば その人のこと 好きです それだけです
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はい ここで お釈迦様は優しく言うんです 「人間には三期がありますよ」と
01:40:02 - 01:40:08
まぁ 青年 、中年 、老年とかね 大まかに
01:40:08 - 01:40:18
「この一期だけでもいいんだから 心の汚れを落とせ」と
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自分のこと好きでしょ?
01:40:25 - 01:40:27
自分のこと 好きだったら
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嘘をついたり 怒ったり 嫉妬したり 喧嘩に行ったり 「何だ⁉ これは」と
01:40:38 - 01:40:43
喧嘩して幸せになった人がいる?
01:40:43 - 01:40:49
喧嘩して億万長者になった人がいる?
01:40:49 - 01:40:56
喧嘩して長寿になった人がいる?
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喧嘩的な精神で生きてると 自分が早く老化します
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病弱になります
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喧嘩精神の人が病気にかかっても 薬がスローモーションで効くんです
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知ったことじゃないんです
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だから やっぱり 自分のために 自分の幸せのために 自分の安穏のために
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「心 清らかにしなさいよ」と
01:41:53 - 01:42:02
「七面倒臭いと思うならば 青年 、中年 、老年 どれか選んで下さい」と
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それで皆様が喜んで「分かった 私は 青年期を選びますよ」と言ったって
01:42:09 - 01:42:11
私は騙されませんからね [ 笑い ]
01:42:12 - 01:42:18
だから ブッダの話を聞いた時の年齢 考えて下さい
01:42:18 - 01:42:25
青年がこの話 聞いちゃうと 青年の時 実行してみます
01:42:25 - 01:42:29
中年が話 聞いたら 中年の時やってみるんです
01:42:29 - 01:42:35
老年の方々が仏教の話 聞いたら 「今 老年期に入ってるんだから じゃあ やります」
01:42:35 - 01:42:39
「心 清らか にします」と 決めた方がいいと思います
01:42:46 - 01:42:55
それから 世の中 人に教えるのは みんな好きでたまらないね
01:42:57 - 01:43:03
皆さん これ 私のことだ思うかもしれません 私 喋るばっかりだからね
01:43:03 - 01:43:08
本当は 私の人生で一番 やりたくない ことなんです 今やってるのは
01:43:08 - 01:43:09
喋りたくないんです
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電話がかかってくると ものすごく 電話を壊したくなっちゃうんです
01:43:18 - 01:43:25
電話壊したら誰も買ってくれませんから 壊しません
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あっても電話しません
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だから 結構 人は他人に喋りたい 他人に お説教したい
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何か 他人の先輩役をやりたい 他人の人生の案内をやりたいでしょ?
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すごく うるさいんですよ
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ある日 大阪で 左に行った方がいいか 右に行った方がいいか よく分からなくなっちゃって
01:44:07 - 01:44:13
「どうせ 駅の仕事する人が分かるでしょう」 と思ったんですね
01:44:15 - 01:44:23
「こちらですか? こちらですか?」 と私は「これこれの有名な場所ですけど
01:44:23 - 01:44:29
行きたいんだけど どちらの方に行けば いいんでしょうか?」と言ったら
01:44:29 - 01:44:31
この人は いきなり私の顔を見て
01:44:32 - 01:44:37
誰にも分からない英語で喋るんですね 会場:[ 笑い ]
01:44:37 - 01:44:45
長老:"You are… you and go and…" はあ~っ! 私は日本語で聞いたんだから
01:44:45 - 01:44:52
会場:[ 笑い ]
01:44:52 - 01:45:02
長老:やりすぎね あの方は! 「 外人には英語しか分からない」とか
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勝手に決めるんです
01:45:10 - 01:45:16
だから 自分の判断を人にぶつけるでしょ?
01:45:16 - 01:45:26
これで助け求めたんだけど 助けてもらうことは できなかったんです
01:45:26 - 01:45:32
だから あまりにも頑張って喋るんだから 「はい よくわかりました
01:45:32 - 01:45:36
ありがとうございます」と言って サッサッと行っちゃったんです
01:45:38 - 01:45:42
あんまり この… [ 笑い ]
01:45:45 - 01:45:56
いや まだ前のスライドに居ます p.13 に居ます
01:46:02 - 01:46:13
そういうことで この第158偈で お釈迦様 その我々の問題を直そうするんですね
01:46:13 - 01:46:18
人にあれやこれやと…
01:46:18 - 01:46:30
私は専門家の訳した本を持っていなかったんだから 自分勝手に訳したんです 意訳で
01:46:30 - 01:46:42
だから 「人に何か言うより先に 自分でやってみて下さい」と
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「人に『嘘をつくなかれ』と言う前に 自分が嘘をつかない人間になってみて下さい」と
01:46:54 - 01:47:03
「人に『しょっちゅう怒るなよ』と言う前に 自分が怒らない人間になった方がいい」と
01:47:03 - 01:47:06
やっぱり自分を直した方がいいんですね
01:47:07 - 01:47:10
だから 普通の人間っていうのは
01:47:10 - 01:47:14
「なんで あなた いつも怒りっぱなし! 怒らないで下さい!」って言うでしょ?
01:47:15 - 01:47:17
何だ あれは? [ 笑い ]
01:47:17 - 01:47:20
この人も怒ってるんだけどね
01:47:27 - 01:47:32
私なら「あなた 怒ってるでしょう?」
01:47:32 - 01:47:35
それだけ
01:47:40 - 01:47:45
私はそれを冗談で取って 何か自分の楽しみにする
01:47:45 - 01:47:47
「あなた 怒ってるでしょう?」
01:47:47 - 01:47:55
で 向こうは「馬鹿にするんじゃない」 ということで怒りを消すんです
01:47:56 - 01:48:07
まぁ とにかく「自分が先にやって下さい」 「自分の心 先に清らかにして下さい」
01:48:07 - 01:48:10
「お節介は それからですよ」と
01:48:10 - 01:48:20
これで必ず「人のお世話を後回しにして下さい」と
01:48:20 - 01:48:24
「まず自分が幸せになって下さい」という話です
01:48:24 - 01:48:28
はい 次の ページに行きます
01:48:31 - 01:48:36
これ仏教はすごい強烈に言ってる フレーズなんです
01:48:36 - 01:48:41
これ他の宗教も頭の中に あるんだけどね
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第160偈 Attā hi attano nātho
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「あなたを救ってくれるのはあなただけだよ」と
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ko hi nātho paro siyā 「他人はあなたに何もやってくれないんだよ」と
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他人に頼んでも「お願いします お願いします」 とかね 成り立たないんです
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我々いつでも「お願いします」とか まぁ お祈り人生ですね
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まぁ 宗教があってもなくても
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お祈りというのは誰かに頼むっていうことなんですね その人も困ってるならばどうしましょうかね
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とにかく それは心理的に科学的に 成り立たないんです
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一人ひとりが生きることは大変なんです 神々も一人ひとり生きることは大変なんです
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これで「助けてちょうだい」と言うと 「それどころじゃないよ!」と
01:50:01 - 01:50:10
ですから 自分の幸せ 自分で作らなくちゃいけない 自分の救いを 自分でやらなくちゃいけない
01:50:12 - 01:50:21
ですから「自分を正しく しっかり制御するならば 戒めるならば
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究極の安穏に達しますよ」と
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あの認識問題 捏造問題 解決すれば 究極の安穏です
01:50:38 - 01:50:44
それから 皆様 神話物語で聞いたことあるでしょ?
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「人間は原罪ですよ」と 「人間なら罪人だ」とかね
01:50:58 - 01:51:01
仏教は そういうものを認めません
01:51:01 - 01:51:08
色んな国々で 色んな神々を信仰してる国がありますからね
01:51:09 - 01:51:20
ハワイでもね 何か神が居て 女神が居て 怒って火山をあれやこれや やってるんだとかね
01:51:20 - 01:51:32
で 日本でも あるかもしれませんね 女神が怒って人を破壊させたとかね
01:51:32 - 01:51:39
それって言うのは 自然の流れは 別にどうってことはないんだけど
01:51:39 - 01:51:42
お釈迦様が言うのは
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「自分が悪いことをするならば
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自分が汚れるんだ」と
01:51:53 - 01:51:58
[悪行為は自分が犯すのです]
01:52:00 - 01:52:07
[悪は自分から発生します]
01:52:12 - 01:52:22
[ダイヤをダイヤで削るように 自己から発生した悪は自分を破壊する]
01:52:22 - 01:52:28
すっごく いいフレーズですよ 他人が自分を破壊しません
01:52:28 - 01:52:40
自分が心 汚れちゃうと 自分の心が それで自分が壊れて 壊れて行くんです
01:52:40 - 01:52:49
怖いんですよ だから 怒り 持ってるでしょ? 欲 持ってるでしょ? 嫉妬持ってるでしょ?
