初期仏教塾
動画一覧視聴履歴初期仏教とはヴィパッサナー瞑想とはアルボムッレ・スマナサーラ長老お知らせX
メニューを開く
動画一覧視聴履歴初期仏教とはヴィパッサナー瞑想とはアルボムッレ・スマナサーラ長老お知らせX

動画一覧

検索対象

「全て」を外すと、選択した項目だけを検索します。

検索: 病気 ×経典解説 ×ダンマパダ ×すべて解除
月例講演会経典解説
ダンマパダアビダンマ大念処経スッタニパータ四聖諦中部経典121『小空性経』中部経典23『蟻塚経』中部22「蛇喩経(Alagaddūpamasuttaṃ)」中部121「大空性経(Mahāsuññatasuttaṃ)」MN82 ラッタパーラ経MN87 愛生経MN88 外衣経アングッタラニカーヤ(増支部経典)サンユッタニカーヤ(相応部経典)中部経典 考相経中部経典 大空性経中部経典99 スバ経中部経典 第24 伝車(中継車)経中部経典8『Sallekha-sutta』中部61「アンバラッティカー・ラーフラ教誡経(Ambalaṭṭhikarāhulovādasuttaṃ)」Pemadosa Suttaアングリマーラ経・法の六徳 Dhamma Vandanā, ・S.I,186 (SN Sagāthāvaggapāḷi 3. Kosalasaṃyuttaṃ, 2. Dutiyavaggo, 7. Appamādasuttaṃか)・S,I.22(SN Sagāthāvaggapāḷi 1. Devatāsaṃyuttaṃ 4. Satullapakāyikavaggo 4. Nasantisuttaṃの一節か)・S.III,164 (SN Khandhavaggo 1. Khandhasaṃyuttaṃ 12. Dhammakathikavaggo 5. Bandhanasuttaṃ 「束縛経」(『相応部』22-117)の一部か) ・S. III, 28(Khandhavaggo 1. Khandhasaṃyuttaṃ 3. Bhāravaggo 6. Dutiyaassādasuttaṃ「第二の楽味経」(『相応部』22-27)の一部か・M. 3. 187(Bhaddekaratta Sutta, 日々是好日経か) ・S. 1. 4 (Sagāthāvaggo, 1. Devatāsaṃyuttaṃ 1. Naḷavaggo 10. Araññasuttaṃか) ・Sanyutta Nikaya. 1.37(Sagāthāvaggo 1.Devatāsaṃyuttaṃ 6. Jarāvaggo 6. Dutiyajanasuttaṃか) ・Sanyutta nikaya I. 42 (Sagāthāvaggo 1.Devatāsaṃyuttaṃ 8. Chetvāvaggo 3. Vittasuttaṃ か)長老偈(テーラガーター)長老尼偈(テーリーガーター)増支部経典七集第七経「ウッガ経(AN 7-7 Ugga sutta)」中部経典 第152 感覚修習経

全83件中 61〜83件

2000年代(74)2010年代(5)2020年代(1)年代不明(3)

2000年代

14 件
DVD ID: DD-52
芯の強い人となれ 1
経典解説ダンマパダ

芯の強い人となれ 1

アルボムッレ・スマナサーラ長老のダンマパダ(法句経)講義です。078偈(6. Paṇḍitavagga 賢者の章)を解説します。 78 Na bhaje pāpake mitte, na bhaje purisādhame; Bhajetha mitte kalyāṇe, bhajetha purisuttame. 邪悪な友に親しむな 下劣なものに近づくな 善き友にこそ親しみて 親近(しんごん)せんは最上の人 (参考和訳:江原通子) ※一部お聞き苦しい箇所があります。予めご了承ください。

文字起こし

01:50:17それで体のDNAを改良して病気を治しちゃうという
2007年12月23日(日)
YouTube
DVD ID: DD-52
芯の強い人となれ 2
経典解説ダンマパダ

芯の強い人となれ 2

アルボムッレ・スマナサーラ長老のダンマパダ(法句経)講義です。078偈(6. Paṇḍitavagga 賢者の章)を解説します。 78 Na bhaje pāpake mitte, na bhaje purisādhame; Bhajetha mitte kalyāṇe, bhajetha purisuttame. 邪悪な友に親しむな 下劣なものに近づくな 善き友にこそ親しみて 親近(しんごん)せんは最上の人 (参考和訳:江原通子) ※一部お聞き苦しい箇所があります。予めご了承ください。

