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ダンマパダアビダンマ大念処経スッタニパータ四聖諦中部経典121『小空性経』中部経典23『蟻塚経』中部22「蛇喩経(Alagaddūpamasuttaṃ)」中部121「大空性経(Mahāsuññatasuttaṃ)」MN82 ラッタパーラ経MN87 愛生経MN88 外衣経アングッタラニカーヤ(増支部経典)サンユッタニカーヤ(相応部経典)中部経典 考相経中部経典 大空性経中部経典99 スバ経中部経典 第24 伝車(中継車)経中部経典8『Sallekha-sutta』中部61「アンバラッティカー・ラーフラ教誡経(Ambalaṭṭhikarāhulovādasuttaṃ)」Pemadosa Suttaアングリマーラ経・法の六徳 Dhamma Vandanā, ・S.I,186 (SN Sagāthāvaggapāḷi 3. Kosalasaṃyuttaṃ, 2. Dutiyavaggo, 7. Appamādasuttaṃか)・S,I.22(SN Sagāthāvaggapāḷi 1. Devatāsaṃyuttaṃ 4. Satullapakāyikavaggo 4. Nasantisuttaṃの一節か)・S.III,164 (SN Khandhavaggo 1. Khandhasaṃyuttaṃ 12. Dhammakathikavaggo 5. Bandhanasuttaṃ 「束縛経」(『相応部』22-117)の一部か) ・S. III, 28(Khandhavaggo 1. Khandhasaṃyuttaṃ 3. Bhāravaggo 6. Dutiyaassādasuttaṃ「第二の楽味経」(『相応部』22-27)の一部か・M. 3. 187(Bhaddekaratta Sutta, 日々是好日経か) ・S. 1. 4 (Sagāthāvaggo, 1. Devatāsaṃyuttaṃ 1. Naḷavaggo 10. Araññasuttaṃか) ・Sanyutta Nikaya. 1.37(Sagāthāvaggo 1.Devatāsaṃyuttaṃ 6. Jarāvaggo 6. Dutiyajanasuttaṃか) ・Sanyutta nikaya I. 42 (Sagāthāvaggo 1.Devatāsaṃyuttaṃ 8. Chetvāvaggo 3. Vittasuttaṃ か)長老偈(テーラガーター)長老尼偈(テーリーガーター)増支部経典七集第七経「ウッガ経(AN 7-7 Ugga sutta)」中部経典 第152 感覚修習経

全325件中 61〜90件

2000年代(71)2010年代(5)年代不明(249)

2000年代

11 件
DVD ID: DD-53
真理を学ぶ生き方とは 2
経典解説ダンマパダ

真理を学ぶ生き方とは 2

アルボムッレ・スマナサーラ長老のダンマパダ(法句経)講義です。079偈(6. Paṇḍitavagga 賢者の章)を解説します。 79 Dhammapīti sukhaṃ seti, vippasannena cetasā; Ariyappavedite dhamme, sadā ramati paṇḍito. 真理悦(よろこ)ぶその人は 心清らに安住す 聖者の説ける教えをば 賢者は常に楽しめり (参考和訳:江原通子) ※一部お聞き苦しい箇所があります。予めご了承ください。

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00:00:21質問です 座って瞑想の時は00:00:26座ってする瞑想の時には
2008年4月12日(土)
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DVD ID: DD-54
なぜ心を育てるべきなのか?/賢者の不動心 1
経典解説ダンマパダ

なぜ心を育てるべきなのか?/賢者の不動心 1

アルボムッレ・スマナサーラ長老のダンマパダ(法句経)講義です。080-081偈(6. Paṇḍitavagga 賢者の章)を解説します。 80 Udakañhi nayanti nettikā, usukārā namayanti tejanaṃ; Dāruṃ namayanti tacchakā, attānaṃ damayanti paṇḍitā. 疎水師 水をみちびき 箭(や)の匠(たくみ) 箭をばととのえ 木の匠 木をばととのえ 賢者らは おのれととのう 81 Selo yathā ekaghano, vātena na samīrati; Evaṃ nindāpasaṃsāsu, na samiñjanti paṇḍitā. 盤石(はんじゃく)の岩 吹く風に 揺るがぬごとく賢者らは 毀誉褒貶(きよほうへん)の中に動かず (参考和訳:江原通子) ※一部お聞き苦しい箇所があります。予めご了承ください

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00:27:47瞑想することやらね そういうことで大胆なことじゃないんです00:53:46そうなんですけど だったら私は瞑想しますよと
2008年4月12日(土)
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DVD ID: DD-55
賢者は「五蘊」を研究する 3
経典解説ダンマパダ

賢者は「五蘊」を研究する 3

アルボムッレ・スマナサーラ長老のダンマパダ(法句経)講義です。082-083偈(6. Paṇḍitavagga 賢者の章)を解説します。 82 Yathāpi rahado gambhīro, vippasanno anāvilo; Evaṃ dhammāni sutvāna, vippasīdanti paṇḍitā. 湛(たた)えて深き湖は 明澄(めいちょう)にして濁りなし 賢人達はもろもろの 教えを聞きてこころ晴朗 83 Sabbattha ve sappurisā cajanti, na kāmakāmā lapayanti santo; Sukhena phuṭṭhā atha vā dukhena, na uccāvacaṃ paṇḍitā dassayanti. 大人(たいじん)常に欲を捨て 欲の饒舌なかりけり 苦楽によりて賢者らは 掉擧(じょうこ)落こみ現さず (参考和訳:江原通子) ※一部お聞き苦しい箇所があります。予めご了承ください。