01:52:49 - 01:52:55
落ち込み 持ってるでしょ? 憎しみ 持ってるでしょ?
01:52:55 - 01:52:59
恨み 持ってるでしょ?
01:53:00 - 01:53:10
失望感 持ってるでしょ? 逆に すごい希望 持ってるでしょ?
01:53:10 - 01:53:20
そういうもので自分 削られるんです で 破壊 破壊 破壊に 行くんです
01:53:21 - 01:53:26
はい 次のチャプターに行きます
01:53:28 - 01:53:34
そういうわけで 全て自己責任
01:53:34 - 01:53:43
Attanā hi kataṃ pāpaṃ, attanā saṃkilissati; [自分が犯す悪行為によって自分が汚れる]
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Attanā akataṃ pāpaṃ, attanāva visujjhati; [悪行為を犯さない人は清らかになる]
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そういうわけで「清らかな浄の人間になるか 不浄の人間になるか あなた次第です」と
01:54:04 - 01:54:11
いかに個人に お釈迦様は すごい立ち場をあげているんです
01:54:11 - 01:54:17
「私はあなたを清らかな人間にしてあげますよ」 ってのは ないんです
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そうじゃなくお釈迦様の態度が上ですね
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「いえ 自分でやって下さい」と
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「自分が汚れた生命になるか 清浄な生命になるかっていうことは
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自分次第
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スイッチは自分が持っていますよ」と
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そういうわけで 「自己責任」ですよ
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[人は人を清らかにしないんです]
01:54:59 - 01:55:03
はい 次に行きます
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これって面白いポイント これは 何か人間ってのは堕落する運命で生まれてるんです
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[こころは無明と感情の土台の上で機能しますから 人は堕落するのは自然の流れです]
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落ち込まないでください 我々は堕落するようなシステムで できてるんです
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みんな そのまま生きていれば そのまま堕落して堕落して地獄まで行きます
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プログラムは できてます
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理由は 物を見ると 物を聞くと 物を嗅ぐと 味わうと
01:56:04 - 01:56:12
体に何か触れると 何か考えると 貪・瞋・痴で やっているんです
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無明でやっているんです 感情でやっているんです
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例えば 映画館で映画見るって言うと 感情でしょ? 何でも
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それで人は堕落していくんですね ですから それは至って分かりやすいんです
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Sukarāni asādhūni, attano ahitāni ca;
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この意味は [自分に不幸を招く悪行為なら 犯すのは容易いです]
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でしょ? 経験がある? 悪いことなら やりやすいでしょ?
01:56:57 - 01:57:00
誰でも同じです
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至って簡単に悪いことする
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[自分のためになる 良い結果をもたらす 行為を行うことはとても難しいのです]
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Yaṃ ve hitañca sādhuñca, taṃ ve paramadukkaraṃ.
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paramadukkaraṃ っていうのは 「とっても とても難しい」という
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ちょっと考えます 子供が居る 子供に言って
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「遊ぼう」「勉強しよう」 どちらを選ぶ?
01:57:42 - 01:57:49
じゃあ どちらを選ぶか わからないけど どちらが楽?
01:57:50 - 01:57:54
遊ぶこと 楽でしょ?
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子どもは「じゃ 勉強します」と選ぶかも でも それは楽じゃないんです
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「朝寝坊する」「 早起きする」 どちらが楽?
01:58:16 - 01:58:21
分かりますね?
01:58:23 - 01:58:27
「怠ける」 「頑張る」 どちらが楽?
01:58:29 - 01:58:39
そういうことで 自分を破壊する感情 生き方なら やりやすくて やりやすくて
01:58:39 - 01:58:46
「何だ⁈ この仕組みは」と 怒りたくなりますね
01:58:47 - 01:58:56
それは 誰かが やったわけじゃなくて 我々の捏造世界 認識の問題です
01:58:58 - 01:59:01
すごい簡単に終了できます
01:59:01 - 01:59:07
はい 次に行きます まぁ そろそろ終わると思います
01:59:09 - 01:59:18
そこで この「他人のため」っていうことは 一貫して否定できないフレーズなんですよ
01:59:18 - 01:59:30
だって俗世間が「他人のためにやること 素晴らしい これこそ聖人の道だ」とか言ってるんだから
01:59:30 - 01:59:33
何も分かってないのに
01:59:34 - 01:59:45
お釈迦様が言うのは… これ ちょっと 日本語訳が中々できなくて 英訳を出しましたけど
01:59:45 - 01:59:51
Attadatthaṃ paratthena, bahunāpi na hāpaye; Attadatthamabhiññāya, sadatthapasuto siyā.
01:59:51 - 01:59:56
Do not lose your own welfare for the sake of other's welfare.
01:59:56 - 02:00:01
まぁ 英語で言えばね Clearly understand your own welfare which is the attainment of enlightenment.
02:00:01 - 02:00:04
Therefore, work hard to be a liberated one.
02:00:04 - 02:00:10
で まぁ 英語はどうでもいいんです 日本語に入ります
02:00:12 - 02:00:20
[自分のために尽くすことに専念して] あ!間違った [他人のために
02:00:20 - 02:00:30
尽くすことに専念して 自分の幸福を破壊してはならない]
02:00:31 - 02:00:39
「『人のため』『人のため』と言って 自己破壊しないでください」と
02:00:40 - 02:00:51
人にできることは 誰にだってできることは 自分の幸福を作ることです
02:00:54 - 02:01:09
例えば 人に… スマートウォッチ: [ 呼び出し音 ] [ メッセージ ]
02:01:14 - 02:01:16
長老:はぁぁ… [ ため息 ] 会場: [ 笑い ]
02:01:16 - 02:01:20
長老: [ 笑い ] うるさい と言うと…
02:01:27 - 02:01:30
例えば 我々はね あの…
02:01:30 - 02:01:39
スマートウォッチ: [ 呼び出し音 ] [ メッセージ ] 会場: [ 笑い ]
02:01:52 - 02:01:57
みんな色々なプログラム使うんだから これ オフすることはできません
02:01:57 - 02:02:01
電源 完全に消すしかないんです
02:02:05 - 02:02:13
で 人に ご飯 作ってあげることは できますけど
02:02:13 - 02:02:21
美味しく感じるか 幸せ感じるかっていうことは その人の責任なんですね
02:02:28 - 02:02:36
だから 私はご飯作って「あなた これ食べて 幸せを感じてください お願いします」
02:02:36 - 02:02:38
成り立たないね
02:02:38 - 02:02:43
「はい あなた これ食べて超美味しく感じて下さい お願いします」
02:02:43 - 02:02:45
成り立ちますかね?