文字起こし

00:48:34お釈迦様にあって いろいろ病気とかね
2007年12月23日(日)
YouTube
DVD ID: DD-53
真理を学ぶ生き方とは 1
経典解説ダンマパダ

真理を学ぶ生き方とは 1

アルボムッレ・スマナサーラ長老のダンマパダ(法句経)講義です。079偈(6. Paṇḍitavagga 賢者の章)を解説します。 79 Dhammapīti sukhaṃ seti, vippasannena cetasā; Ariyappavedite dhamme, sadā ramati paṇḍito. 真理悦(よろこ)ぶその人は 心清らに安住す 聖者の説ける教えをば 賢者は常に楽しめり (参考和訳:江原通子) ※一部お聞き苦しい箇所があります。予めご了承ください。

文字起こし

01:41:19病気になっても 人間としてできている人は全然心配もしない
2008年4月12日(土)
YouTube
DVD ID: DD-53
真理を学ぶ生き方とは 2
経典解説ダンマパダ

真理を学ぶ生き方とは 2

アルボムッレ・スマナサーラ長老のダンマパダ(法句経)講義です。079偈(6. Paṇḍitavagga 賢者の章)を解説します。 79 Dhammapīti sukhaṃ seti, vippasannena cetasā; Ariyappavedite dhamme, sadā ramati paṇḍito. 真理悦(よろこ)ぶその人は 心清らに安住す 聖者の説ける教えをば 賢者は常に楽しめり (参考和訳:江原通子) ※一部お聞き苦しい箇所があります。予めご了承ください。

文字起こし

00:19:36病気になったら年前から考えると悔しいんですね
2008年4月12日(土)
YouTube
DVD ID: DD-55
賢者は「五蘊」を研究する 1
経典解説ダンマパダ

賢者は「五蘊」を研究する 1

アルボムッレ・スマナサーラ長老のダンマパダ(法句経)講義です。082-083偈(6. Paṇḍitavagga 賢者の章)を解説します。 82 Yathāpi rahado gambhīro, vippasanno anāvilo; Evaṃ dhammāni sutvāna, vippasīdanti paṇḍitā. 湛(たた)えて深き湖は 明澄(めいちょう)にして濁りなし 賢人達はもろもろの 教えを聞きてこころ晴朗 83 Sabbattha ve sappurisā cajanti, na kāmakāmā lapayanti santo; Sukhena phuṭṭhā atha vā dukhena, na uccāvacaṃ paṇḍitā dassayanti. 大人(たいじん)常に欲を捨て 欲の饒舌なかりけり 苦楽によりて賢者らは 掉擧(じょうこ)落こみ現さず (参考和訳:江原通子) ※一部お聞き苦しい箇所があります。予めご了承ください。

文字起こし

00:28:19例えば病気がなくなったら損しますかと00:28:30病気でいた時はみんなちゃんと面倒見てくれたんだとかね
2008年7月12日(土)
YouTube
DVD ID: DD-55
賢者は「五蘊」を研究する 3
経典解説ダンマパダ

賢者は「五蘊」を研究する 3

アルボムッレ・スマナサーラ長老のダンマパダ(法句経)講義です。082-083偈(6. Paṇḍitavagga 賢者の章)を解説します。 82 Yathāpi rahado gambhīro, vippasanno anāvilo; Evaṃ dhammāni sutvāna, vippasīdanti paṇḍitā. 湛(たた)えて深き湖は 明澄(めいちょう)にして濁りなし 賢人達はもろもろの 教えを聞きてこころ晴朗 83 Sabbattha ve sappurisā cajanti, na kāmakāmā lapayanti santo; Sukhena phuṭṭhā atha vā dukhena, na uccāvacaṃ paṇḍitā dassayanti. 大人(たいじん)常に欲を捨て 欲の饒舌なかりけり 苦楽によりて賢者らは 掉擧(じょうこ)落こみ現さず (参考和訳:江原通子) ※一部お聞き苦しい箇所があります。予めご了承ください。