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00:22:00例えば瞑想している人々は00:22:02瞑想の経験でいろんなことを喋ったりするんですね
2008年7月12日(土)
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DVD ID: DD-56
戒を守ることは「気づき」の実践 2
経典解説ダンマパダ

戒を守ることは「気づき」の実践 2

アルボムッレ・スマナサーラ長老のダンマパダ(法句経)講義です。084偈(6. Paṇḍitavagga 賢者の章)を解説します。 84 Na attahetu na parassa hetu, na puttamicche na dhanaṃ na raṭṭhaṃ; Na iccheyya adhammena samiddhimattano, sa sīlavā paññavā dhammiko siyā. 自他の為とて子や財や 国土をまでも求むるな 不法の繁栄欲するな 如法に持戒・聰慧たれ (参考和訳:江原通子) ※一部お聞き苦しい箇所があります。予めご了承ください。

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00:36:12彼を守り 慈悲の瞑想とヴィパッサナー修行によって生まれたこの功徳を
2008年9月27日(土)
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DVD ID: DD-57
解脱にいたる「善のストレス」 1
経典解説ダンマパダ

解脱にいたる「善のストレス」 1

アルボムッレ・スマナサーラ長老のダンマパダ(法句経)講義です。085-086偈(6. Paṇḍitavagga 賢者の章)を解説します。 85 Appakā te manussesu, ye janā pāragāmino; Athāyaṃ itarā pajā, tīramevānudhāvati. 僅かの人は彼の岸に 渡り至るを得たれども 残る多くの人々は こちらの岸を右往左往す 86 Ye ca kho sammadakkhāte, dhamme dhammānuvattino; Te janā pāramessanti, maccudheyyaṃ suduttaraṃ. 善く説かれたる法を聞き それを実践する人は のり越え難き死の領域(くに)を こえて彼岸に至らなん (参考和訳:江原通子) ※一部お聞き苦しい箇所があります。予めご了承ください。

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00:20:23瞑想の人ってごちゃごちゃ無茶苦茶なんですね00:33:41もう何だか瞑想したんだからうまくいくっていうことはね
2008年12月20日(土)
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DVD ID: DD-57
解脱にいたる「善のストレス」 2
経典解説ダンマパダ

解脱にいたる「善のストレス」 2

アルボムッレ・スマナサーラ長老のダンマパダ(法句経)講義です。085-086偈(6. Paṇḍitavagga 賢者の章)を解説します。 85 Appakā te manussesu, ye janā pāragāmino; Athāyaṃ itarā pajā, tīramevānudhāvati. 僅かの人は彼の岸に 渡り至るを得たれども 残る多くの人々は こちらの岸を右往左往す 86 Ye ca kho sammadakkhāte, dhamme dhammānuvattino; Te janā pāramessanti, maccudheyyaṃ suduttaraṃ. 善く説かれたる法を聞き それを実践する人は のり越え難き死の領域(くに)を こえて彼岸に至らなん (参考和訳:江原通子) ※一部お聞き苦しい箇所があります。予めご了承ください。

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00:08:22最後に最後に最後に最後に瞑想の世界に禅定の世界に入って悟りで終わっちゃうんです00:11:32呼吸瞑想にするんですね
2008年12月20日(土)
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DVD ID: DD-58
恐るべき「本性」からの脱出 2
経典解説ダンマパダ

恐るべき「本性」からの脱出 2

アルボムッレ・スマナサーラ長老のダンマパダ(法句経)講義です。087-089偈(6. Paṇḍitavagga 賢者の章)を解説します。※「賢者の章」完結編 87 Kaṇhaṃ dhammaṃ vippahāya, sukkaṃ bhāvetha paṇḍito; Okā anokamāgamma, viveke yattha dūramaṃ. 悪しきを捨てて賢人は 清き幸せ学べかし 家をば捨てて家を出で 遠く離れて独り棲め 88 Tatrābhiratimiccheyya, hitvā kāme akiñcano; Pariyodapeyya [pariyodāpeyya (?)] attānaṃ, cittaklesehi paṇḍito. そこに賢者は喜悦して 諸欲を捨てて無一物(むいちぶつ) 己を淨め自(みずから)の 心の垢を拂(はら)えかし 89 Yesaṃ sambodhiyaṅgesu, sammā cittaṃ subhāvitaṃ; Ādānapaṭinissagge, anupādāya ye ratā; Khīṇāsavā jutimanto, te loke parinibbutā. 菩提分(さとりのみち)をば厳修(ごんしゅう)し 執着なきを悦べば 光輝にみちてこの世にて 槃涅槃(パリニッバーナ)に既に入る (参考和訳:江原通子) ※一部お聞き苦しい箇所があります。予めご了承ください。

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00:12:19ヴィパッサナー瞑想で第一番目に挑戦するんですね00:16:51で ヴィパッサナー瞑想でこの七つを実践させるんですね
2009年3月14日(土)
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DVD ID: DD-58
恐るべき「本性」からの脱出 3
経典解説ダンマパダ