02:02:52 - 02:02:59
だから この余計なことを… 人がお腹が 空いているならば何か作ってあげて下さい
02:02:59 - 02:03:06
スマートウォッチ: [ 呼び出し音 ] [ メッセージ ] 会場: [ 笑い ]
02:03:09 - 02:03:23
これスワチャにあげたら もうスワチャが知ってる人ですけど
02:03:36 - 02:03:43
そういうわけで まぁ人が人を助けても いいんだけど
02:03:43 - 02:03:46
それは物理的にできますよ
02:03:46 - 02:03:50
ご飯 作ってあげることはできます
02:03:50 - 02:04:00
が 「美味しく感じてよ」「幸せ感じてよ」とか これ やめて下さい
02:04:00 - 02:04:03
それは その人の責任です
02:04:07 - 02:04:16
だから自分が幸せを感じることをすればいいんです
02:04:16 - 02:04:24
こちらではっきり言うのは「他人のために と言うことで気をつけて下さい」と
02:04:24 - 02:04:34
「一番大事なのは自分の安穏だよ」と 「自分の幸福だよ」と
02:04:34 - 02:04:43
だから 人の幸福とは皆様 分からない 人の幸福というのは我々の心にある認識トラブル
02:04:43 - 02:04:47
何でも誤解する あの問題
02:04:47 - 02:04:55
「我が輩は唯一正しいのだ」と思ってる あの愚かさを直すことです
02:04:55 - 02:05:02
そんなに難しいことでもないんです
02:05:03 - 02:05:11
で それは仏教で「解脱に達する」と言うんですね 「それに頑張ってくださいよ」と
02:05:13 - 02:05:17
はい 次 Go to next page. 18
02:05:18 - 02:05:25
そういうわけで また色々 教典 出しますけど まぁ あんまり なくてもいいんで
02:05:25 - 02:05:28
もう今日の ポイントは 終わったと思いますよ
02:05:28 - 02:05:32
ブッダの時代でコーサラっていう国があって コーサラ国王という
02:05:32 - 02:05:38
言うことを聞く 言うこと聞かない どちらかも分からない王様が居たんです
02:05:38 - 02:05:40
結構 凶暴な王様でね
02:05:40 - 02:05:47
お釈迦様とは仲良しでね お釈迦様は コーサラ国に住んでいたんですね
02:05:51 - 02:05:58
このコーサラ国王が言うのは 「人が 身・口・意(しんくい)で」
02:05:58 - 02:06:02
まぁ「 身(しん)」っていうのは体で 「口(く)」というのは言葉で
02:06:02 - 02:06:06
「意(い)」っていうのは 考えることで
02:06:06 - 02:06:15
「悪行為するならば その人は自分を守っていないんだ」と
02:06:15 - 02:06:18
「自分の敵だ」と
02:06:20 - 02:06:25
これ王様の経験でもありますよ
02:06:25 - 02:06:34
このコーサラ王様は結構 乱暴な人ですけど ブッダと 親しいのだから
02:06:34 - 02:06:39
いい人間になりたいという気持ちもあるんです
02:06:40 - 02:06:43
だから政治家は 信頼できませんからね
02:06:45 - 02:06:47
いい人間にもなりたいとか
02:06:47 - 02:06:57
それで 犯罪(を犯)した人々を王様のところに 最終判決のために(連れて)来るんです
02:06:59 - 02:07:08
王様のところに 犯罪者が捕まえられて来る場合は とっくに裁判 終わってるんです
02:07:12 - 02:07:23
罪を犯したことは確かです でも裁判官は判決はしません
02:07:24 - 02:07:27
それは王様の権利
02:07:29 - 02:07:36
王様が 「その人 打首」っていう風に 言わなくちゃいけないんです
02:07:36 - 02:07:47
「こいつ 手を切る」とかね 「この人は両足と手を切る」とかね
02:07:47 - 02:07:55
「この人 追放」とか色々 「この人牢獄」
02:07:56 - 02:07:58
王様 決めるんです
02:07:58 - 02:08:05
でも王様 朝から そればっかりやってると 気持ち悪いでしょ?
02:08:05 - 02:08:08
かわいそう 王になっちゃって
02:08:10 - 02:08:22
で それで この人が「王様すみません 私が愚か者で
02:08:22 - 02:08:32
性格が悪くて罪を犯しました 私の間違いです
02:08:35 - 02:08:45
どうか王様が自分次第で判断して下さい」と頼むと 王様が「分かった」と言って
02:08:45 - 02:08:50
ちょっと許してあげたい気持ちがあるんです
02:08:52 - 02:09:02
打首をやめて まぁ一年 牢とかね 何とかしたいんですね
02:09:02 - 02:09:10
しかし この人々が「何で?王様 私は何の悪いこともしていない
02:09:10 - 02:09:17
私を恨んでる人々は私を嵌めましたよ」とか
02:09:18 - 02:09:26
言うと 王様が「こいつは嘘を言う」 「嘘のことを考えている」
02:09:27 - 02:09:34
そうすると牢に入れたいと思った人 に 「じゃあ 打首」と
02:09:34 - 02:09:37
なっちゃうんですね
02:09:37 - 02:09:45
だから 皆様も輪廻転生する時は 王にならないように気をつけて下さい
02:09:45 - 02:09:51
全然 楽じゃない 楽しくないんです 王家で生まれることは
02:09:52 - 02:10:02
はい だけど ここでもっと具体的に言うのは 人々というのは 一番 偉い連中は軍隊に守られてるでしょ?
02:10:02 - 02:10:06
アメリカの大統領みたいに
02:10:09 - 02:10:19
アメリカの大統領はね まぁ大阪かどこかに 行くならば ここまで軍隊 警察 動いてるんです
02:10:19 - 02:10:27
ここでもアメリカの軍人の飛行機が… 「そこまで… 何だ⁉」と
02:10:27 - 02:10:37
「そこまで守っていても その人が 身・口・意で悪行為をしているならば
02:10:37 - 02:10:39
意味がありません」と
02:10:40 - 02:10:47
「自分が考えるときは 悪いことを考える 喋るときは 悪いことを喋る
02:10:47 - 02:10:51
何かやったら悪いことをするならば 自己破壊になるのだよ」と
02:10:52 - 02:10:58
これ 王様の哲学 お釈迦様も「そうだよ」と
02:10:59 - 02:11:06
「本当のガードっていうのは 軍隊にガードされてることじゃないんだ」と
02:11:06 - 02:11:12
「内からガードして下さい 身・口・意を守って下さい」と
02:11:12 - 02:11:19
これで みんなに お釈迦様が仰ったのは 「自分を守りなさい」
02:11:19 - 02:11:26
どうやって守るのかと(言うと) 身・口・意で悪行為しないことにする
02:11:26 - 02:11:29
ものすごい立派な 良い方になる
02:11:29 - 02:11:35
はい これはコーサラさんが言ったね
02:11:35 - 02:11:38
はい 次に行きます
02:11:40 - 02:11:44
ちょっと触れてみたんだけど福祉活動
02:11:45 - 02:11:53
福祉活動 色々あるんです 一番目 [助け合いの関係]
02:11:55 - 02:12:03
助け合い 互いに助け合わないと 社会人として生きられないんですね
02:12:03 - 02:12:12
だから 我々は公園だったら汚さないし 色々 互いに助け合って
02:12:12 - 02:12:18
交通ルールを守ったりもするし ねぇ? 守りますかねぇ? [ 笑い ]
02:12:18 - 02:12:25
守らなかったら大変ですけど 一応 お互いに助けてるんですよ
02:12:27 - 02:12:38
だから スーパーでちゃんと買い物して並んでいる それも立派な行為でしょ?
02:12:38 - 02:12:46
並ばないで前から出しちゃうと いかに悪行為かと分かるでしょう?
02:12:48 - 02:12:57
だからスーパーで買い物かごを持って ちゃんと並んでいる 平和ですね
02:12:57 - 02:13:06
問題なく自分の番が来たら ちゃんとレジで お金 精算して品物持って帰る
02:13:06 - 02:13:14
そういうものも あまり軽く見ないで下さいよ
02:13:16 - 02:13:22
バスに乗りたければ ちゃんとバス停で じっと待っている
02:13:22 - 02:13:28
そちらも 人々四人ぐらい居るならば その順番でバスに乗る
02:13:28 - 02:13:38
これ決まってる ルール守ること それで我々は互いに助け合っているんです
02:13:40 - 02:13:45
これは気持ちいいんです
02:13:45 - 02:13:52
それで ある年の方はバスに乗ると ちょこちょこと 乗れなくなったりしたりすると
02:13:52 - 02:13:58
運転手さんか 後ろに居る人は ちょっと助けてあげて
02:13:58 - 02:14:04
あるいは 今はカードですけど お金入れなくちゃいけないんだけど
02:14:04 - 02:14:15
このお年の方は お金入れると ちょこっと落ちると すると誰かが それを拾ってあげて
02:14:15 - 02:14:21
運転さんも「あ 大丈夫 大丈夫」 そうやって助け合うんでしょ?
02:14:21 - 02:14:23
美しいでしょ?