文字起こし

00:23:53精神的な病気で作っている神の概念00:36:36すごく病気なんですね
2008年7月12日(土)
YouTube
DVD ID: DD-57
解脱にいたる「善のストレス」 1
経典解説ダンマパダ

解脱にいたる「善のストレス」 1

アルボムッレ・スマナサーラ長老のダンマパダ(法句経)講義です。085-086偈(6. Paṇḍitavagga 賢者の章)を解説します。 85 Appakā te manussesu, ye janā pāragāmino; Athāyaṃ itarā pajā, tīramevānudhāvati. 僅かの人は彼の岸に 渡り至るを得たれども 残る多くの人々は こちらの岸を右往左往す 86 Ye ca kho sammadakkhāte, dhamme dhammānuvattino; Te janā pāramessanti, maccudheyyaṃ suduttaraṃ. 善く説かれたる法を聞き それを実践する人は のり越え難き死の領域(くに)を こえて彼岸に至らなん (参考和訳:江原通子) ※一部お聞き苦しい箇所があります。予めご了承ください。

文字起こし

00:29:42だから病気に合わせて普通のお米でおかゆを飲みなさい
2008年12月20日(土)
YouTube
DVD ID: DD-57
解脱にいたる「善のストレス」 2
経典解説ダンマパダ

解脱にいたる「善のストレス」 2

アルボムッレ・スマナサーラ長老のダンマパダ(法句経)講義です。085-086偈(6. Paṇḍitavagga 賢者の章)を解説します。 85 Appakā te manussesu, ye janā pāragāmino; Athāyaṃ itarā pajā, tīramevānudhāvati. 僅かの人は彼の岸に 渡り至るを得たれども 残る多くの人々は こちらの岸を右往左往す 86 Ye ca kho sammadakkhāte, dhamme dhammānuvattino; Te janā pāramessanti, maccudheyyaṃ suduttaraṃ. 善く説かれたる法を聞き それを実践する人は のり越え難き死の領域(くに)を こえて彼岸に至らなん (参考和訳:江原通子) ※一部お聞き苦しい箇所があります。予めご了承ください。

文字起こし

00:17:23病気だったら病気になった原因というものがあるんですよ00:17:47この病気にはこの薬だと
2008年12月20日(土)
YouTube
DVD ID: DD-58
恐るべき「本性」からの脱出 1
経典解説ダンマパダ

恐るべき「本性」からの脱出 1

アルボムッレ・スマナサーラ長老のダンマパダ(法句経)講義です。087-089偈(6. Paṇḍitavagga 賢者の章)を解説します。※「賢者の章」完結編 87 Kaṇhaṃ dhammaṃ vippahāya, sukkaṃ bhāvetha paṇḍito; Okā anokamāgamma, viveke yattha dūramaṃ. 悪しきを捨てて賢人は 清き幸せ学べかし 家をば捨てて家を出で 遠く離れて独り棲め 88 Tatrābhiratimiccheyya, hitvā kāme akiñcano; Pariyodapeyya [pariyodāpeyya (?)] attānaṃ, cittaklesehi paṇḍito. そこに賢者は喜悦して 諸欲を捨てて無一物(むいちぶつ) 己を淨め自(みずから)の 心の垢を拂(はら)えかし 89 Yesaṃ sambodhiyaṅgesu, sammā cittaṃ subhāvitaṃ; Ādānapaṭinissagge, anupādāya ye ratā; Khīṇāsavā jutimanto, te loke parinibbutā. 菩提分(さとりのみち)をば厳修(ごんしゅう)し 執着なきを悦べば 光輝にみちてこの世にて 槃涅槃(パリニッバーナ)に既に入る (参考和訳:江原通子) ※一部お聞き苦しい箇所があります。予めご了承ください。

文字起こし

00:18:06だからその人は精神的な病気もありましたし00:36:26まあ病気ですから 別に怒らなくてもね
2009年3月14日(土)
YouTube
DVD ID: DD-59
旅の終わり 1
経典解説ダンマパダ