恐るべき「本性」からの脱出 3

アルボムッレ・スマナサーラ長老のダンマパダ(法句経)講義です。087-089偈(6. Paṇḍitavagga 賢者の章)を解説します。※「賢者の章」完結編 87 Kaṇhaṃ dhammaṃ vippahāya, sukkaṃ bhāvetha paṇḍito; Okā anokamāgamma, viveke yattha dūramaṃ. 悪しきを捨てて賢人は 清き幸せ学べかし 家をば捨てて家を出で 遠く離れて独り棲め 88 Tatrābhiratimiccheyya, hitvā kāme akiñcano; Pariyodapeyya [pariyodāpeyya (?)] attānaṃ, cittaklesehi paṇḍito. そこに賢者は喜悦して 諸欲を捨てて無一物(むいちぶつ) 己を淨め自(みずから)の 心の垢を拂(はら)えかし 89 Yesaṃ sambodhiyaṅgesu, sammā cittaṃ subhāvitaṃ; Ādānapaṭinissagge, anupādāya ye ratā; Khīṇāsavā jutimanto, te loke parinibbutā. 菩提分(さとりのみち)をば厳修(ごんしゅう)し 執着なきを悦べば 光輝にみちてこの世にて 槃涅槃(パリニッバーナ)に既に入る (参考和訳:江原通子) ※一部お聞き苦しい箇所があります。予めご了承ください。

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00:22:50拝礼の後に 慈悲の瞑想とヴィパッサナー修行によって積まれたこの功徳を
2009年3月14日(土)
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DVD ID: DD-59
旅の終わり 3
経典解説ダンマパダ

旅の終わり 3

ダンマパダ(法句経)講義 阿羅漢の章(Arahanta vagga)90偈 旅の終わり 燃え盛る「生」を乗り越える 90 Gataddhino visokassa, vippamuttasa sabbadhi; (輪廻という)旅を終え、憂いなく、全てにおいて解脱し、 Sabbaganthappahīnassa, pariḷāho na vijjati. 一切の束縛を断じた者にとって苦悩は見出されない。 人間は、正直に答えるならば、誰も「死にたくない」のです。輪廻は人間が考えるような生易しいものではありません。ものごとはいつでも壊れっぱなしです。壊れっぱなしということが、同時に現れっぱなしということでもあります。壊れては再び現れるが、それは同じものではない。再生ではなく、再有(同じものは生まれない)です。いつでも「旅の途中」という思いがあって、必死に生きているのです。死んだというのは、単に肉体の機能停止です。生命としてのエネルギーは続く。肉体が機能停止すると、「ちょっと待ってくれ、まだやることがある」となって、その心のエネルギーがまた再有になる。生きる目的に達しないならば、旅は続く。私たちは脅迫されて生きています。だから生きることは楽しくない。しかし目的に達していないから終わりたくない。シンプルに輪廻を見るとそう分かります。では誰に・何に、脅迫されて私たちは生きているのでしょうか? ※一部お聞き苦しい箇所があります。予めご了承ください。

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00:02:19それでも佐藤さん頑張って色々慈悲の瞑想あれこれやと教えたったんだと00:13:27恐怖心のあまりに瞑想して悟りに達することもあります
2009年6月13日(土)
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DVD ID: DD-60
生命のHome(家)とは何か? 2
経典解説ダンマパダ

生命のHome(家)とは何か? 2

ダンマパダ(法句経)講義 阿羅漢の章(Arahanta vagga)91偈 生命のHome(家)とは何か? 愛すべき「我が家」との訣別のために 91 Uyyuñjanti satīmanto, na nikete ramanti te, 有念者は家を出る。彼らは家(にいること)を喜ばない。 Haṃsā va pallalaṃ hitvā okamokaṃ jahanti te. 白鳥たちが沼を捨てるが如く、彼らは家を捨てる。 私たちは何かに「愛着」を入れて、それをよりどころ(Home)にして生きています。故郷の人々はみな死んでしまったとしても、老人が故郷 を夢見るとそこには幼い日の田舎の姿がよみがえるのです。人間は、何らかのHomeなくしては生きていられません。動物も当然、自分のすみか(Home)をつくっています。動物をその生活環境(Home)から外に出すのはかなり難しく、動物自身にとっても厳しいことなのです。 生命が生きるために不可欠なHomeですが、「そのHomeがあるからこそ、生きる苦しみに終わりはないのだ」ということも覚えておかないといけません。 Homeがあることで、私たちは「生きることはやりきれないのだ」という事実に気づかず、生きています。もしHomeがなければ、人は膨大な仕事につぶされて、生きていられなくなる。恐ろしいストレス、苦しみです。Homeという観念があるから、須弥山ほどの仕事があっても、ぜんぶ放り投げて家に帰ってやるぞ、という気分でいられるのです。 ときどき、「家に戻りたくない」人が「家出」したりします。その人は、何かの理由でHorneがSweetではなくなったのです。その恨みで頑 張っているのですから、結局、その人の「生」のよりどころは恨んでいるHomeそのものなのです。あらゆる生命を巧妙に輪廻にしばりつける、このHome(家)という観念について、本講義で詳しく分析してみます。 ※一部お聞き苦しい箇所があります。予めご了承ください。