02:14:25 - 02:14:32
だから 平和な世界っていうのは ひとつの福祉活動みたいなもんですよ
02:14:32 - 02:14:35
大事に考えてるといいんです
02:14:35 - 02:14:40
人は社会に対して自分の義務を果たすんですね
02:14:40 - 02:14:46
それだけじゃなくて 私たちも やらなくちゃいけない義務がいっぱいありますね
02:14:46 - 02:14:52
税金 払うこととか それは払わなても 取られてますから大丈夫ですけど [ 笑い ]
02:14:52 - 02:14:56
色々 義務があるんですね
02:14:57 - 02:15:04
それは大体みんなやってます 福祉活動は 二番目なんですね
02:15:04 - 02:15:11
二番目 [相手から何も求めない福祉活動]
02:15:14 - 02:15:24
我々は税金払ってるんだけど 国からも色んなものを求めてますよ
02:15:25 - 02:15:33
「公園をきれいにしなさい」とかね 「街灯 しっかり付けて下さい」とかね
02:15:33 - 02:15:38
それでお互い助け合っている
02:15:38 - 02:15:46
相手から何も求めない福祉活動もありますね [自分と比較して恵まれない人々]
02:15:47 - 02:15:55
自分の状況を見ると この人はちょっと 経済的に 物理的に 苦しんでるように見える
02:15:56 - 02:15:58
その人を助ける
02:15:59 - 02:16:07
あるいは 不幸に遭遇している人々を 自分の力の範囲で助けてあげる
02:16:09 - 02:16:18
だって いくら平和で豊かで幸せで生きて いたとしても 地震が起きたら全部終わりですからね
02:16:20 - 02:16:27
そういう時は 地震が起きてない場所の人々が 助けてあげなくちゃいけない
02:16:27 - 02:16:33
その場合は何も 向こうからは 求めていないんですね
02:16:33 - 02:16:36
それは なんで素晴らしいかと言うと
02:16:36 - 02:16:44
その時も エゴイストの気持ちを 抑えなくちゃいけないんです
02:16:44 - 02:16:54
だから福祉活動自体で人は助かりせんよ その人 その時だけ
02:16:54 - 02:17:01
時間かかる 復興するまでは
02:17:01 - 02:17:08
復興しても 誰かが亡くなっちゃうと やっぱり落ち込みますよ
02:17:09 - 02:17:15
家が潰れた そこで新しい家を作った
02:17:16 - 02:17:22
政府の援助もあって作った だから 万々歳 幸せ でもない
02:17:22 - 02:17:25
誰かが亡くなったんですね
02:17:26 - 02:17:30
これ 苦しみがあるんですね だから まぁ そんなもんですよ
02:17:34 - 02:17:41
で まぁ とにかく それでも我々は
02:17:41 - 02:17:50
何かちょっと不幸にあった人 ちょっと 色んな理由でね 「あ この人困っている」と
02:17:50 - 02:17:57
これは物理的に見えるんですね だから助けられます
02:17:57 - 02:18:04
精神的に悩んでる場合は 専門家が何とかしなくちゃいけない
02:18:08 - 02:18:15
それが自分のエゴを戒めるから 善行為になります
02:18:15 - 02:18:20
はい これでラストでしたっけ? 司会:もうちょっとです
02:18:20 - 02:18:21
長老:うん
02:18:21 - 02:18:31
[信仰世界で]… まぁ ここら辺は 跳ばして 終わりにしても いい みたいな [ 笑い ]
02:18:31 - 02:18:38
まぁ 余計な話だと思いますけど みんな 疲れているしね
02:18:38 - 02:18:47
この「利他行」という 日本ではよく 特に仏教世界で 日本のね
02:18:47 - 02:18:56
よく言われることで 仏教っていうのは平和な宗教でしょ?
02:18:56 - 02:19:03
だから初めから互いに喧嘩して別れてるんです 会場:[ 笑い ]
02:19:05 - 02:19:10
平和な宗教だからしょうがないでしょ 戦争しないと
02:19:10 - 02:19:15
まぁ 戦争っていうのは 体でもって戦争はしていないんだけど
02:19:15 - 02:19:24
初期仏教 私が教えるお釈迦様オリジナルと 大乗仏教という 二つ大きなのがあって
02:19:24 - 02:19:31
それから密教仏教とか チベット仏教とか 色々別れて別れてやっています
02:19:32 - 02:19:43
そこで お釈迦様のオリジナル仏教に 「小乗仏教」と すっごい差別用語 使ってますね
02:19:43 - 02:19:48
やっぱり 仏教徒だから そういうふうに 人を差別しなくちゃ いかんのです
02:19:48 - 02:19:50
会場:[ 笑い ]
02:19:52 - 02:19:57
長老:だから いかに悪行為するのかっていう目的で 仏教の連中 生きてるんだからね
02:19:57 - 02:20:00
もう しょうがないんです
02:20:05 - 02:20:15
そこで 特に大乗仏教で 私たち初期仏教の人々のことを
02:20:15 - 02:20:22
「あなた方は 自分の解脱ばっかし 目指しているでしょうに」と
02:20:22 - 02:20:31
「だから あまりにも我が儘だ」と 「人の救いのために頑張りなさい」
02:20:31 - 02:20:38
「頑張らないねぇ だから我々は偉い 私たちは人の救いのために頑張っている」
02:20:38 - 02:20:43
「従って大乗 乗り物は かなり大きい」
02:20:43 - 02:20:48
大きすぎて乗り物は動かないんです 会場:[ 笑い ]
02:20:52 - 02:20:57
長老:だって買い物に行きたければ 自転車ぐらいで いいでしょうに
02:20:57 - 02:21:00
新幹線に乗る馬鹿が居るんですかねぇ?
02:21:03 - 02:21:09
だから 大きくないんだけどね もう人間っていうのは喧嘩好きでしょ?
02:21:09 - 02:21:15
だから もう 大乗経典 小乗経典 どんな経典を読んでみたとしてもね
02:21:15 - 02:21:20
まぁ 大したことは ないんだけどね
02:21:24 - 02:21:28
そういうことで 利他行 利他行 利他行 という言葉が出てきて
02:21:28 - 02:21:33
私たちは 「自利」やってるんだと
02:21:34 - 02:21:41
「自分のことしか考えてないんだよ」と 非難するんですね
02:21:41 - 02:21:52
非難するわするわ 大乗仏教の方々は 我々 一度も聞いてあげてないんです
02:21:53 - 02:21:58
「どうぞ頑張って下さい」と 聞かない
02:21:58 - 02:22:03
なぜかと言うと 初めから 別な電車に乗っているんです
02:22:03 - 02:22:06
いくら目的…[ 笑い ]
02:22:09 - 02:22:14
大阪に来た人が 東北新幹線に乗っているんです
02:22:16 - 02:22:21
言っても聞いてくれないんだから 「どうぞ」と
02:22:23 - 02:22:27
そんな感じで まぁ 我々は聞いてあげませんよ
02:22:27 - 02:22:37
「あなた方は もう自利行でしょう!」とかね 「それで?」で それで終わり
02:22:37 - 02:22:42
私は聞いた 「あなた方は利他行ですかねぇ?」とかね
02:22:48 - 02:22:55
特に大乗仏教は我々と同じ仲間だから 大乗仏教のこと言ったんだけど
02:22:55 - 02:23:03
やっぱり宗教世界で この利他行を あまりにも謳っているんですね
02:23:03 - 02:23:10
あれ よく見ると すっごい迷惑なんで 人類には
02:23:11 - 02:23:16
もう犯罪 起こすんですよ あのアフリカとかね
02:23:16 - 02:23:22
特にヨーロッパの missionary(宣教師)の方々は
02:23:22 - 02:23:29
やったことっていうのは 犯罪そこそこっていう…
02:23:34 - 02:23:42
で まあ いいんだけど だから 人のためにってやっちゃうと
02:23:42 - 02:23:47
人権 尊厳 壊しちゃうし
02:23:47 - 02:23:55
だから それぞれの地方の人々は 自分なりの信仰を持っている
02:23:55 - 02:24:04
だから勝手にその信仰でいればいいでしょうに なんで別な誰かの文化の信仰を
02:24:04 - 02:24:08
受け取らなくちゃいけないんですかね?