旅の終わり 1

ダンマパダ(法句経)講義 阿羅漢の章(Arahanta vagga)90偈 旅の終わり 燃え盛る「生」を乗り越える 90 Gataddhino visokassa, vippamuttasa sabbadhi; (輪廻という)旅を終え、憂いなく、全てにおいて解脱し、 Sabbaganthappahīnassa, pariḷāho na vijjati. 一切の束縛を断じた者にとって苦悩は見出されない。 人間は、正直に答えるならば、誰も「死にたくない」のです。輪廻は人間が考えるような生易しいものではありません。ものごとはいつでも壊れっぱなしです。壊れっぱなしということが、同時に現れっぱなしということでもあります。壊れては再び現れるが、それは同じものではない。再生ではなく、再有(同じものは生まれない)です。いつでも「旅の途中」という思いがあって、必死に生きているのです。死んだというのは、単に肉体の機能停止です。生命としてのエネルギーは続く。肉体が機能停止すると、「ちょっと待ってくれ、まだやることがある」となって、その心のエネルギーがまた再有になる。生きる目的に達しないならば、旅は続く。私たちは脅迫されて生きています。だから生きることは楽しくない。しかし目的に達していないから終わりたくない。シンプルに輪廻を見るとそう分かります。では誰に・何に、脅迫されて私たちは生きているのでしょうか? ※一部お聞き苦しい箇所があります。予めご了承ください。

文字起こし

01:07:47でも犬が何かやったらこちらの責任で犬が病気になったらこちらの責任で
2009年6月13日(土)
YouTube
DVD ID: DD-59
旅の終わり 2
経典解説ダンマパダ

旅の終わり 2

ダンマパダ(法句経)講義 阿羅漢の章(Arahanta vagga)90偈 旅の終わり 燃え盛る「生」を乗り越える 90 Gataddhino visokassa, vippamuttasa sabbadhi; (輪廻という)旅を終え、憂いなく、全てにおいて解脱し、 Sabbaganthappahīnassa, pariḷāho na vijjati. 一切の束縛を断じた者にとって苦悩は見出されない。 人間は、正直に答えるならば、誰も「死にたくない」のです。輪廻は人間が考えるような生易しいものではありません。ものごとはいつでも壊れっぱなしです。壊れっぱなしということが、同時に現れっぱなしということでもあります。壊れては再び現れるが、それは同じものではない。再生ではなく、再有(同じものは生まれない)です。いつでも「旅の途中」という思いがあって、必死に生きているのです。死んだというのは、単に肉体の機能停止です。生命としてのエネルギーは続く。肉体が機能停止すると、「ちょっと待ってくれ、まだやることがある」となって、その心のエネルギーがまた再有になる。生きる目的に達しないならば、旅は続く。私たちは脅迫されて生きています。だから生きることは楽しくない。しかし目的に達していないから終わりたくない。シンプルに輪廻を見るとそう分かります。では誰に・何に、脅迫されて私たちは生きているのでしょうか? ※一部お聞き苦しい箇所があります。予めご了承ください。

文字起こし

00:00:46あまりにも もうもう病気です00:17:32病気治したければもう呪文があります
2009年6月13日(土)
YouTube
DVD ID: DD-60
生命のHome(家)とは何か? 1
経典解説ダンマパダ

生命のHome(家)とは何か? 1

ダンマパダ(法句経)講義 阿羅漢の章(Arahanta vagga)91偈 生命のHome(家)とは何か? 愛すべき「我が家」との訣別のために 91 Uyyuñjanti satīmanto, na nikete ramanti te, 有念者は家を出る。彼らは家(にいること)を喜ばない。 Haṃsā va pallalaṃ hitvā okamokaṃ jahanti te. 白鳥たちが沼を捨てるが如く、彼らは家を捨てる。 私たちは何かに「愛着」を入れて、それをよりどころ(Home)にして生きています。故郷の人々はみな死んでしまったとしても、老人が故郷 を夢見るとそこには幼い日の田舎の姿がよみがえるのです。人間は、何らかのHomeなくしては生きていられません。動物も当然、自分のすみか(Home)をつくっています。動物をその生活環境(Home)から外に出すのはかなり難しく、動物自身にとっても厳しいことなのです。 生命が生きるために不可欠なHomeですが、「そのHomeがあるからこそ、生きる苦しみに終わりはないのだ」ということも覚えておかないといけません。 Homeがあることで、私たちは「生きることはやりきれないのだ」という事実に気づかず、生きています。もしHomeがなければ、人は膨大な仕事につぶされて、生きていられなくなる。恐ろしいストレス、苦しみです。Homeという観念があるから、須弥山ほどの仕事があっても、ぜんぶ放り投げて家に帰ってやるぞ、という気分でいられるのです。 ときどき、「家に戻りたくない」人が「家出」したりします。その人は、何かの理由でHorneがSweetではなくなったのです。その恨みで頑 張っているのですから、結局、その人の「生」のよりどころは恨んでいるHomeそのものなのです。あらゆる生命を巧妙に輪廻にしばりつける、このHome(家)という観念について、本講義で詳しく分析してみます。 ※一部お聞き苦しい箇所があります。予めご了承ください。