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00:37:02なんとか瞑想でも教えてくれとか
2009年7月4日(土)
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DVD ID: DD-61
空を飛ぶ鳥のように
経典解説ダンマパダ

空を飛ぶ鳥のように

ダンマパダ(法句経)第7 阿羅漢の章(Arahanta vagga)92偈 空を飛ぶ鳥のように 〜空性と無相の境地へ〜 92 Yesaṃ sannicayo natthi, ye pariññātabhojanā, 彼らに蓄えがなく、彼らが食物の適量を知り、 suññato animitto ca vimokho yesaṃ gocaro, また、彼らの解脱の境地が、空にして無相であるなら、 ākāse va sakuntānaṃ gati tesaṃ durannayā. 空における鳥達の行方のように、彼らの行方は知り難い。 ここではお釈迦さまが、「阿羅漢に達する人とはこのような人だ」と語っているのです。これは一般人に理解できないことです。「阿羅漢に達する」ことは、普通の人間には絶対ない経験です。まるっきりない経験について説明されてもわからないでしょう。ですから、我々が知っている世界 から説明するしかない。しかし阿羅漢の境地は、我々が「知ってる世界」と違うのです。説明できないのです。ただ、その境地を目指して頑張る しかないのです。この92偈も阿羅漢の境地を説明しているところです。キーワードは、「空性(Suññatā)」と「無相(animitta」です。特に「無相(animitta)」について詳しくご説明します。 ※一部お聞き苦しい箇所があります。予めご了承ください。

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00:51:12ただ瞑想して ちょっと体重だけ痩せてもらえば01:10:17だから私はずっと瞑想指導するとき言ってる
2009年12月26日(土)
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2010年代

5 件
DVD ID: DD-62
「しっかり者」が覚りに達する
経典解説ダンマパダ

「しっかり者」が覚りに達する

ダンマパダ(法句経)第7 阿羅漢の章(Arahanta vagga)93-95偈 「しっかり者」が覚りに達する 〜優柔不断じゃモノにならない!〜 93 Yassāsavā parikkhīnā, āhāre ca anissito, 彼の諸々の煩悩が滅尽され、そして食物ににおいて無依存であり、 Suññato animmito ca vimokho yassa gocaro, また、彼の解脱の境地が、空にして(実体なく)無相である(形にとらわれない)なら、 ākāse va sakuntānaṃ padaṃ tassa durannayaṃ. 空における鳥達の足跡のように、彼の足跡(境地)は知りがたい。 94 Yass’ indriyāni samathaṅ gatāni, assā yathā sārathinā sudantā, 御者によって善く調御されている馬たちのように、彼の諸々の感官が静まり、 Pahīnamānassa anāsavassa devāpi tassa pihayanti tādino. 高慢を断じ、煩悩を滅尽した、そのような彼を諸々の神々さえも羨む。 95 Paṭhavīsamo no virujjhati, indakhīlūpamo tādi subbato, 大地のように怒ることがなく、帝柱のような善行者であり、 Rahado va apetakaddamo, saṃsārā na bhavanti tādino. 泥で濁っていない池のような、そのような者は諸々の輪廻はない。 修行を完成するための心の資質とは何か?中途半端で曖昧な性格を克服しなければ、覚りへの道は開けない。アングリマーラ長老のエピソードなどを交えながら、芯の強い精神をもって仏道に挑戦することの大切さを説く。聴く人を奮い立たせる、スマナサーラ長老「ダンマパダ(法句経)」講義の白眉。 ※一部お聞き苦しい箇所があります。予めご了承ください。

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00:21:10瞑想っていうのはそういうことなんですね00:21:54だからそこを瞑想している人ならわかるんですね
2010年3月27日(土)
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DVD ID: DD-64
あなたは仏教を信じますか?
経典解説ダンマパダ

あなたは仏教を信じますか?

ダンマパダ(法句経)第7 阿羅漢の章(Arahanta vagga)97偈 あなたは仏教を信じますか? 〜渇愛を破壊する「無信」の生き方〜 Assaddho akataññū ca, sandhicchedo ca yo naro; Hatāvakāso vantāso, sa ve uttamaporiso. 何ものかを信ずることなく、作られざるもの(=ニルヴァーナ)を知り、 生死の絆を断ち、(善悪をなすに)よしなく、欲求を捨て去った人、 ーーかれこそ実に最上の人である。 (中村元 訳) 「ある人から、「貴方はブッダの教えを信じますか?」と問われたサーリプッタ尊者は「信じません」と答えました。お釈迦さまはそれを称賛したのです。智慧のない人は他人の話を鵜呑みにするしかありません。しかし、自ら修行して覚りに達した人は、誰の話も「信じる」必要がないのです。信じるというのは人間としで情けないことです。自分の成長にハンディになって、前に進めなくなるからです。人間は疑うことで進歩してきました。神を信じていたら、まだ人間は原始人で狩猟採集で生活しているはずです。いくら文明が発達しても、私たちは「信じる」という弱みから自由になっていません。仏教を学んでいる私たちは、いくらか教えに納得しているだけで、まだ実験して自分で試していないのです。まだ仏教を「信仰」しているのです。 修行が進んで教えを自分で確かめていくと、信仰という「弱み」が消えていきます。信仰を乗り越えて、心が成長していくのです。弱みが完全に消えたら、その人はもう覚りに達しているのです。」 ※一部お聞き苦しい箇所があります。予めご了承ください。