02:24:11 - 02:24:20
で そこでも すごい無理やり強引なことを しちゃうんで それは利他行じゃないんですね
02:24:31 - 02:24:34
[利他行は自分の修行です]
02:24:34 - 02:24:38
だから 自分の修行として やらなくちゃいけないし
02:24:38 - 02:24:47
だから 実際 利他行って何なのかと 理解しなくてはいけないんですね
02:24:50 - 02:24:59
だから 人は自分のエゴの気持ちをね どんどん すり減らしてなくしたい
02:25:00 - 02:25:07
だから 自分のことより先に 人のことを考える
02:25:07 - 02:25:15
だったら利他行でもあり 正しい行為でもあります
02:25:15 - 02:25:23
自分が食べる前に相手はどうでしょうかと
02:25:25 - 02:25:32
だから エゴの気持ちをなくすならば 利他行は成り立ちます
02:25:32 - 02:25:44
[こころが汚れる、エゴイストになってしまう、 自慢するための実績になる利他行は
02:25:44 - 02:25:47
自分の成長の妨げになります]
02:25:47 - 02:25:56
「私はこれぐらい やりましたよ」とかね 実績作りたくて人を助けるならば
02:25:56 - 02:26:00
それは あまり道徳範囲にはならないんですね
02:26:00 - 02:26:08
問題は人格向上なんです 自分のエゴをなくすことです
02:26:08 - 02:26:16
エゴをなくして なくして なくして 自分が消えちゃうんです
02:26:23 - 02:26:33
ですから 本当に 心を清らかにすることが唯一の仕事であって
02:26:33 - 02:26:40
人の心を清らかにさせることは ちょっと不可能です
02:26:42 - 02:26:51
そういうわけで 私個人が 自分の心 清らかにする修行すると
02:26:51 - 02:26:57
その修行の結果として 人も助かります
02:26:57 - 02:27:12
私の欲をなくすために 私が持ってる物の 愛着を減らして みんなと分けて使います
02:27:16 - 02:27:25
そういう風に 自利・利他は区別できないんです
02:27:26 - 02:27:38
人を助けたことによって 自分の自我が いくらか なくなったならば それで○(マル)、OKです
02:27:38 - 02:27:46
人を助けて「ほら 私は人を助けましたよ」 って言っちゃうと ×(バツ)、アウトで
02:27:48 - 02:27:54
これ微妙なところ 理解して欲しいんです
02:27:56 - 02:28:01
自分のエゴが減っていくのかと
02:28:01 - 02:28:09
そういうことで 単独で利他行を謳っては いけない
02:28:09 - 02:28:19
初期仏教では 利他・自利という 二つに分離していないんです
02:28:19 - 02:28:23
一種の道徳 一項目なんです
02:28:23 - 02:28:27
はい 次に行きます
02:28:28 - 02:28:30
司会:これで 最後です 長老:うん
02:28:31 - 02:28:39
そこで最後 利他行できる人がいます
02:28:41 - 02:28:43
みんなにできない
02:28:43 - 02:28:49
[人格向上を完成した人 心を清らかにした人
02:28:49 - 02:28:57
無智を破って智慧を開発した人 自我の錯覚が消えた人
02:28:58 - 02:29:01
要するに覚者です]
02:29:02 - 02:29:10
気をつけて欲しい 悟る前は 自分の心 清らかにして下さい
02:29:10 - 02:29:13
余計なことをしないで
02:29:13 - 02:29:17
[覚者の行為はすべて利他行です]
02:29:18 - 02:29:24
自我をきれいに… 自我は錯覚 これが消えた人の行為は
02:29:24 - 02:29:33
敢えて言わなくても利他行なんです 他人の幸福になるんです
02:29:36 - 02:29:42
たとえ覚者が黙っていても
02:29:42 - 02:29:48
周りの人々は その影響を受けて 心 清らかになるんです
02:29:51 - 02:29:54
すごい力 持っています
02:29:54 - 02:30:02
そういうわけで 覚者に得るべき… なんで覚者の行為は利他行かと言うと
02:30:02 - 02:30:09
[覚者は得るべきものは一切ないんです]
02:30:09 - 02:30:15
だから 純粋に利他行です
02:30:15 - 02:30:23
はい 話は それで終了でございます はい ありがとうございます
02:30:23 - 02:30:28
会場:[ 拍手 ]
02:30:28 - 02:30:37
司会:スマナサーラ先生 ありがとうございます お時間 あと30分ほど ございますが
02:30:37 - 02:30:42
どういたしますか? 質疑応答 いたしましょうか?
02:30:42 - 02:30:48
このままの流れで よろしいですかね?
02:30:59 - 02:31:07
お手洗いとか行かれる方は ご遠慮なく行かれていただいて
02:31:07 - 02:31:13
ちょっと時間あるので 質疑応答をしたいと思います
02:31:13 - 02:31:21
すいません マイク係の方 いらっしゃいますか?
02:31:31 - 02:31:38
ご質問ある方 挙手いただけますか?
02:31:38 - 02:31:47
では 前の方から順に マイクを
02:31:55 - 02:31:59
長老:質問があったら 私は隠れて答えます
02:32:04 - 02:32:06
司会:どうぞ
02:32:06 - 02:32:21
質問者①:よろしくお願いします 警察公安が理由なく私を襲って
02:32:21 - 02:32:31
一生治らない大怪我をさせるんです しかも証拠隠滅捏造もしています
02:32:32 - 02:32:40
警察公安が無断で家の敷地内に入ってきて
02:32:40 - 02:32:51
玄関の鍵を開けて家の中に入り 中を壊しています 物を盗んでいます 情報を盗んでいます
02:32:51 - 02:33:01
警察公安がトイレに毒を投げ込んで 喉を痛くさせます
02:33:01 - 02:33:14
警察公安が評判を落とすための嘘の噂を流します 警察公安が検閲をします
02:33:14 - 02:33:19
欲しいものがあれば 抜き取っています
02:33:19 - 02:33:26
司会:すいません 質問だけ手短にお願いします
02:33:26 - 02:33:31
質問者①:はい えーと
02:33:34 - 02:33:52
・・・運輸は知らんぷりして それを私に渡します で こういう…
02:33:52 - 02:33:58
こういう…どうしたらいいでしょうか?
02:34:10 - 02:34:16
長老:あのねぇ 落ち込まないで 何とか 自己を守る 色々 工夫を考えて下さい
02:34:16 - 02:34:29
それは もしかすると 自分自身の 公案、レッスン、宿題かもしれませんね
02:34:29 - 02:34:35
まぁ そういうのは本当に誰がやっているのか っていうことはね
02:34:35 - 02:34:39
えーと あれ何て言いますか?
02:34:39 - 02:34:47
カメラね ビデオカメラ 付けておかないとね 分からないしね
02:34:47 - 02:34:58
例えば ビデオカメラ付けて そちらに記録あったらね 法律的に何とかできるし
02:34:59 - 02:35:02
でないと どうにもならんしね
02:35:02 - 02:35:12
だから まぁ 生きる時 出てくるトラブルは 何でも自分自身の修行であると
02:35:12 - 02:35:17
自分が そこは どうやって乗り越えるのかと
02:35:18 - 02:35:23
落ち込まないで どうやっていられるのかと
02:35:23 - 02:35:32
何があっても どうやって笑って生活できるのか っていうことは大事じゃないかなと思いますね
02:35:33 - 02:35:39
だから 我々には 夏 蚊が来ることは ストップできませんし
02:35:39 - 02:35:46
家にゴキブリ 入ることは どうしようもないしね そういう風に みんな生きてるんだからね
02:35:46 - 02:35:52
色々 トラブルっていうものは ありますね
02:35:54 - 02:35:59
しかし その時でも いつだって落ち着いて 明るく
02:35:59 - 02:36:06
あまりにもトラブルだったら どうやって それ避けるのかとかね
02:36:08 - 02:36:21
いう風に 頭を使って 方便を考えて 生きるための機会ではないかとは思いますね
02:36:21 - 02:36:25
はい 説明は以上でございます
02:36:25 - 02:36:30
司会:はい ありがとうございます 他の方どなたか
02:36:30 - 02:36:33
じゃあ 真ん中の列の方
02:36:38 - 02:36:48
質問者②:人との会話をする時に できるだけ 自分の心を汚さないような会話の仕方と言うか
02:36:48 - 02:36:55
気をつけるべきことと言うか ございましたら 何かポイントを教えて下さい
02:36:58 - 02:37:02
長老:はあ… [ 笑い ]
02:37:03 - 02:37:10
いきなり難しい問題 出されますからね
02:37:21 - 02:37:25
これは 難しいよ
02:37:28 - 02:37:35
でも 道徳を侵さないで喋って欲しいんですね
02:37:35 - 02:37:42
道徳を侵すということは 自分の感情を押し付けることなんです
02:37:42 - 02:37:49
ただ facts(事実)だけ理解できるように
02:37:51 - 02:38:00
面白く喋ればいいんです それでも人の心が 汚れるかどうか保証はできませんけどね
02:38:05 - 02:38:13
例えば「これは いけないでしょう!!」と言った途端 自分の怒りを出していますね
02:38:13 - 02:38:21
人に データではなく 怒りの感情 送信したんですね
02:38:22 - 02:38:32
だから客観的に「こうなっちゃうとねぇ これ うまくいかないねぇ
02:38:33 - 02:38:41
やり方はそうじゃないしね 別なやり方あるでしょう」とか
02:38:41 - 02:38:52
データだけ 伝えることですよ それは簡単じゃないよ
02:38:52 - 02:38:59
自分の修行になります 訓練すると ただデータだけ伝える
02:38:59 - 02:39:08
それから 怒りは みんな嫌がりますから ユーモアは みんな好きなんです
02:39:09 - 02:39:16
だから できるだけ明るく 相手が失敗したとしても
02:39:16 - 02:39:20
「まぁまぁ もう人間だからねぇ」とかね
02:39:22 - 02:39:31
「人間だから それって当たり前だ」と 「でも やるなよ」と言った方が
02:39:31 - 02:39:39
みんな 相手も「あ 面白い話し方だ」 と思って理解するんです
02:39:41 - 02:39:51
そういうことで「 1.感情伝えることは悪行為」 それは やめましょう
02:39:51 - 02:39:55
伝えるときは データだけ伝えなくちゃいけない
02:39:55 - 02:40:07
それで方便として 面白く 楽しく 語る というところですね
02:40:12 - 02:40:17
できるだけ ギャアギャアと 感情を出すことだけは やめましょう
02:40:18 - 02:40:20
はい
02:40:22 - 02:40:25
司会:他の方 どなたか挙手いただいて…
02:40:25 - 02:40:34
では一番 奥側の列の 中段の一番 端っこの方
02:40:40 - 02:40:45
質問者③:ありがとうございました 初めての参加なので 色々理解が
02:40:45 - 02:40:52
足りてないところがあると思うんですけれども 本日のお話の中でもあった社会福祉
02:40:52 - 02:41:00
いわゆる利他というものが 自分の中でよく理解できてなくて
02:41:00 - 02:41:08
誰かのために何かするっていうことが 結果 誰かが得をして 自分が損をしてしまうように
02:41:08 - 02:41:15
感じてしまって 人のためにっていうのが すごい何か損得勘定が先に出て 嫌なんですよ
02:41:15 - 02:41:19
でも それじゃいけないなっていうのは 理解はしてるんですけれども
02:41:19 - 02:41:24
なかなか気持ちが変わらなくて こういった考え方って
02:41:24 - 02:41:30
自分の中の考え方を変える方法 どうやれば変わるんでしょうか?
