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お釈迦さまは「この世にはとても得難い三つの『レアキャラ』がいるのだ」 と説かれています。えっ? ちょっと気になりませんか?
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四六時中まとわりつく自自尊心・意識を活かして、自分自身を助け、あるい は周囲の人々を助ける上手い方法はあるものでしょうか?
ネットワーク化の進展で「所有」から「無所有」へと転換しつつある現代社会。 お釈迦様が説かれた「無所有」をどう理解し実現するのか?
お釈迦様の教えから、私たちが自分の人生を幸福に導きながら、なおかつ他 の人々にも貢献できる「聞き上手」になる秘訣を学びます。
無理解な人々から数知れなハラスメントに晒されつつ、決して屈することな く、人類の精神革命を成し遂げたブッダのアプローチとは?
ブッダは生命の苦を解決するßデータを瞬時に取り出す「検索の達人」でし た。各人が「調べる力」を高めて幸福に達する方法を学びます。
実況中継の理論から立つ・歩く・座るの瞑想まで。8つのステップで基礎から 学べるヴィパッサナー瞑想の世界。(YouTubeで配信している動画と同じ内容です。)
ライブ配信で開かれた二〇二〇年ウェーサーカ祭より。スマナサーラ長老による 「慈悲の瞑想フルバージョン」指導・記念法話・祝福読経等。
ありのままの事実にはわずかな神秘もない。心を成長させるための脱神秘論。 協会YouTubeチャンネルで配信された法話のDVD版です。
仏教を学ぶ私たちがそれぞれの生活のなかで「責任を果たす」生き方とは何 か?という観点から出家者と道について考えてみましょう。
信頼を築くための生き方の法則は存在するのか? 人間関係や社会の中で決 して揺るがない信頼はあり得るのか? ブッダに学びます。
どんな状況に直面してもその場その場で巧みに対応して、自分自身と周囲の環境を明るさと安らぎに満たしていく具体的な方法論を学んでみましょう。
2021年(令和三年)釋尊祝祭日の法要と記念式典@ゴータミー精舎より、長老方のご法話や祝福読経などをDVD二枚組にまとめて頒布いたします。 V305ー1:お布施式法要/スマナサーラ長老法話「布施と宇宙法則①・②」/ ウィセッタ長老法話/祝福のお経(21/05/15収録,135min) V305ー2:「釈尊祝祭日 ウェーサーカ記念行事」スマナサーラ長老法話「ウェーサーカ祭のルーツを尋ねて」「釈迦牟尼仏陀『歓喜の言葉』を読む」/スリランカ声明による転法輪経(21/05/16収録,98min)※YouTube配信と同じ内容です。
仏教の法話では、よく「正義の味方になってはいけない」「自分が正義だと思うことはとんでもない」と戒められます。俗世間でもネット上での過剰なバッシングなどについて「正義の暴走」が憂慮されることはありますが、とりわけ仏教と「正義」の相性は悪いような印象を受けます。しかし、言葉の定義を調べてみると、正義とは「人の道にかなっていて正しいこと」「人間の社会的関係において実現されるべき究極的な価値」などとされています。そうであれば、仏教が「正義」と無縁であるとも思えなくなります。むしろ積極的に「正義」を推奨している教えのようにも解釈できます。慈悲喜捨や八正道の実践こそが文字通りの「正義の実行」であり、仏教徒こそが「正義の味方」ではないか、という気もしてきます。しかし、ブッダや仏弟子たちは「正義」を目の前にして「ちょっと待て!」と戒めるのです。果たして、仏教では、「正義」という問題をどのように考えてきたのでしょうか? 仏教にも独自に「正義」があるのだとすれば、それは他の宗教・哲学・イデオロギーとどのように違うのでしょうか? 2022年の新春講演会では、ブッダの「正義」論というテーマについて、じっくり考えてみましょう。
Self esteem(自尊心) Self valuation of one’s personality is necessary. 自分を評価してみることが必要です。
釈尊祝祭日ウェーサーカ祭 午後の祝福読経と法話の部
釈尊祝祭日ウェーサーカ祭 午後の部 前編
釈尊祝祭日ウェーサーカ祭 午後の部 後編
平等と公平は実現できるのか? 私たちは、「誰でも差別なく同じように扱いましょう。平等、公平が大事ですよ」と教わって育ちます。なるほど尊敬すべき、素晴らしい理念です。けれども実際には、社会も学校も家庭でさえも理不尽な差別だらけで、平等や公平からほど遠いのです。平等や公平は「絵に描いた餅」と諦めるしかないのでしょうか。とても魅力的なのに実現が難しい平等、公平という理念に、仏教からアプローチします。
仏教では「布施」を善行為としています。一般の社会でも同じく、「与える」ことは美徳だとされています。しかし、そのロジックは微妙にすれ違っています。俗世間で与えることが褒められるのは、それが「自分から損をする」という奇特な行為だからです。世の中では、誰もが疑いなく、「他人に何かを与えたら、自分の持っているものが無くなる」と考えています。しかし、仏教では「与える行為によって、すべてを得るのだ」と、まるで逆のことを説くのです。一般常識では納得がいかない、賛成しがたい話なので、仏教の「与える」論はみんなから無視されて終わるのです。2023年の初期仏教新春講演会では、「与える」行為の心理学的な働きをひもときながら、この問題を分析して、解決に導いてみましょう。※WiーFi不調で配信が途切れがちだったので完全版を再アップいたします。
人間は動物と同じく、生まれ持った本能のまま生きたがります。そのほうが楽だからです。ということは、「野生のまま、野蛮なままで生きたい」という気持ちを懐いているのです。しかし、その気持ちに従うと危険です。私たちは社会的に、精神的に成長しなくてはならないのです。道徳とは、野性的に生きたがる本能を抑えて、苦労してでも人間を成長させる、進化させる生き方のことです。一般社会でも他の宗教でも道徳的な教えを説いていますが、その根拠を明確に定められないので、頭ごなしに「守れ」と脅すはめになっています。結局、世間の道徳は実行力が弱いのです。それに対して、真理を知り尽くしたお釈迦様は、「猛毒を飲んだら死にます。だから試しにでも飲んではいけない」という明確な提案の形で道徳を説いたのです。三月の月例講演会では、ブッダが提唱された道徳(戒)の教えと実践について、詳しく学んでみましょう。
人類社会は物質的な繁栄を追い求めてきました。周囲の地球環境を人間の都合に合わせて改造し、その代償として他の生命に絶滅を強いるばかりか、気候危機が人類社会の存続すら危うくするに至っています。もっと身近なレベルで見ても、私たちは肉体の健康や美容のためにエネルギーの大半を注ぎ込んでいます。その努力の結果は皆無ではないけれど、誰も死というバッドエンドを避けることに成功していないのです。お釈迦さまは人類に対して、「外界の物質や自分の肉体をいくら弄り回したところで、そこには何の成長もない。しかし、こころは生命の次元を破って成長させることができるのだ」と説かれました。そのために示されたプログラムが〈バーワナー〉です。一般的に「瞑想」と訳されるバーワナーは、物質に執着し、感情に溺れ、狭い世界を堂々巡りする私たちのこころを成長の軌道に乗せるべく、精密に設計されたブッダの実践法なのです。4月の月例講演会では、大きく二種類に分けられるバーワナーの世界をじっくり学んでみましょう。
釈尊祝祭日 ウェーサーカ祭記念式典 午後の部
釈尊祝祭日 ウェーサーカ法要/新僧房お布施式