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00:43:57梵天に行きたければ やっぱり瞑想してサマーディを作らなくちゃいけないんです01:53:12やっぱりあの サンプジャヤーナっていうのは瞑想で使う場合はわざと意識するっていうことですね
2010年9月25日(土)
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DVD ID: DD-65
ブッダ・ドリームを目指す生きかた
経典解説ダンマパダ

ブッダ・ドリームを目指す生きかた

ダンマパダ(法句経)第7 阿羅漢の章(Arahanta vagga)98, 99偈 ブッダ・ドリームを目指す生きかた 〜なにものにも動じない阿羅漢の”心”を学ぶ〜 98 Gāme vā yadi vāraññe, ninne vā yadi vā thale; Yattha arahanto viharanti, taṃ bhūmirāmaṇeyyakaṃ. 村においても 森においても 低地においても 平地においても 諸阿羅漢が住むところ その地は楽しいところなり 99 Ramaṇīyāni araññāni, yattha na ramatī jano; Vītarāgā ramissanti, na te kāmagavesino. 世人が楽しむことのない 森はいずれも楽しいところ 離貪の者らは楽しむであろう かれらは貪り求めぬゆえに (片山一良 訳) 「私たちは生きる上でいつでも問題を抱えていて、一つ解決するとまた他の問題に悩まされます。面白いことに、この問題さえなければ私は幸福だ、と平気で言う。でも、そんなことあり得ないのです。それどころか、私たちは無数のことを論って、いつでも文句を云っているのです。それが一般人の人生です。心は常に揺らいでいて、ちょっとしたことで途方にくれる。一欠片も安らぎがないのです。ブッダが教えているのは、この現実なのです。現実を観ないことにする、なかった事にする、ないがしろにする。それは「無知で生きる」ということでしょう。そうではなくて、現実を克服してみてはどうでしょうかと。俗世間では人生の目的として様々な「ドリーム」を追い求めますが、仏教が目標とするドリーム以上にカッコいいものはどこにもないのです。」 ※一部お聞き苦しい箇所があります。予めご了承ください。

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01:45:18瞑想しても第一禅定も生まれてこない02:29:35いくら瞑想の窓口をしても真似事をしても
2011年1月23日(日)
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DVD ID: DD-66
饒舌な社会とどう向き合うか?
経典解説ダンマパダ

饒舌な社会とどう向き合うか?

ダンマパダ(法句経)第8 千にちなむ章(Sahassa vagga)100-102偈 饒舌な社会とどう向き合うか? 〜人格向上と”パブリックスピーチ”の深い関係〜 100 Sahassamapi ce vācā, anatthapadasaṃhitā; Ekaṃ atthapadaṃ seyyo, yaṃ sutvā upasammati. 無益な語句を千たびかたるよりも、 聞いて心を静まる有益な語句を一つ聞くほうがすぐれている。 101 Sahassamapi ce gāthā, anatthapadasaṃhitā; Ekaṃ gāthāpadaṃ seyyo, yaṃ sutvā upasammati. 無益な語句よりなる詩が千もあっても、 聞いて心の静まる詩を一つ聞くほうがすぐれている。 102 Yo ca gāthā sataṃ bhāse, anatthapadasaṃhitā; Ekaṃ dhammapadaṃ seyyo, yaṃ sutvā upasammati. 無益な語句よりなる詩を百もとなえるよりも、 聞いて心の静まる詩を一つ聞くほうがすぐれている。 (中村元 訳) この三つの偈は、言葉についてのお釈迦様の教えです。人間は公にしゃべること(パブリックスピーチ)で社会を運営します。それで社会が良い方向に行ったり悪い方向に転がったり色々です。政治家も商売人も自分の利益のためにこの手段を使います。パブリックスピーチは心の成長のための重要な手段でもあります。親や先生から受けた教えのお陰で、私たちは何とか成長できたのです。しゃべることしか手段が無かった釈尊の時代に比べ、現代はFacebookやTwitterがあります。でも状況は変わらないのです。我々はブッダの教えを通して、世の中に渦巻くパブリックスピーチヘの免疫をつけたほうがよいのです。また、一人一人が言葉に対する責任感を学ばなければいけないのです。 ※一部お聞き苦しい箇所があります。予めご了承ください。

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02:30:37戒を守り 慈悲の瞑想とヴィパッサナー修行によって積まれたこの功徳を
2012年3月3日(土)
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DVD ID: DD-67
時間のパリヤーヤ
経典解説ダンマパダ