02:41:30 - 02:41:36
長老:うーん 質問のポイントは あまり出てこなかった
02:41:36 - 02:41:46
司会:利他的な行為をしようとする時に どうも自分の中で損得勘定が先に来てしまう
02:41:46 - 02:41:51
そういう自分の心の不純さというか そういうところを変えていくにはどうしたらいいか
02:41:51 - 02:41:56
長老:うん うん だから すごいベーシックです 問題は
02:41:56 - 02:42:03
利他とは あなた 何か物をあげると 思ってるんですかねぇ?
02:42:03 - 02:42:09
その場合は損得勘定なんですけどね
02:42:11 - 02:42:20
じゃあ 別な例え 例えば自分が大人で 勉強する子供が居る
02:42:20 - 02:42:27
ちょっと何か 勉強 問題 引っかかっちゃって 分からない状態で引っかかってると
02:42:27 - 02:42:33
「あのね これは こういう風に 考えれば 解決できますよ」と
02:42:34 - 02:42:37
すごく面白く優しく教えてあげる
02:42:37 - 02:42:42
それで子供も「あぁ 助かりました おじいさん ありがとうございました」
02:42:42 - 02:42:46
って言うでしょ? 利他行でしょうに
02:42:47 - 02:42:55
それで子供に「お前に教えたんだから 5,000円ちょうだい」じゃないでしょうに
02:42:59 - 02:43:06
だから 利他行っていうのは 互いに助かることでしょうに
02:43:06 - 02:43:13
人を助けると どうしても自分も助かりますよ
02:43:14 - 02:43:21
例えば人を助けて… この助けてって言うのは 物をあげることじゃないんです
02:43:21 - 02:43:29
物をあげることは ほんのわずか もう 16分の1でもないんです
02:43:31 - 02:43:36
時々 これ 言っていいかどうかわからないんだけど
02:43:36 - 02:43:45
みんな親切に色んな物を私にくれますけど 時々 絶対 使わない物だから どうしようかと
02:43:45 - 02:43:49
返って…
02:43:49 - 02:43:53
処分できなくてね ゴミ処理もできなくて
02:43:53 - 02:43:59
だから ゴミに出す… 人がせっかくあげた物 ゴミ に出す気持ちも
02:43:59 - 02:44:05
ちょっと失礼じゃないかなと 思ったりしたら 困るでしょうに!
02:44:05 - 02:44:17
それより私を見て「あぁ こんにちは 元気?」 と言った方が「元気よ!」その方が楽なんです
02:44:23 - 02:44:30
まぁ コーヒー飲みたいのに 紅茶出しちゃうと 何か ややこしいですね
02:44:30 - 02:44:38
とにかく 人を助けるっていうこと 人だけじゃないよ
02:44:38 - 02:44:47
生命を助けることで これは物をあげるだけじゃないんです
02:44:51 - 02:45:00
大体 普通 みんな「あっ 物をあげる!」 っていうことと思っちゃうんですね
02:45:04 - 02:45:12
物をあげるのは その物が欠けてる人なんですよ
02:45:14 - 02:45:23
高いレストランでディナー食べてる人に 弁当買ってきて「これも食べて下さい」と
02:45:23 - 02:45:27
言うのは 意味がないでしょうに!
02:45:35 - 02:45:42
だから弁当を買ってきてあげるならば それなりの…
02:45:42 - 02:45:47
今 あまり見当たらないんだけど ホームレスの方々とかね
02:45:47 - 02:45:53
ちょっと そういう方々いるんですね
02:45:53 - 02:46:00
それで「じゃあ これとこれ 食べて」と あげたら その人は それ取って食べるでしょうし
02:46:00 - 02:46:06
でも 自分が何か得たような気がしますよ
02:46:07 - 02:46:14
自分として何か価値あることをやった と そちら 何も損していないんです
02:46:14 - 02:46:21
例えば 何で人間に金が必要でしょうかと言うと これは英語の単語で言えば
02:46:21 - 02:46:24
"satisfaction" でしょ?
02:46:26 - 02:46:29
「満足」でしたっけ?
02:46:29 - 02:46:37
だから 心の「ああ 良かった」という 気持ちのためでしょ?! 生きてるのは
02:46:44 - 02:46:52
だから お金じゃないよ 例えば お金があって高級な車を買う
02:46:52 - 02:47:02
買っても ビニールシート貼っても そのまま 一度もどこにも行かない
02:47:02 - 02:47:08
そこで どんなサティスファクションですかね?
02:47:09 - 02:47:16
だから 車 買ったからと言って迷惑だけで
02:47:16 - 02:47:20
自然破壊で
02:47:21 - 02:47:27
でも それに乗って 音楽も入れて
02:47:27 - 02:47:30
それで旅をする
02:47:31 - 02:47:37
その時 楽しみが生まれるんでしょうに
02:47:38 - 02:47:46
だから みんな この「お金、お金」で考えるところ 結構 間違ってますよ
02:47:46 - 02:47:54
我々は…英語の単語で覚えて下さい "satisfaction" 探してるんです
02:47:56 - 02:48:02
これ 日本語にすると満足っていうふうに 満足って意味じゃなくて
02:48:02 - 02:48:09
「何となく良かっ たなあ」とか「ああ 楽しいなあ」 という気持ちなんです
02:48:12 - 02:48:20
それで 何で公園に散歩するのかと言うと 楽しいからでしょうに!
02:48:23 - 02:48:30
それで 「あぁ 一日一万歩 歩かなくちゃいけない これは もう私の義務としてやる」と言うと
02:48:30 - 02:48:32
苦しいんです
02:48:37 - 02:48:44
そうではなくて「じゃあ散歩しよう 楽しくねぇ 鳥が居るなら 鳥も見ながら
02:48:44 - 02:48:51
花が咲いてるならば それも見ながら 虫が居たら 虫のことも観察しながら」
02:48:53 - 02:48:56
で 何となく人生 楽しくなるんで
02:48:56 - 02:49:03
だから 人助けっていうのは その辺にあるものなんですね
02:49:03 - 02:49:09
相手に楽しみを与える "satisfaction" を与える
02:49:13 - 02:49:20
それは 金だけでは ありません
02:49:32 - 02:49:37
色々あります そういうテーマで考えて下さい
02:49:37 - 02:49:38
はい
02:49:39 - 02:49:42
司会:はい 他に質問ある方いらっしゃいますか?
