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実況中継の理論から立つ・歩く・座るの瞑想まで。8つのステップで基礎から 学べるヴィパッサナー瞑想の世界。(YouTubeで配信している動画と同じ内容です。)
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仏教を学ぶ私たちがそれぞれの生活のなかで「責任を果たす」生き方とは何 か?という観点から出家者と道について考えてみましょう。
信頼を築くための生き方の法則は存在するのか? 人間関係や社会の中で決 して揺るがない信頼はあり得るのか? ブッダに学びます。
2021年(令和三年)釋尊祝祭日の法要と記念式典@ゴータミー精舎より、長老方のご法話や祝福読経などをDVD二枚組にまとめて頒布いたします。 V305ー1:お布施式法要/スマナサーラ長老法話「布施と宇宙法則①・②」/ ウィセッタ長老法話/祝福のお経(21/05/15収録,135min) V305ー2:「釈尊祝祭日 ウェーサーカ記念行事」スマナサーラ長老法話「ウェーサーカ祭のルーツを尋ねて」「釈迦牟尼仏陀『歓喜の言葉』を読む」/スリランカ声明による転法輪経(21/05/16収録,98min)※YouTube配信と同じ内容です。
仏教の法話では、よく「正義の味方になってはいけない」「自分が正義だと思うことはとんでもない」と戒められます。俗世間でもネット上での過剰なバッシングなどについて「正義の暴走」が憂慮されることはありますが、とりわけ仏教と「正義」の相性は悪いような印象を受けます。しかし、言葉の定義を調べてみると、正義とは「人の道にかなっていて正しいこと」「人間の社会的関係において実現されるべき究極的な価値」などとされています。そうであれば、仏教が「正義」と無縁であるとも思えなくなります。むしろ積極的に「正義」を推奨している教えのようにも解釈できます。慈悲喜捨や八正道の実践こそが文字通りの「正義の実行」であり、仏教徒こそが「正義の味方」ではないか、という気もしてきます。しかし、ブッダや仏弟子たちは「正義」を目の前にして「ちょっと待て!」と戒めるのです。果たして、仏教では、「正義」という問題をどのように考えてきたのでしょうか? 仏教にも独自に「正義」があるのだとすれば、それは他の宗教・哲学・イデオロギーとどのように違うのでしょうか? 2022年の新春講演会では、ブッダの「正義」論というテーマについて、じっくり考えてみましょう。
毎日が楽しく幸せな日々であったならば、どんなに素晴らしい人生でしょうか。しかし私たちは、毎年同じ願いをいだいて新年を迎え、しかし満足に年末を迎えられることはとてもまれです。新年だけ決意を新たにするのではなく、日常の日々を充実した時間で送ることができたとき、初めて、充実した一年と言えるのではないでしょうか。「日々是好日」とブッダは教えます。どうすれば、私たち自身の日常を「日々是好日」にすることができるのでしょうか。ブッダの教えから学んでみましょう。
「あのひとは自分のことしか考えていない」複雑な人間関係のなかで、そんな嘆きを耳にすることは珍しくありません。協調性を欠いた人を揶揄する「自己中(ジコチュウ)」という言葉はカジュアルな悪口ですが、誰だってホントは自分が大事。その本音を否定しきれないことも事実です。仏教の開祖であるお釈迦さま(ブッダ)は、「私は存在しない(無我)」という真理を発見しました。ブッダから見れば、そもそも「自己」は幻覚だということになります。しかし、経典を紐解いてみると、ブッダはあちこちで「自己中になれ」を説いているのです。もしブッダがただの「自己中」だったら、皆から嫌われて仏教もとっくに滅びていたはず。ところが、ブッダが教えたとおりに「自己中」を実践すると、他者に迷惑をかけるどころか、むしろ皆の役に立って頼りにされる人格者になってしまうのです。面白い逆説だと思いませんか? というわけで、今回の初期仏教講演会では、ブッダが提案する新しい「自己中のススメ」を学んでみましょう。