時間のパリヤーヤ

ダンマパダ(法句経)第8 千にちなむ章(Sahassa vagga)110-115偈 時間のパリヤーヤ 〜「明日」という罠からの脱出〜 115 Yo ca vassasataṃ jīve, apassaṃ dhammamuttamaṃ; Ekāhaṃ jīvitaṃ seyyo, passato dhammamuttamaṃ. 無上の法を見ることもなく 百年生きながらえるよりは 無上の法を見通して 一日生きる方がまさる (片山一良 訳)※110-114略 震災の4年目ということで、今日は生きるとはどういうことかと考えてみたいと思います。これは誰にでもある問題で、私たちは「明日があります」と、明日を目指して生きているんです。「明日があるさ」という感じで。だから家を作るときも、明日があるから家を作る、仕事する時でも、畑田んぼを耕すときでも、「明日があるんだ」ということで、生きているんです。その気持ちがずっと心の中にあって、もう気づかないほどになっているんです。ここで明日と言っているのは象徴的な言葉で、「今ではない、先」のことです。いまの人生というのは大したことがなくて、しっかり生きるのは明日だと思っているんです。これに、ちょっとかっこいいフレーズを考えたんですが、われわれは「時間という罠(トラップ)」に嵌められているんです。時間とは、頭の観念で、いわゆる妄想の一つです。それに嵌ってしまって、なかなか抜けられないんです。 ※一部お聞き苦しい箇所があります。予めご了承ください。

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00:32:25私は参加する場合 私は生きとし生けるものが幸せでありますようにと慈悲の瞑想するんです00:38:38瞑想実践でもしてね 経験しなくちゃいけないと思います
2015年3月11日(水)
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年代不明

14 件
DVD ID: (01)
すべては「世俗の決まり」?アビダンマが教える執着から離れる生き方
経典解説アビダンマ

すべては「世俗の決まり」?アビダンマが教える執着から離れる生き方

私たちは普段、病気の原因や社会的な肩書き、他者との比較に一喜一憂し、苦しみを抱えています。しかし、仏教の分析哲学「アビダンマ」の視点に立てば、私たちが「真実」だと信じているものは、その時代の常識や条件の組み合わせに過ぎない「世俗諦(せぞくたい)」であることがわかります。 ボールペンを分解すれば「ボールペン」という存在が消えるように、私たちの悩みも固定された実体ではありません。現象を現象として客観的に観察する智慧を養うことで、執着から解放され、心が自由になる道が見えてきます。物事の捉え方を根本から変える、アビダンマ入門の教えです。

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00:12:25どこかでこのどこでしたっけ?自然食やってるところで瞑想会の話やったんですね00:13:02その人のセミナーで そこでちょっと 1時間ぐらい瞑想はどうですかと僕らに話があったんだけど
日付不明
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DVD ID: (02)
【仏教講義】「世俗諦」と「第一義諦」― 私たちの苦しみはどこから来るのか? 1
経典解説アビダンマ

【仏教講義】「世俗諦」と「第一義諦」― 私たちの苦しみはどこから来るのか? 1

私たちが普段「真実だ」「ある」と感じているものは、実は変化し続ける現象に過ぎません。本講義では、仏教の視点から世界を捉える「世俗諦(サンムティサッチャ)」と、究極の真理である「第一義諦(パラマッタサッチャ)」について解説します。 なぜ私たちは、日々執着し、苦しみを感じてしまうのか?それは、現象に実体があると勘違いしているからです。今回は、すべての生命に共通する認識機能である「心(チッタ)」と、それに伴う感情の働き「心所(チェータシカ)」を深く掘り下げます。煩悩を増やす知識ではなく、心を軽やかにし、苦しみから解放されるための智慧を学びましょう。

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00:45:14あるいは今日の講義が始まる前に瞑想なんかしていたところと
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心と感情の関係性 ― アビダンマにおける心所の働き 1
経典解説アビダンマ

心と感情の関係性 ― アビダンマにおける心所の働き 1

なぜ私たちは、怒ったり悲しんだり、数え切れないほどの感情に振り回されるのでしょうか? 本動画では、仏教哲学における「心」と「感情(心所)」の関係を、水に溶け込む成分の例えを使って分かりやすく解説します。 「体の痛み」や「年を取ること」に対する固定観念は、実は心が生み出している現象に過ぎません。心と感情はどのように生まれ、どう消えていくのか? 私たちが世界を認識する仕組みと、そこから自由になるための「所縁(対象)」の概念について、パーリ語の定義を交えながら深掘りします。 自分の心を客観的に理解し、感情の波に飲み込まれない生き方を学びたい方に、ぜひ視聴していただきたい内容です。

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00:09:13もうちゃんと近隣瞑想してみてください00:13:45このヴィパッサナー瞑想を進んでみると
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【仏教の深淵】「自分」や「命」への執着を解体する思考法|アビダンマ講義 2
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【仏教の深淵】「自分」や「命」への執着を解体する思考法|アビダンマ講義 2

なぜ私たちは自分の体や心にこれほど強く執着し、恐怖を感じるのでしょうか? 本動画では、仏教の「アビダンマ(論蔵)」の視点から、心と物質の深い関係性を紐解きます。 「怒り」や「痛み」といった感情が、どのように肉体的な反応を生み出し、私たちを支配しているのか。そして、体をパーツごとに分解して観察する「不浄観」などの瞑想手法を通じて、なぜ「我が命」という漠然とした概念を打破することが、真の精神的強さにつながるのかを解説します。 世俗的な価値観から一歩引いて、真理を冷静に見つめるための仏教論理。生きづらさを解消し、恐怖に囚われない心を手に入れたい方へ。