02:49:42 - 02:49:48
長老:こちらの… この真ん中の…
02:49:57 - 02:50:04
質問者④:本日 お話にあった 「不善行為は苦を作る」ってことなんですけど
02:50:04 - 02:50:11
不善行為をするのは簡単ということで ただ正しい行為をする人間になることが大切だ
02:50:11 - 02:50:15
ということを仰ってらしたと思うんですが その正しい行いっていうのは
02:50:15 - 02:50:22
自分で考えた正しい行いだと 判断が混じってるので不善になってしまうかな
02:50:22 - 02:50:28
と思うんですけど 具体的にどういうことが 正しい行いかを教えていただきたいです
02:50:28 - 02:50:32
長老:ああ それは…
02:50:34 - 02:50:38
我々は なんで不善行為するのかと言うと
02:50:38 - 02:50:49
生命の衝動 これは無明と貪・瞋・痴なんですね
02:50:49 - 02:50:56
それは実感… 無明はあまり実感できないんだけど
02:50:56 - 02:51:01
まぁ こういうふうに理解を 「分からないことは一杯あるんだよ」と
02:51:02 - 02:51:05
「何も分かってないくせに生きてますよ」と
02:51:05 - 02:51:11
そういうふうに理解すれば これ 無明の管轄ですね
02:51:11 - 02:51:15
それで 貪・瞋・痴は大体 分かりますね?
02:51:15 - 02:51:18
その場合は 痴と無明は同じですけど
02:51:18 - 02:51:23
まぁ 「アホなこと」というふうに シンプルに理解して下さい
02:51:23 - 02:51:27
欲と 怒りと アホな下らないことをやるとかね
02:51:29 - 02:51:41
その心の 自分の中にある この悪い emotion(感情) を戒しめる行為は 何であろうとも善行為です
02:51:43 - 02:51:49
だから 客観的に「この行為」「この行為」 というふうに言う必要は ないんです
02:51:49 - 02:51:55
例えば まぁ 怠けてわがままになってくる
02:51:55 - 02:52:01
わがままになると 何となく体が動かないんですよ
02:52:01 - 02:52:05
一緒に怠けも入ってくるんですね
02:52:05 - 02:52:09
それで 自分の感情をチェックする
02:52:09 - 02:52:23
わがままで 怠けが来て 何かちょっと暗い 「これ 破ろう」と思って公園のゴミ拾いをする
02:52:23 - 02:52:29
心が明るくなっていくんです
02:52:31 - 02:52:37
あるいは公園にいる人々と ちょっと 挨拶してみる 喋ってみる
02:52:37 - 02:52:50
そういうふうに 善行為 いくらでも考えれば現れますよ これは リストに自分を束縛する必要はないんです
02:52:50 - 02:52:58
いつでも 内から 中で チェックするんです
02:52:58 - 02:53:04
どんどん自分が明るくなっていくことは 体感します
02:53:04 - 02:53:09
そうすると「あ これは どんどん育てましょう」 っていうふうになるんです
02:53:09 - 02:53:15
だから何が善行為かっていうことは その人が発見した道がある
02:53:15 - 02:53:17
発見できる道があるんです
02:53:17 - 02:53:27
これ自分で発見すると 自分の智慧が現れるんです 智慧が現れると 無明が減っていくんです
02:53:27 - 02:53:31
そういうプログラムです 分かった?
02:53:31 - 02:53:35
質問者④:ありがとうございます 長老:うん
02:53:40 - 02:53:46
司会:挙手していただけますか? 一番前の方に
02:53:47 - 02:53:54
長老:それと後ろに また二人 居るんです 司会:順番にお願いします
02:53:54 - 02:53:57
ちょっと手をあげていて下さい
02:53:57 - 02:54:03
質問者⑤:ありがとうございます 自分のエゴを抑えていくには
02:54:03 - 02:54:07
具体的にどういったことをしていけば よろしいでしょうか?
02:54:08 - 02:54:15
司会:自分のエゴを抑えていくには 具体的に どういうことをしていけばいいか
02:54:15 - 02:54:18
長老:うーん… ずっと それ喋ってたんだけどねぇ 会場:[ 笑い ]
02:54:18 - 02:54:23
質問者⑤:すいません ちょっと 理解できてないところがあるんで
02:54:35 - 02:54:45
長老:じゃあ まぁ ずうっとそれ喋ってきたんだけど ポイント たくさんで結構 智慧が必要ですよ
02:54:45 - 02:54:50
で まず このポイントだけ覚えて下さい 質問者⑤:はい
02:54:50 - 02:54:57
長老:「私が思う」ね 「私が考える」 両方とも当てにならない
02:54:58 - 02:55:05
私が思ったからと言って正しいわけじゃない これ私の主観です
02:55:05 - 02:55:11
私が考えたからと言って 私は間違ったデータ合わせて考えたんだから
02:55:11 - 02:55:13
あてにならない
02:55:13 - 02:55:18
でも 今は精一杯 これしかできん 質問者⑤:はい
02:55:18 - 02:55:24
長老:でしょ? 自分が何か考えたら ご自分の精一杯でしょ?
02:55:24 - 02:55:27
それも理解して
02:55:28 - 02:55:36
だからと言って正しくはないんだと いう感じで執着を減らすんです
02:55:36 - 02:55:40
それで誰かが 友達が 考えを聞いて
02:55:40 - 02:55:47
「あのね お前 本当におかしい」 と言われたとしましょう
02:55:47 - 02:55:51
エゴがあったら腹が立つんです
02:55:51 - 02:56:03
その時「えっ? そう? そう思うの? ちょっと説明してくれませんか」と
02:56:03 - 02:56:08
で その人の version(意見)も聞いてみる
02:56:08 - 02:56:17
その人の version(意見)を聞いて 自分の思考を いくらか訂正する
02:56:17 - 02:56:21
そういうふうに生きてみるんです
02:56:21 - 02:56:33
「いわゆる固定した自分は存在しない」と 「いつでも変化して発展している自分だ」と
02:56:33 - 02:56:41
変化するのは変化しますけど 変化は「発展」っていうことにするんです
02:56:41 - 02:56:47
そういう考えで生きてみれば
02:56:47 - 02:56:55
残念ながら仏教っていうのは科学なんですよ 新興宗教じゃないんです
02:56:55 - 02:57:02
だから ちょっと難しく感じる可能性あります
02:57:02 - 02:57:11
で 今言ったことは心理学的に正しいと こちら思う生き方でそこをちょっとやってみて下さい
02:57:11 - 02:57:15
質問者⑤:はい ありがとうございます
02:57:15 - 02:57:20
司会:はい その後ろの方で手をあげてらっしゃった方 いらっしゃいますよね?
02:57:20 - 02:57:24
じゃ ちょっと そのままマイクを 後ろに回していただけますか
02:57:24 - 02:57:31
質問者⑥:ありがとうございます 比較的始めの方で
02:57:31 - 02:57:34
自分の世界っていうものが 自分の妄想から出来上がった世界を
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それぞれが持ってるっていう話を仰っていて それが すごく腑に落ちたんですけど
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自分の世界を作る時には 結構 嘘を つくことがあると思うんですよね
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仕事でうまいこと行かなかった時に 「あれは運が悪かっただけだ」とか
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あるいは「あれは何かしたから 祟りとかバチが当たったんだ」みたいな感じで
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自分をごまかしたり そういう嘘をつくことが あると思うんですけど
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やっぱりそういうことは 良くないことなんでしょうか?