文字起こし

01:11:35自分がひどい病気になって01:11:48これはひどい病気だと
2009年7月4日(土)
YouTube
DVD ID: DD-60
生命のHome(家)とは何か? 3
経典解説ダンマパダ

生命のHome(家)とは何か? 3

ダンマパダ(法句経)講義 阿羅漢の章(Arahanta vagga)91偈 生命のHome(家)とは何か? 愛すべき「我が家」との訣別のために 91 Uyyuñjanti satīmanto, na nikete ramanti te, 有念者は家を出る。彼らは家(にいること)を喜ばない。 Haṃsā va pallalaṃ hitvā okamokaṃ jahanti te. 白鳥たちが沼を捨てるが如く、彼らは家を捨てる。 私たちは何かに「愛着」を入れて、それをよりどころ(Home)にして生きています。故郷の人々はみな死んでしまったとしても、老人が故郷 を夢見るとそこには幼い日の田舎の姿がよみがえるのです。人間は、何らかのHomeなくしては生きていられません。動物も当然、自分のすみか(Home)をつくっています。動物をその生活環境(Home)から外に出すのはかなり難しく、動物自身にとっても厳しいことなのです。 生命が生きるために不可欠なHomeですが、「そのHomeがあるからこそ、生きる苦しみに終わりはないのだ」ということも覚えておかないといけません。 Homeがあることで、私たちは「生きることはやりきれないのだ」という事実に気づかず、生きています。もしHomeがなければ、人は膨大な仕事につぶされて、生きていられなくなる。恐ろしいストレス、苦しみです。Homeという観念があるから、須弥山ほどの仕事があっても、ぜんぶ放り投げて家に帰ってやるぞ、という気分でいられるのです。 ときどき、「家に戻りたくない」人が「家出」したりします。その人は、何かの理由でHorneがSweetではなくなったのです。その恨みで頑 張っているのですから、結局、その人の「生」のよりどころは恨んでいるHomeそのものなのです。あらゆる生命を巧妙に輪廻にしばりつける、このHome(家)という観念について、本講義で詳しく分析してみます。 ※一部お聞き苦しい箇所があります。予めご了承ください。

文字起こし

00:06:12病気になったらダメなんです
2009年7月4日(土)
YouTube
DVD ID: DD-61
空を飛ぶ鳥のように
経典解説ダンマパダ

空を飛ぶ鳥のように

ダンマパダ(法句経)第7 阿羅漢の章(Arahanta vagga)92偈 空を飛ぶ鳥のように 〜空性と無相の境地へ〜 92 Yesaṃ sannicayo natthi, ye pariññātabhojanā, 彼らに蓄えがなく、彼らが食物の適量を知り、 suññato animitto ca vimokho yesaṃ gocaro, また、彼らの解脱の境地が、空にして無相であるなら、 ākāse va sakuntānaṃ gati tesaṃ durannayā. 空における鳥達の行方のように、彼らの行方は知り難い。 ここではお釈迦さまが、「阿羅漢に達する人とはこのような人だ」と語っているのです。これは一般人に理解できないことです。「阿羅漢に達する」ことは、普通の人間には絶対ない経験です。まるっきりない経験について説明されてもわからないでしょう。ですから、我々が知っている世界 から説明するしかない。しかし阿羅漢の境地は、我々が「知ってる世界」と違うのです。説明できないのです。ただ、その境地を目指して頑張る しかないのです。この92偈も阿羅漢の境地を説明しているところです。キーワードは、「空性(Suññatā)」と「無相(animitta」です。特に「無相(animitta)」について詳しくご説明します。 ※一部お聞き苦しい箇所があります。予めご了承ください。