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00:19:05この瞑想の中でこの不浄観という瞑想があるんです00:19:10で 日本の文化ではなかなか合わない瞑想ですけど
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仏教のアビダンマに学ぶ「物質」の正体ー地水火風が解き明かす世界
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仏教のアビダンマに学ぶ「物質」の正体ー地水火風が解き明かす世界

仏教の教えは、決して非科学的な宗教概念ではありません。本動画では、初期仏教のアビダンマに基づき、私たちが生きる「物質世界」の仕組みを紐解きます。 なぜ私たちは「体」の感覚に縛られ、幸福を求めて迷走するのか? 仏教の古典的な知恵である「四大元素(地・水・火・風)」の考え方は、現代の素粒子論にも通じる驚くべき洞察を含んでいます。 「硬さ・結びつき・変化・拡散」というエネルギーの働きを理解することは、自分自身を客観的に見つめる第一歩です。難解と思われがちな阿毘達磨(アビダンマ)の世界を、身近な例を交えて分かりやすく解説します。日常の悩みから解放されたい方、必見です。

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00:09:09そういう人と それ以上瞑想したり00:10:44でもそこでずっとみんなヴィパッサナー瞑想したっても
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物質の正体と真理 - 地水火風から見る仏教的物質論
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物質の正体と真理 - 地水火風から見る仏教的物質論

私たちの世界は、本当に目に見える通りの「固体」として存在しているのでしょうか? 本動画では、仏教の視点から、この世のあらゆる物質がどのように構成され、変化しているのかを紐解きます。 核反応や音の衝撃、金属の硬さといった日常の現象を、「地・水・火・風」という4つのエネルギーの法則で解説。科学と仏教が交差するユニークな視点で、私たちが普段「当たり前」と捉えている世界や「私」という存在が、実は絶えず変化するエネルギーの集合体であることを明らかにします。 認識の限界を超え、物事の真の姿を理解したい方へ。固定観念を脱ぎ捨て、真理の世界を覗いてみませんか?

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00:52:05もしヴィパッサナーとかなんかそういう瞑想で01:00:38瞑想を通っていくと 信仰ではなくて
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【仏教物理学】物質の正体と、私たちの認識の仕組みについて*
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【仏教物理学】物質の正体と、私たちの認識の仕組みについて*

私たちは普段、科学的な知識や論理的な推測こそが「真実」だと信じて生きています。しかし、仏教においてその知識の9割は、あくまで「推測(アヌマーナ)」に過ぎないと説かれます。 この動画では、アビダンマの視点から、この世界が「地・水・火・風」という4つのエネルギー要素からいかに構成されているかを紐解きます。科学が道具や計算を通して物質を理解しようとするのに対し、仏教は「私たちの体がどう直接認識するか」という体験的アプローチを重視します。 なぜ私たちは、紙を折れば封筒としての働きが生まれるように、物質の組み合わせの変化に一喜一憂するのか。科学的な事実と、私たちが日々感じる苦しみや幸福の関わりを整理し、煩悩を離れるための「認識論」としての物質観を深く学びます。 直感と推測を正しく使い分け、真に自由な心を手に入れるためのヒントが詰まった講義です。

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00:13:51伝道瞑想の話でもいいし00:17:19それは瞑想実践の世界でも使うんです
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【仏教哲学】生命とは何か?アビダンマで読み解く「心と体の構造」
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【仏教哲学】生命とは何か?アビダンマで読み解く「心と体の構造」

私たちはなぜ「生きている」と言えるのか?仏教の心理学・存在論である「アビダンマ」の視点から、生命の物理的な構造を徹底解説します。 私たちの体は、単なる物質ではなく、光や音などの外的なエネルギーに反応する「5つの感受性」を持った特殊な物体です。さらに、性別を決定づけるエネルギーや、認識を支える「心色」の仕組みについても深掘りします。 多くの人が抱く「魂」や「私」という実感は、体への執着や、限られた体験から生じる判断の偏りに過ぎません。執着を離れ、心と体の真実の構造を知ることで、瞑想を深め、より自由な境地へ至るヒントを学びましょう。難解な教えをシンプルに解き明かす一時間です。

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00:30:05で 瞑想すると皆様も感じるかもしれませんだけど00:31:34ですから この修行して瞑想を進んでいくと
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物質はなぜ変化するのか ― アビダンマにおける色(ルーパ)の分析
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物質はなぜ変化するのか ― アビダンマにおける色(ルーパ)の分析

「物質は永遠ではなく、常に変化し続けている」。本動画では、アビダルマの視点から「色のルーパ(物質)」の分析を深掘りします。 なぜ私たちは変化を恐れ、固定したものに執着してしまうのか。瞑想によって実感される身体の「軽快性」「柔軟性」、そして特定の目的のために身体機能が最適化される「適合性」について、パーリ語の教えを紐解きながら解説します。 さらに、現象の定義である「相色(ラッカナルーパ)」や、エネルギーの集積と流れを示す「相続(サンタティ)」という概念を通じて、私たちが普段「同じもの」だと誤解しているこの世の無常の仕組みを学びます。真実の世界の見方を養う深い学びの時間をどうぞ。