02:58:04 - 02:58:06
長老:うーん…
02:58:06 - 02:58:13
まぁ 物事 断言的に良い・良くない って言うことは難しいんだけど
02:58:14 - 02:58:16
まぁ…
02:58:17 - 02:58:20
時々 そういう経験もありますね
02:58:23 - 02:58:34
どちらにしても自分の主観だからね 「まぁ 別に」っていう感じでいればね
02:58:37 - 02:58:49
じゃあ 論理的なポイント言いますよ 「自分の見解に囚われるなよ」と
02:58:49 - 02:58:57
見解っていうのは その時 その条件で 作った精一杯のことかも
02:58:57 - 02:59:04
でも データ変わり次第 入り次第 観察能力 成長する次第で
02:59:04 - 02:59:10
見解は改良しなくちゃいかんですね
02:59:10 - 02:59:14
だから 我々は もう…
02:59:17 - 02:59:22
思ったことは そのまま正しいと思って そこでストップしちゃうんですね
02:59:23 - 02:59:28
そこは ちょっとやめた方がいいんですよ
02:59:32 - 02:59:40
まぁ そういうことで 「いつでも 見解を停止して 停止していきましょう」と
02:59:40 - 02:59:44
質問者⑥:分かりました ありがとうございます
02:59:44 - 02:59:49
司会:まだ若干お時間ございますけど 長老:あの後ろ二人ぐらい手を…
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司会:じゃあ 順番にマイクをお渡ししていきます
02:59:56 - 02:59:58
質問者⑦:すいません ありがとうございます
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ひとつ質問がありまして 自分の個人的なことなんですが
03:00:06 - 03:00:17
一番初めに 自分自身で世界をそれぞれ作ってる っていうことで それは認識します
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人それぞれ それぞれの世界があるということで
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で ちょっと自分の個人的なことで
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夫婦間の旦那さんの方も やはり自分の世界を自分で作っている
03:00:34 - 03:00:37
それも理解できます
03:00:37 - 03:00:47
で その旦那さんが作っている怒りとか それは怒りっていうのは自分自身で作っている捏造
03:00:47 - 03:00:55
捏造を怒りで旦那さん自身が作っている場合 で こちらは相手を助ける必要はない
03:00:55 - 03:01:04
助けてはいけない それは お互いの世界だからっていうことなんですが
03:01:04 - 03:01:12
そういった場合は助けることもできない 本人が作っている捏造の世界
03:01:12 - 03:01:18
こういったことは私としてはどのように
03:01:18 - 03:01:26
もう ただ「彼の世界です」「私 の世界です」 「別々です」っていうことで続けていくべきなのか
03:01:26 - 03:01:30
ちょっと分からなくて質問させてもらいました
03:01:30 - 03:01:32
長老:はい
03:01:36 - 03:01:41
まぁ 夫婦ですから
03:01:42 - 03:01:51
いくらか相手の生活に入り込む 権利がありますからね
03:01:51 - 03:01:58
完全に入り込む権利はないんだけど いくらか入り込む権利はありますね
03:02:02 - 03:02:05
ですから…
03:02:08 - 03:02:19
向こうが怒りで苦しんでる場合は 「まぁまぁ あなたの世界のことは置いといて
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今は楽しく二人で映画でも見よう」とかね
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あるいは何か「散歩にでも行こうかな」とかね で 何となくテーマ変えて安らぎを与えるとかね
03:02:34 - 03:02:40
ということで助けてあげることができます
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人が一番 嫌がるのは 指をさして 「これ やるなよ」って言うのはね
03:02:47 - 03:02:53
これ 嫌がるんですね 「怒るなよ」と言ったらいかんね
03:02:55 - 03:03:00
その人は仕方がなく怒っているんだからね
03:03:01 - 03:03:11
だから 子供が勉強しないで怠けてふざけていると 「ふざけるなよ!」って言ってはいかんね
03:03:12 - 03:03:19
だから 何か別な方法で
03:03:21 - 03:03:32
何か面白く喋ってね 雰囲気を 気持ちを emotion(感情)をちょっと変えてあげたりすれば
03:03:33 - 03:03:37
例えば 子供がふざけて怠けている場合
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ちょこっと何か「これこれを お願い しますからやってくれ」とかね
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何かつまらない何か頼んで やってあげたら大いに喜んで
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「おぉ! すごいね やってくれて ありがとうございます」とか余計に 褒めると
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子どもは「え? 何か ちょっと変ですけど」とか 思って その気持ちで また頑張る気持ちになります
03:03:58 - 03:04:02
そういう風な色々工夫ありますよ
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そこで それぞれ互いに助け合う 助け合っても一人ひとりが自分の世界に生きてますよ
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私が思い出したのは
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あるビンにビー玉を入れたような 感じなんですよ 家族っていうのは
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ビンの中にビー玉が五個あると でも五個でしょ いつでも
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溶けて一個にはなりませんね
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だから ビー玉がお互いにぶつからないように お互いに美しく見えるように
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ちょっと整理しておく それぐらいは できます
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はい 頑張って下さい
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There is another person. もう一人… はい
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司会:もうひと方 手をあげてらっしゃる
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質問者⑧:すいません
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自分が何か失敗したり 悪いことをした時に 自分に返ってくるというのは
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何となく分かるんですけれども
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自分が失敗したり 悪いことをした時に なかなか他の人に対して
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「申し訳なかったな」という 気持ちが 出てこなくて
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他の人に対して「申し訳なかったな」っていう 気持ちは どうやったら出てくるでしょうか?
03:05:46 - 03:05:52
長老:あ これはもう あなたは すごく自我が強くて
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「我が輩は 正しいんだ」という恐ろしい錯覚が まだまだ 強いんです
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だから 今日の説法で「我が輩は正しくある はずがない」っていうことに入れ替えて下さい
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だから 失敗しますよ 人間がね 失敗で人に迷惑かけたりもする
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その場合は当然「申し訳ない」 っていう気持ちが必要なんです
03:06:28 - 03:06:37
で 「何か文句あるの?」という態度 取っちゃうと 「だから何?」という態度 取っちゃうと
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これ あまりにも自我がありすぎなんですね
03:06:50 - 03:06:55
そこら辺でね 自分というものは決して…
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自分の主観で生きてるんだから 主観っていうのは 瞬間 瞬間 変わるものだからね
03:07:03 - 03:07:08
あの鏡の例え 鏡って言ったら 私は 何か変な鏡を教えたでしょ
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何か粘土みたいな 何か もう 動く 変化する鏡
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この もう 立体的で これは色んな形になる
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だから その場その場で映る画像が変わるんですね
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だから そういう鏡だったら永久的に 正しく画像が映ることは不可能ですね
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だから 禅の世界ではね「鏡 壊せ」と言って 最終的な悟りを表現していますけどね
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まぁ そこまで じわじわと 人は成長しなくちゃいけないんですね
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だから これ ちょっと観察しないと難しいんで
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いつだって私たちは「自分が正しい」 という前提で 生きているんですよ
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で 帰る時はどんな風に帰ればいいかっていうことは
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自分が帰る道順 考えてるでしょ? で それは正しいと思っているんです
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その場合はあまり問題は起きません
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しかし 自分が決めたこと以外にも 家に帰る方法はありえる
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で そんな程度はいいんでね
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買い物に行く前に「これこれ 買います」 と決めて行って それを買う
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店で やっぱり見たら「これより もっと いい物あるんじゃないかな」と
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思ったらどうするのか と
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二つ できます
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前もって決めたことを消して もっと見つけたいいものを買うか
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あるいは これを買うために来たんだから これを買って帰るか
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どちらでもいいんですね
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だから いつでも自分を…
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自分が正しいと(思って) 我々は誰だって生きているんだけど
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その中で あまり問題ないこともあるし 停止した方が いいものもあるし
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やめた方がいいものも あるしね
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例えば 楽しいから麻薬を使うとかね
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やめた方がいいんです
03:10:23 - 03:10:29
麻薬を使ってる人々は 結構楽しんでやってます
03:10:30 - 03:10:37
「あぁ 楽しいでしょう じゃ どうぞ やって下さい」は ちょっとね
03:10:37 - 03:10:45
そういう感じで 断言やめることもあるし 訂正するべきものもあるし
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まぁ ほっといたっていいものも 色々ありますからね
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それは 色々 ちょっと自分の宿題として 頑張ってみて下さい
03:11:00 - 03:11:05
司会:すいません ちょっと時間が かなり押してしまったので
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質疑応答 これで終了させて いただきたいと思います
03:11:08 - 03:11:16
最後に「祈願文」というパーリ語の偈を 皆さんでお唱えして終了したいと思います
03:11:17 - 03:11:19
よろしくお願いします
03:11:19 - 03:11:23
長老:はい 一緒に唱えましょう
03:11:24 - 03:11:28
Dukkhappattā ca niddukkhā
03:11:28 - 03:11:34
Bhayappattā ca nibbhayā
03:11:34 - 03:11:41
Sokapattā ca nissokā
03:11:41 - 03:11:45
Hontu sabbepi pāṅino
03:11:46 - 03:11:50
苦しんで悩む生命が 苦しみなく
03:11:50 - 03:11:54
恐れて悩む生命が 恐れなく
03:11:54 - 03:11:58
悲しんで悩む生命が 悲しみなく
03:11:58 - 03:12:03
一切の生命が 安穏でありますように
03:12:03 - 03:12:06
Sādhu! Sādhu! Sādhu! 善きかな! 善きかな! 善きかな!
03:12:06 - 03:12:17
はい ありがとうございます [拍手]
03:12:18 - 03:12:20
事務局:本日は皆様 ご参加 ありがとうございました
03:12:20 - 03:12:22
お知らせが 四つ あります
03:12:22 - 03:12:28
まず お配りしたアンケート用紙ですが 受付を出たところで回収しています
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QRコードでも回答できますので ご協力お願いいたします
03:12:33 - 03:12:36
二つ目のご連絡です