文字起こし

00:05:24眼鏡が一緒に病気になっちゃった01:47:39だから あまりにも将来を考える人がすごく病気でしょ
2009年12月26日(土)
YouTube

2010年代

5 件
DVD ID: DD-62
「しっかり者」が覚りに達する
経典解説ダンマパダ

「しっかり者」が覚りに達する

ダンマパダ(法句経)第7 阿羅漢の章(Arahanta vagga)93-95偈 「しっかり者」が覚りに達する 〜優柔不断じゃモノにならない!〜 93 Yassāsavā parikkhīnā, āhāre ca anissito, 彼の諸々の煩悩が滅尽され、そして食物ににおいて無依存であり、 Suññato animmito ca vimokho yassa gocaro, また、彼の解脱の境地が、空にして(実体なく)無相である(形にとらわれない)なら、 ākāse va sakuntānaṃ padaṃ tassa durannayaṃ. 空における鳥達の足跡のように、彼の足跡(境地)は知りがたい。 94 Yass’ indriyāni samathaṅ gatāni, assā yathā sārathinā sudantā, 御者によって善く調御されている馬たちのように、彼の諸々の感官が静まり、 Pahīnamānassa anāsavassa devāpi tassa pihayanti tādino. 高慢を断じ、煩悩を滅尽した、そのような彼を諸々の神々さえも羨む。 95 Paṭhavīsamo no virujjhati, indakhīlūpamo tādi subbato, 大地のように怒ることがなく、帝柱のような善行者であり、 Rahado va apetakaddamo, saṃsārā na bhavanti tādino. 泥で濁っていない池のような、そのような者は諸々の輪廻はない。 修行を完成するための心の資質とは何か?中途半端で曖昧な性格を克服しなければ、覚りへの道は開けない。アングリマーラ長老のエピソードなどを交えながら、芯の強い精神をもって仏道に挑戦することの大切さを説く。聴く人を奮い立たせる、スマナサーラ長老「ダンマパダ(法句経)」講義の白眉。 ※一部お聞き苦しい箇所があります。予めご了承ください。

文字起こし

01:04:49人間は極限に病気に陥っているかどうかもよくわかりませんだけど
2010年3月27日(土)
YouTube
DVD ID: DD-63
覚りに達した人の心
経典解説ダンマパダ

覚りに達した人の心

ダンマパダ(法句経)第7 阿羅漢の章(Arahanta vagga)96偈 覚りに達した人の心 〜自由意志と因果法則〜 96 Santaṃ tassa manṃ hoti, santā vācā ca kamma ca; Sammadaññā vimuttassa, upasantassa tādino. 正しい知恵によって解脱して、やすらいに帰した人、 そのような人の心は静かである。ことばも静かである。行ないも静かである。 (中村元 訳) 「覚っていない我々は、いつも無意識の予断と、意識でやめろやめろと言っていることが戦っています。覚った人にはその葛藤がないのです。予断はあっても、それは貪瞋癡の予断ではないので、心が揺るがない。悩みがなくなると行動が抜群に早くなるのです。やろうかやるまいかと悩んでいるうちに時間がなくなってしまう。俗世間にいる人は、ひどく遅いのです。効率性がまったくない。修行して心の問題をなくしてしまえば、悩みがなくなるのです。心が決めたことをすればいいのです。」 ※一部お聞き苦しい箇所があります。予めご了承ください。

文字起こし

00:13:36極限な精神的な病気かっていうね00:21:53子供は死ぬわ 無病気になるわ
2010年7月3日(土)
YouTube
DVD ID: DD-64
あなたは仏教を信じますか?
経典解説ダンマパダ

あなたは仏教を信じますか?