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00:23:47これは瞑想のためにあるものだから00:26:23瞑想するところとそういう実験するところっていうのは環境は違うんだから
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仏教から見る「老化と無常」—物質を分析し、執着を解く
経典解説アビダンマ

仏教から見る「老化と無常」—物質を分析し、執着を解く

なぜ私たちは老い、やがて失われるものに執着してしまうのか? 本動画では、仏教の視点から「老化」「無常(アニッチャタ)」「物質の性質」について深く掘り下げます。 私たちが日々目にする物体、そして自分自身の体も、絶えず変化し続けるエネルギーの集積に過ぎません。テーラワーダ仏教(分別論)の立場から、感覚器官や物質をきめ細かく分析する重要性を解説。「体」を執着の対象から切り離し、真理を冷静に見つめるための実践的な思考プロセスを学びます。 物事をあるがままに分析し、執着を捨てていくための智慧を一緒に探究しましょう。

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00:43:53私は足が痛いんだから瞑想できませんと00:50:54これはこの瞑想のヴィパッサナー瞑想の二番目の段階でありまして
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【仏教哲学講義】アビダンマが解き明かす「認識」のメカニズム 1
経典解説アビダンマ

【仏教哲学講義】アビダンマが解き明かす「認識」のメカニズム 1

今回の動画では、仏教の専門的な心理学・哲学書である「アビダンマ」に基づき、私たちが世界を認識する仕組みを深掘りします。 多くの人が抱く「魂」や「自己」への執着に対し、仏教がどのように「生命」を定義しているのか? なぜ人間や動物を「認識の機能」というフラットな視点で捉えるのか? 門色や根(インドリヤ)色といった専門用語を紐解きながら、私たちが日常で感じる感動やこだわりを、エネルギーの働きとして客観的に観察する智慧を学びます。 固定観念から離れ、純粋に「生命の動き」を見つめ直したい方へ。仏教的思考の基礎が詰まった貴重な講義です。

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00:14:42座って瞑想でよくわかるんだから00:14:49瞑想していると そういう痛みがないと眠くが眠くなってくるし
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【仏教哲学講義】なぜ私たちの「思考」や「執着」は生まれるのか? 1
経典解説アビダンマ

【仏教哲学講義】なぜ私たちの「思考」や「執着」は生まれるのか? 1

私たちは普段、当たり前のように「自分の考え」や「アイデンティティ」を持っていますが、それは本当に実在するものなのでしょうか? 本動画では、仏教の視点から「物質と心の関係」や「なぜ世界中の宗教・哲学が似たような物語を語るのか」という問いを深掘りします。私たちが抱く神や魂の概念、そして日々の悩みの種である「執着」の正体は、実は「妄想の類似性」と「業(カルマ)のポテンシャル」によって生み出されているに過ぎません。 牛の世話や家族への執着といった日常の些細なこだわりが、いかにして私たちの自由を奪い、本来の悟りを遠ざけているのか。理論的なアビダンマの知識だけでなく、日々の瞑想を通じて「自分の囚われ」に気づくことの重要性を説きます。 「自分らしさ」という幻想を手放し、執着の正体を突き止めたい方へ。心と物質のメカニズムを紐解く、深い学びの講義です。

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00:12:43いろんな酔い寝る方やら瞑想の仕方やらいっぱいあるんだけど00:37:10この まあこれはもう瞑想の体験から理解するしか方法ないんです
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色と心の関係性 ― 仏教における世界の生成原理
経典解説アビダンマ

色と心の関係性 ― 仏教における世界の生成原理

仏教哲学の真髄「アビダンマ」に基づき、私たちの体や世界を構成する物質の成り立ち、そして宇宙の循環について深く掘り下げる講義動画です。 なぜ私たちは変化に苦しむのか?「色」と呼ばれる物質世界と、それを支える「心」や「業(カルマ)」の密接な関係性を解き明かします。また、現代の科学的知見とは異なる視点から、宇宙の膨張・収縮のサイクルや、生命が次に赴く次元についても解説。 目に見える現象の裏側にある「因果の法則」を学ぶことで、日々の執着や不安とどのように向き合うべきかのヒントが見えてきます。人生のパターンを理解し、より本質的に生きるための知恵を共有します。

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00:23:24瞑想に関してはいかがですか00:23:33その同じこと この瞑想についても同じことなんです
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なぜ世の中は矛盾に満ちているのか?仏教的視点で紐解く「世界の法則」
経典解説アビダンマ

なぜ世の中は矛盾に満ちているのか?仏教的視点で紐解く「世界の法則」

平和を叫びながらなぜ戦争は絶えないのか?神は本当に存在するのか? 本動画では、仏教の「原始仏教哲学」に基づき、私たちが普段目にする「世間の当たり前」が、いかに本質からズレているかを解説します。 お釈迦様が神や世俗の議論を避けた真意や、物質が生まれる4つの根本原理(カルマ・心・時節・滋養)を深く掘り下げます。 「心」がいかにして物理的な現実を創造しているのか。 科学的・論理的視点だけでは辿り着けない、より大きなスケールで世界を捉え、日常をより幸福に、健康的に生きるための「心の使い方のヒント」を学べる一本です。

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00:17:47瞑想の時でも何かこれはどういうこと?と聞いちゃうと
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