ダンマパダ(法句経)第7 阿羅漢の章(Arahanta vagga)97偈 あなたは仏教を信じますか? 〜渇愛を破壊する「無信」の生き方〜 Assaddho akataññū ca, sandhicchedo ca yo naro; Hatāvakāso vantāso, sa ve uttamaporiso. 何ものかを信ずることなく、作られざるもの(=ニルヴァーナ)を知り、 生死の絆を断ち、(善悪をなすに)よしなく、欲求を捨て去った人、 ーーかれこそ実に最上の人である。 (中村元 訳) 「ある人から、「貴方はブッダの教えを信じますか?」と問われたサーリプッタ尊者は「信じません」と答えました。お釈迦さまはそれを称賛したのです。智慧のない人は他人の話を鵜呑みにするしかありません。しかし、自ら修行して覚りに達した人は、誰の話も「信じる」必要がないのです。信じるというのは人間としで情けないことです。自分の成長にハンディになって、前に進めなくなるからです。人間は疑うことで進歩してきました。神を信じていたら、まだ人間は原始人で狩猟採集で生活しているはずです。いくら文明が発達しても、私たちは「信じる」という弱みから自由になっていません。仏教を学んでいる私たちは、いくらか教えに納得しているだけで、まだ実験して自分で試していないのです。まだ仏教を「信仰」しているのです。 修行が進んで教えを自分で確かめていくと、信仰という「弱み」が消えていきます。信仰を乗り越えて、心が成長していくのです。弱みが完全に消えたら、その人はもう覚りに達しているのです。」 ※一部お聞き苦しい箇所があります。予めご了承ください。

文字起こし

00:07:16例えば誰かがね 自分のハンドパワーでもう病気を治せると言ったら00:07:32この人は病気でしたし
2010年9月25日(土)
YouTube
DVD ID: DD-65
ブッダ・ドリームを目指す生きかた
経典解説ダンマパダ

ブッダ・ドリームを目指す生きかた

ダンマパダ(法句経)第7 阿羅漢の章(Arahanta vagga)98, 99偈 ブッダ・ドリームを目指す生きかた 〜なにものにも動じない阿羅漢の”心”を学ぶ〜 98 Gāme vā yadi vāraññe, ninne vā yadi vā thale; Yattha arahanto viharanti, taṃ bhūmirāmaṇeyyakaṃ. 村においても 森においても 低地においても 平地においても 諸阿羅漢が住むところ その地は楽しいところなり 99 Ramaṇīyāni araññāni, yattha na ramatī jano; Vītarāgā ramissanti, na te kāmagavesino. 世人が楽しむことのない 森はいずれも楽しいところ 離貪の者らは楽しむであろう かれらは貪り求めぬゆえに (片山一良 訳) 「私たちは生きる上でいつでも問題を抱えていて、一つ解決するとまた他の問題に悩まされます。面白いことに、この問題さえなければ私は幸福だ、と平気で言う。でも、そんなことあり得ないのです。それどころか、私たちは無数のことを論って、いつでも文句を云っているのです。それが一般人の人生です。心は常に揺らいでいて、ちょっとしたことで途方にくれる。一欠片も安らぎがないのです。ブッダが教えているのは、この現実なのです。現実を観ないことにする、なかった事にする、ないがしろにする。それは「無知で生きる」ということでしょう。そうではなくて、現実を克服してみてはどうでしょうかと。俗世間では人生の目的として様々な「ドリーム」を追い求めますが、仏教が目標とするドリーム以上にカッコいいものはどこにもないのです。」 ※一部お聞き苦しい箇所があります。予めご了承ください。

文字起こし

01:12:26後で最後に あなた病気じゃありませんという答えでしたけど01:23:10病気だから病気と言っただけで
2011年1月23日(日)
YouTube
DVD ID: DD-67
時間のパリヤーヤ
経典解説ダンマパダ

時間のパリヤーヤ

ダンマパダ(法句経)第8 千にちなむ章(Sahassa vagga)110-115偈 時間のパリヤーヤ 〜「明日」という罠からの脱出〜 115 Yo ca vassasataṃ jīve, apassaṃ dhammamuttamaṃ; Ekāhaṃ jīvitaṃ seyyo, passato dhammamuttamaṃ. 無上の法を見ることもなく 百年生きながらえるよりは 無上の法を見通して 一日生きる方がまさる (片山一良 訳)※110-114略 震災の4年目ということで、今日は生きるとはどういうことかと考えてみたいと思います。これは誰にでもある問題で、私たちは「明日があります」と、明日を目指して生きているんです。「明日があるさ」という感じで。だから家を作るときも、明日があるから家を作る、仕事する時でも、畑田んぼを耕すときでも、「明日があるんだ」ということで、生きているんです。その気持ちがずっと心の中にあって、もう気づかないほどになっているんです。ここで明日と言っているのは象徴的な言葉で、「今ではない、先」のことです。いまの人生というのは大したことがなくて、しっかり生きるのは明日だと思っているんです。これに、ちょっとかっこいいフレーズを考えたんですが、われわれは「時間という罠(トラップ)」に嵌められているんです。時間とは、頭の観念で、いわゆる妄想の一つです。それに嵌ってしまって、なかなか抜けられないんです。 ※一部お聞き苦しい箇所があります。予めご了承ください。

文字起こし

00:08:40自分の妄想だから いろんな精神的な病気の方々いるでしょ00:08:52精神病っていうのはもうもう肉体の病気の数より精神の病気の数が多いんですね
2015年3月11日(水)
YouTube

2020年代

1 件
DVD ID: DD-1
人生は心のドラマだ
経典解説ダンマパダ

人生は心のドラマだ

アルボムッレ・スマナサーラ長老のダンマパダ(法句経)講義です。001偈と002偈(1. Yamakavagga 一対の章)を解説します。 001. Manopubbaṅgamā dhammā, manoseṭṭhā manomayā; Manasā ce paduṭṭhena, bhāsati vā karoti vā; Tato naṃ dukkhamanveti, cakkaṃva vahato padaṃ. もろもろの法は意を先に 意を主に意より作られる もしも汚れた意をもって 語り、あるいは行なえば それより苦がかれに従う 牛足跡の車輪のように 002. Manopubbaṅgamā dhammā, manoseṭṭhā manomayā; Manasā ce pasannena, bhāsati vā karoti vā; Tato naṃ sukhamanveti, chāyāva anapāyinī. もろもろの法は意を先に 意を主に意より作られる もしも清き意をもって 語り、あるいは行なえば それより楽がかれに従う 離れることなき影のように (参考和訳:片山一良『ダンマパダ全詩解説』大蔵出版) ※一部お聞き苦しい箇所があります。予めご了承ください。

文字起こし

00:55:23もう不幸 あんた病気になるんだから不幸だと00:55:27なんで病気になる?それはまあ
2022年5月11日(水)
YouTube

年代不明

3 件
特別講義 ありのままの自分を発見しましょう
経典解説ダンマパダ

特別講義 ありのままの自分を発見しましょう

「ありのままの自分」を発見することは、常に変化する自分の「顔」に気づくこと。さらに覚りとは、本音でも建前でもない、たった一つの「心」を発見することなのです。スマナサーラ長老のロングセラー『ありのままの自分――アイデンティティの常識を超える』(サンガ選書)の元となった5回の連続講義を全収録。

文字起こし

00:05:38これ結構危険なんで 特にこの精神的に病気な人々で01:27:05これが精神的な病気の原因ですけど
日付不明
YouTube
ダンマパダ解説 征服の戦略
経典解説ダンマパダ

ダンマパダ解説 征服の戦略

生きることが、支配すること―支配されることでしかないカラクリから抜け出し、真の勝利へといたるブッダの征服戦略。417, 418偈の解説。

文字起こし

01:03:52実はお家の息子が本当に病気で01:04:04あ そう 子供病気ですかと
日付不明
YouTube
ダンマパダ解説 忍耐に勝る力なし
経典解説ダンマパダ

ダンマパダ解説 忍耐に勝る力なし

怒り、金銭、精神的病気…試練続きで負けっぱなしの人生という戦いに勝利をもたらす、忍耐なる強力な軍隊の育て方。399偈の解説。

文字起こし

00:41:13だから 仏教の世界では精神的な病気の人というのは成り立たないんです00:41:21どこでも 逆に仏教は現代いろいろ病気に対して何何を教えているかと聞いたっても
日付不明
YouTube
← 前へ123
© 2026 初期仏教塾
運営:日本テーラワーダ仏教協会
ご意見・不具合はこちら